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章間
02 愛子の求愛?
しおりを挟む翌朝、研究室の教授に、デッサン室の貸切とモデルに人狼は可能かを聞いた。
のんびりと朝寝していたらしい教授は、寝ぼけた声で絶叫して「本当に本物の人狼?!」と何度も聞いてきた。
教授は現役の画家として、常にない画題には飛びつくタイプ。
普段はのんびりなのに、創作に関しては鬼。
私は「本物の人狼さんだと思います!」と言いながら。
自分がガイルさんの人狼姿を見ていないのに、確信していることに気がついて、驚いた。
でも、普通の人と明らかに違う雰囲気のガイルさんは、間違いなく本物の人狼だと思う。
教授は二つ返事で了承してくれて「月曜に申請するから、本人の確認をとってね」とノリノリで言われた。
そして、私はガイルさんに連絡をした。
寝起きなのか二日酔いなのか、電話口のガイルさんの声は、ひどくかすれていた。
……なんなんだろう、この無駄な色気。
もう今すぐ抱いてーっ!
そうとしか思えないくらいすごい。
「こんにちはガイルさん。
愛子です、昨夜はありがとうございました。
今日はお会いできますか?」
「…………だれ?」
ガイルさんの言葉が堅苦しくて、悲しくなってしまう。
思わず、泣きそうになった。
酔ってる時は、すごく素敵だったのに。
優しく話してくれたのに。
「昨日、お約束した愛子です……覚えてないんですか?」
まさか、深酒で記憶が飛んでる?
せっかくの人狼との接点が……とショックを受けていると、なぜか電話の向こうで慌てたような声がして、すぐに来てくれる事になった。
やっぱり覚えていてくれた、のかな?
待ち合わせのカフェに来たガイルさんは、昨日とは別人だった。
むしろ、え、この子はだれ?、だった。
昨夜の、獰猛そうな危険な雰囲気はなりをひそめ。
体は厳つくて大きくて目つきも悪いけど、ごく普通の人に見えた。
ううん、昨日より、すっごく若く見える。
大人の男性に見えない。
もしかして私より若い?
長めの灰色の髪には、分かりやすい寝癖。
セルフレームのやぼったいメガネで、目つきの鋭さと琥珀の瞳は隠されている。
首元のよれた白いTシャツ。
色あせてくたくたの、サンドベージュのハーフパンツ。
履き古した黒いアウトドアサンダル。
なんだか、外で遊びまわっている田舎の子供みたい。
ストローハットと虫取り網が似合いそう。
可愛い。
色気はないけど、すごく可愛い。
どうしよう、可愛い。
ああ、でも、こんなに可愛いのに、やっぱり格好良いな。
抱かれたい。
私は、抱かれたいと思う側なのかもしれない。
「あのー、ガイルさんって、本当に人狼なんですか?」
「……誰から聞いた」
昨夜の発言を確認しようとしただけなのに、低い声を聞いた瞬間、背筋に氷柱を入れられたような感覚がした。
眼鏡の奥で、琥珀の瞳が剣呑に光っている。
怖い。
素直にそう思った。
ああ、この人、普段は羊の皮をかぶって生活しているのか。
そうだよな。
そうでないと、人狼が人の合コンに参加するわけがない。
人の中に埋没しようとして、苦労しているのかも。
「そんな怖い顔しないでください。
ガイルさんが、教えてくれたんですよ。
狼の姿を見せてくれる、と言われたから連絡したのに、覚えてないんですか?」
なんとかそう言うと、なぜかガイルさんの体から力が抜けた。
怖かった目元が、一気に緩んだ。
「ごめん、覚えてない……です」
やっぱり、飲みすぎで記憶が飛んでいるらしい。
顔に出ないって大変だな。
無表情なのに、ガイルさんが叱られて落ち込む大型犬に似て見えた。
笑ってしまった私は、悪くないと思う。
私の顔を見たガイルさんが、安堵したように口元を少しだけ笑みに歪めた。
目が優しく細められると、鋭い目つきから一転して、可愛い。
ああ、そんな顔も男らしい。
抱かれたい。
抱きしめられたい。
すっごい好きだと感じる。
なんだか、動きの全てが愛おしい。
さすが人狼さん!
私は、ガイルさんに力を貸して欲しいと言うことを、一生懸命に説明した。
「子供の頃から、スーパーナチュラルの方々に興味があったんです。
大学で絵を描いているので、絵の題材にさせて下さい。
これまで本物に接触できなくて、知り合う機会もないですし、頭数合わせで参加した昨日の合コンでガイルさんにお会いして、お願いするしかない!と思いましてっ」
「お、落ち着けって」
「あー、すいません」
ちょっと、興奮しすぎてしまった。
強面なガイルさんは聞き上手なのか、仲間内のノリになってしまう。
不思議な人だ。
いいや、不思議な人狼?
もっと一緒にいたい。
なぜか、そう思ってしまう。
帰ってほしくない。
私は時間の許す限り、ガイルさんにヌードモデルをして欲しい、と頼んだ。
たくましい人狼に、服を着せる必要性なんてない!
全身の毛皮の感じとか、骨格とか筋肉が見たいのに、服着たら分かんないでしょう!?
そう語りたいのを我慢していたら。
「いやー、それはちょっと、おれ、おっさんだし」
なんて言い出した。
ガイルさん、ひどい。
なにそれ、そんな理由は存在しないから!
ガイルさんが何歳かは知らない。
昨日の合コンは、男性陣二十歳後半越えは確実って言われてた。
経済力のある大人の男に、奢ってもらおうって。
ある程度の役職を持ってる年上男性との、玉の輿狙い合コンっていう名目。
大学卒業と同時に、結婚を考えている女子がいるのかは知らない。
女子側が学生だから、明らかに奢って欲しい狙いは見抜かれているはず。
でも、問題は年齢じゃない。
滅多に見れないものがあるなら。
自然の作り上げた超自然的題材が目の前にあるのに、それを描かないなんて暴挙、暴虐が、作りだす者として許されるわけがない。
一生懸命お願いした。
人狼がいかに素晴らしい題材なのかを語る。
気持ち的には弓引くヘラクレスとか、ディスコロボスとか、動くぜ筋肉!が希望だけど、まずは仁王立ちの直立。
それから躍動感あふれる筋肉マッスル系にしてもらおう。
「待ってほしい、二足立ちはできないからモデルは無理だ」
そんなの初耳だ。
オンライン愛好コミュニティにも自称人狼はいる。
いつも違う理由で、オフ会を断り続けていて、最近は偽物だって意見が増えてた。
しょっちゅう人狼姿でうろついてる、という発言はやっぱり嘘なのか。
人狼は人より力持ちで強い。
そんなイメージなのに、まさか杖みたいな補助具がいるのかな。
……え、跳躍ってジャンプ?
四足で犬。
あー、なるほど。
人狼の足が、犬の足の構造に似ているなら、たしかにそうなるかも。
あ、ガイルさんが机に突っ伏した。
どうしよう、人狼の獰猛で精悍で豪胆なイメージが、どんどん崩れていく。
人の手の届かない気高い生き物。
すごく強くて格好いいイメージだったのに、ちょっと情けないわんこに見えてきたかも。
狼って、イヌ科だよね。
つまりハスキーでいいのかな。
むしろウルフハウンドとか?
もっと勉強しておくべきだった。
あ、そうじゃなくて、教授に教室使用の許可申請出してもらうんだった。
「なるほど、それならお願いします!
もう研究室の教授にも許可申請しちゃってるんです!」
「昨日の今日で?」
なぜか、呆然とした様子で言葉を返された。
やろうと思ったらすぐ動く、これ、当たり前だから。
「はい、朝一で教授に電話で直談判しました!」
「……へー」
なんか、感心されちゃった。
私の人狼好きが伝わったなら、すごく嬉しい。
結局この日は、教授と研究室の同志に見せるべく、人の姿のガイルさんをスマホで撮影させてもらった。
人前で人狼になりたくないと言うことなので、そのままお別れ。
行きたくない合コンに行ってよかった。
これから、ガイルさんのいろんなポーズを描かせてもらえるなんて、ワクワクするなぁ。
きっとすごく逞しくて、きゅんきゅんできるんだろうなぁ。
そう思っていた私が、ガイルさんに押し倒される日が来るなんて、この時は考えもしていなかった。
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