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01 愛子のときめき

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 お願い、数合わせで良いから!、と拝まれて参加した合コンで、私は彼に出会った。

 やる気のなさそうな表情で、座敷の隅にあぐらをかいて座っているのに、一際、誰よりも存在感を感じさせる男性。

 ゴーシュ・ガイルさんに。

 合コンとは名ばかりで、女子大生が年上の社会人男性にたかる飲み会。
 参加すると表明した女が多かった。
 男の数が足りない。
 女の数が男より多いのは、体面的に困る。
 相手が社会人なので、女はそっちに群がるだろう。

 そういうわけで、私は〝男子大学生〟でありながら、参加することになった。

 私の数少ない理解者で、気の弱さで幹事を押し付けられた上に、参加希望者を断れなかったとしか思えない、半泣きの友人に言われては断れない。
 支払う金額は、女子と同じで良いと言われたのも理由の一つ。

 初めから、私の戦線離脱は決まっていた。
 頭数要員で、金を持っている社会人男性ではないから、女性に声を掛けられることもない。

 見た目で分かる。
 スーツ姿の男性陣の中で、ただ一人。
 ごく普通のオックスブロードシャツにデニム、ロングカーディガン。
 どこにでもいる男子大学生。

 学校帰りの服装には、合コンに来た社会人男性に口説かれる要素がない。
 女子大生目当ての合コンで、口説かれるわけがない。

 私の恋愛対象は同性、男なんだけど、ノンケに恋する不毛さは知っている。



 早々に離脱するつもりだった。
 店に入って、その人に気がつくまでは。

 隅に陣取ったまま手酌で一升瓶を傾けて、ものすごい勢いでグラスを空にしていく、一人の外国人男性。
 この人も、合コンの参加者……らしい。

 見回したけれど、他の男性参加者はみんな日本人。

 思わずじろじろと見て、すぐに見惚れてしまった。
 すっごく、好みだ。

 あぐらで座っていても、背が高いのが分かる。
 肩幅は広いし、黒に近いグレイのスーツを着ていても、独特の威圧感がある。

 みんなその男性を気にしているのに、声をかけようとはしない。

 言葉が通じないかも、って思ってる?
 そんな人が合コンに参加するわけない。

 なぜ、誰も近寄らないのか。
 なんでだろう?
 強面だから?

 がっしりしていて強面なんて、すごく格好良い。
 抱いてー!、と言いたくなるよな?

 形の良い秀でた額を見せるつけように前髪を上げ、後ろに流している髪は灰色。
 自然な色むらがあるから、染めてるわけじゃないと思う。

 白髪混ざりで灰色に見えているわけじゃない。
 つやのある銀でもない。
 すごく珍しい色。

 顔立ちは彫りが深くて、目鼻立ちもはっきりしている。
 しっかりと日焼けしているけれど、日本人の肌の色ではない。
 間違いなくコーカソイド。
 ただ、どこの国の人かまでは分からない。

 目つきが悪いというか、やけに鋭い光を放つ瞳は……茶色、かな。
 凛々しい眉が俯き加減の顔に影を作って、よく見えない。

 どう見ても堅気の人ではなさそうな雰囲気に、普段なら声をかけようなんて思わなかっただろうけど、合コンに参加しているなら大丈夫、とこの時は楽観的に考えていた。

 どうしても目が離せなかった。
 素敵すぎて。



「すいません、ここ、お隣いいですか?」

 緊張しながら声をかけると、うるんで柔らかく溶けたような瞳が、するりと泳ぐように私に向けられた。
 なんだろう、どきどきする。
 目が離せない。

 ただ、この人は顔に出にくいだけで、かなり酔っているような気がした。
 すごく酒臭い。

 畳の上に置かれている、二本の一升瓶は空っぽ。
 お酒の名前を見てもどんなものか分からないけれど、どう見ても日本酒。
 ……焼酎かも?

 空の瓶を、勝手に手に取って見るわけにはいかない。

 それにしてもこの人、一人で二本を空にしたのか?
 すごいよな、酒豪?

「どうぞ」

 たった一言の返事しかもらえなかったけれど、拒絶されたわけではなさそうで安心した。

 この人、体が大きいせいか声が低い。
 大きな獣が唸っているように聞こえた。
 喧騒の中だと、聞き取るのは大変かな。

「あの、初めまして、愛子アイコ  裕壬ユウジン、美大生です」
「おれはゴーシュ・ガイル、人狼だ」
「へえ、そうな…………え、えぇ?」

 膝を折って正座しながら、思わず見上げた瞳は、遠目に見た時に感じた茶色ではなかった。

 琥珀色。

 人の虹彩には存在しないと言われる色。
 これ、狼の瞳、だ。

 これまでに見たことのない、不思議な色合いの瞳だった。
 深くて吸い込まれそうな瞳は、酔っているせいかふわりふわりとゆるやかに泳いでいた。

「うわぉ、すごい」

 思わず声に出してしまって、恥ずかしさから手に持っていたグラスをあおったけれど、彼は何も言わずに自分のグラスを傾けた。

 聞こえてない、わけないよな。
 たぶん、酔っ払ってるから気にしてないんだろう。

 相手が酔っ払っているのをいいことに、そっと瞳を覗き込む。
 酔いで濁っていても、きれいだ。

 うわ、本物の、スーパーナチュラルが日本にいるなんて。
 今夜は興奮して眠れそうにない、と思った。

「ガイルさんって呼んでも良いですか?」
「ああ」

 ゴーシュ・ガイル。
 どちらが苗字だろう、と思ったのは一瞬。
 日本で暮らしているなら、きっと苗字から名乗るだろう。
 きっと、ガイル、がファーストネームに違いない。

 初対面なのに、酔っ払っているから名前呼びを許された。
 それはとても幸運なこと、というか、彼には申し訳ないけれど、弱みにつけこんでいるような気がして。

 言葉にできない気持ちが止められなくて、顔が緩んだ。



 私は美大に通う現役大学生だ。
 専攻は服飾系ではないから、服装は無難なものが多い。

 才能は、ない。
 無才を自覚していても、綺麗なもの、面白いもの、変わったものには目がない。

 恋愛対象は男性。

 セックスはしたことがある。
 入れるのも入れられるのも。
 高校生男子というのは、悪ノリが過ぎるものと決まっている。

 回数はこなしていないから、どちらが向いてるのかはまだ分からない。
 恋人がいたこともない。

 一応専攻は油絵で現代アート路線。
 今はアクリル絵の具からインク、パステルや色鉛筆、オイルコンテにマーカーまで、一通りを広く浅く勉強中。

 〝下地がしっかりしていない作品は、すぐに駄目になります〟というのが、研究室の教授の口癖。
 自分の作りたいものを創造するために、まず多くの知識と技術を身につけなさいってことらしい。

 先の就職を考えたら、絵画ではなくデザイン方面をメインで考えるべきだけど、今は描くのが楽しくて、知識としてしか学べない。

 就職の時に困るよな、と思うけれど。
 恋愛対象が男の時点で生きづらさを感じているから、学校生活くらい好き勝手したいとわがままを貫いている。

 現代アーティストとして、細々と活動するのも悪くない、と最近は開き直りつつある。
 近頃はVR作品にも値段がつくし、いろいろと将来のことは考えているつもりだ。

 とまあ、脱線はここまで。



「あの、本物の人狼なんですか?」

 私は、子供の頃から人ではない人々、スーパーナチュラルに憧れている。

 魔法使いや魔女。
 人狼を始めとする獣人。
 吸血鬼。
 変化人チェンジリング等々、人型なのに、人ではないところに、とても惹かれる。

 危険性も認識してる。
 彼らは人の姿は持っていても、人ではない。
 テレビの超常特番は絶対見ている上に、オンライン愛好コミュニティにも参加している。

 それでも、本物には出会えたことがない。
 自称本物だけ。
 写真や動画の投稿はしても、オフ会には絶対に賛同も参加もしない偽物ばかり。

 日本にいるのは河童とか天狗ばかり、と諦めてた。
 そういうのはスーパーナチュラルではなくて、まったくの別物。

「ああ、見たい?」
「何をですか?」
「狼」

 ニヤリと笑ったガイルさんの笑顔は、獰猛ドウモウという言葉がぴったりで、酔いで目がすわっていることもあって、すごく背筋がゾクゾクした。

 危険な男って感じ。
 ケモノじみた色気があふれて、だだ漏れてる。

 うわ、この人に抱かれたい。

 両方知っているけれど、抱かれたいなんて初めて思った。
 そう思ったことに驚いてしまう。

「見たいです!」

 気がつけば、私は即答していた。
 今日は金曜日で明日は休みだから、連絡するので会ってください!と約束して、合コン終わりと同時に別れた。

 さすがに十歳年上の男性に、お持ち帰りされる無謀はできない。
 本当はお持ち帰りされたかった。
 これは一目惚れと言って良いと思う。

 ……でも、合コンに参加するなら、ノンケだと思う。

 本当に人狼だとしたら、何が起きるか想像もつかなかった。
 頭からマルカジリ!はないと思いたい。

 
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