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2 一匹狼はつがう
11 求めあう ※だと思う
しおりを挟む服を着て戻ってきた裕壬は、全裸のままのゴーシュを見て、慌てたように視線をそらした。
紙に向かっていた時とまるで違う反応だ。
真剣そのものだった瞳は、いつもの穏やかさを取り戻している。
焦げ付くほどの熱を失った代わりに、情欲が覗いている。
先程までの熱視線では反応しなかったが、明らかな発情を感じ取ったゴーシュの体は、正しく返事をした。
「ええっ!?」
目の前で起きていることに、裕壬は思わず目を見開いた。
長さはそのまま、太さもほとんど変わらないのに、むっくりと腹にくっつくように起き上がっていくそれに、裕壬は驚きを隠せずに見つめてしまった。
なにそれ、と。
人のものって、そんなふうに動くものだった?、と。
無毛の股間で、ゆっくりと育っていく男根を見て、裕壬は無意識に喉を鳴らしていた。
人と人狼の体の構造が違うのか、と気が付いた時には、ゴーシュの男根は腹にぺたりとくっついていた。
それでもまだ、そこまで太くない。
先端には人と同じように亀頭があるけれど、張り出しが弱い。
明らかに勃起しきっていない。
もっと太くなる余地があるのに、すでに腹にくっつくほど起き上がっている。
不思議だな、と見てしまったのがいけないのか、裕壬は、体が傾くのを感じた。
「うわっっ!?」
「おれの勘違いではないなら、誘っているのか?」
目の前には、いつの間にか距離を詰めたゴーシュ。
体の下には布団。
一瞬のうちに、抱き抱えるように優しく布団に寝かせられていた裕壬は、目を白黒した。
人狼はやっぱりすごい、と。
裕壬は服を着ているのに、目の前には、光り輝かんばかりの美しい裸体をさらすゴーシュがいる。
昨日のように、他に変わりがないというように、求められたい。
ゴーシュに。
中で快感を感じられないのに、ぎゅう、と尻が訴えてくる気がした。
裕壬が自分を恥じたのは、久しぶりだ。
同性愛者であることを引け目に思ったことはない。
過去の、体だけの関係では満たされることはなかった。
好きな相手は一人で良い。
それでも生きづらいのは事実だ。
簡単に、他人に明かせない。
俳優やモデルの誰それが格好良い、とか、アイドルや女優の乳や尻が良いとか話してる人々を、いつも遠巻きに見ていた。
男女、どちらの話にも入れないから。
歴史上に優れた芸術作品を残した人々の中には、変わり者も多かった。
同性愛を公言していた者。
弟子兼愛人をとっかえひっかえした者。
結婚と離婚を繰り返した者。
有名になれば、周囲からの逸脱が許される?
今の社会では無理だ。
監視社会なんて、笑えない呼び方まであって、誰もが自分の価値観と生活を守るだけで精一杯。
事情も知らない赤の他人から、簡単に叩かれる。
一度でも炎上したら、それだけで価値がないと見られるようになる。
社会からはみ出したらいけない。
そんな脅迫じみた考え方が、裕壬の創作から、はばたくための翼を奪う。
飛び立てば、撃ち落とされる。
これは思い込みだろうか。
自由に生きたい。
自由の代償が大きすぎる。
人である限り、無理なのかもしれない。
冗談混じりで「おまえ、俺が好きなんだろ?」なんて好きな相手に言わて、それが本当だったら否定できない。
中学生の時の失敗で学んでいた。
「ユージィン?」
溶けそうな甘い声。
耳から犯されそうだ。
注がれている。
求愛をされている。
「ゴーシュさん」
拒否なんてできない。
結婚や番や伴侶なんて、考えられない。
自分が卑怯者だと知りながら。
裕壬は、すがりついた。
お願い、助けて、と。
酔っていないのに。
酔っているようだ。
ゴーシュの琥珀の瞳に燃え上がった焦熱に。
燃え上がって、燃え尽きたい。
自由にして。
私を人の社会から、連れ去って。
裕壬は、そう願った。
酸素を与えられた炎のように、一瞬で赤々と燃え上がった番の苦痛に、ゴーシュの本能が吠える。
守れ。
守れ!
守れ!!
なにから。
どう守れば良い。
人狼の群れの中なら、教えてくれる先達がいたのかもしれない。
だが今、ゴーシュがいるのは人の世だ。
人の社会で育っても、ゴーシュの常識や考え方の基本は、人狼の両親譲り。
完全に人の社会の考え方を理解できる日はない、と思っている。
人同士であっても、国や年齢が違うだけで、簡単に常識が変わる。
変わらないのは、胸の中で燃えたぎる熱だけ。
番を守れ。
ゴーシュの本能が、吠えた。
心に従い、必死に腕の中で震える裕壬を抱きしめた。
誘っているのか、と思わせぶりなことを言ったのは「違う」という返事を期待してだ。
待つと決めたとは言え、ゴーシュは本当に自分が待てる自信がなかった。
一日に何度でも口説こう。
抱いても良いか、触れても良いか、番になりたいかを聞こう。
愛してると告げよう。
そう思って行動に移した初めての一言に、まさかの返事がきた。
待とうなんて決意は、踏まれた砂山のように崩れてしまった。
番を守れ。
本能が絶叫する。
番を守れ。
理性さえもそれに追従する。
反対意見が皆無の中、ゴーシュは押し倒した細い体に、精一杯の優しさを込めて囁いた。
「ユージン、おれの番になってくれ、死ぬまで離れないと誓うから、おれの全てで守るから」
裕壬に伝わるように、言葉で訴えた。
これまで学んできた全てを使って、気持ちを伝えようと思った。
抑え込んできたつもりなんて無かったのに。
裕壬の中には、鬱屈した心があった。
人なのに、人の中に埋もれられない。
だからスーパーナチュラルに憧れた。
人でないものになりたくて。
憧れている間だけは、自分が人と違っていても、おかしくない、と思えたから。
裕壬は知ってしまった。
もう、この先、ゴーシュから離れられない、と。
美しい人狼から、離れたくない。
ゴーシュの番になっても、人の社会から離れることはないだろう。
人の会社に勤めて、肩書きまで持っているのに、いきなり山暮らしを選ぶことはないと思う。
「……つがいになるから、私を、連れていって」
どこにでも。
ここではないどこかに。
社会人のゴーシュに、少しだけ甘えても良いかな。
そう思った裕壬の弱さを、ゴーシュが切り捨てた。
「駄目だ、大学を卒業したら、一緒に暮らそう」
「え……」
現実逃避すら許してくれない。
なんて困った人狼だろう。
逃げるように身を任せるなんて、許してくれないのだ。
きちんと自分の意思でゴーシュを受け入れろ、と望まれているのかもしれない。
「うん、ゴーシュさんと一緒にいる」
裕壬は泣きながら微笑み、頭を持ち上げてゴーシュの肩口に唇を押し当てた。
ちゅ、と盛り上がった肩の肉に触れるだけのその行為は、確認のキスだ。
あなたの本心を知りたい、教えて、と。
「っ、ユージン、愛してる」
「あっ、うわっ?!」
キスの意味を知らなくても、裕壬に望まれた!、とゴーシュは目を見開いた。
ころりとひっくり返された裕壬は、うつ伏せの姿で腰だけを高く持ち上げられた。
はいたばかりのスウェットが、びり、と音を立て、高く突き出している尻が涼しくなる。
「待って、ローションとコンドーム使って!」
昨日はともかく、今日は洗っている。
潤いを足さずに突っ込まれるのは困る。
コンドームも使ってもらいたい。
お互いに、痛い、だけでは済まなくなってしまう。
「わかった、ユージン」
買ってきた袋をそのまま床に置いていたから、すぐに伝わったようだ。
袋の中をあさり、パッケージを破って蓋や箱を開ける音の後に、少し間が空いた。
無言のまま、紙がこすれる音がする。
説明書を読んでいるようだ。
なるほど、昨夜が初体験なら、どちらも使ったことがないのだろう。
股間をがちがちにしているのに、生真面目に使用説明を読むゴーシュの姿を想像して、裕壬は少しだけ笑った。
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