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07 嫁乞い
しおりを挟む生まれて初めて、おれだけのために用意された誕生日ケーキを〝あーん〟で食べさせられた。
相手は河童だけれど。
生まれて初めて、旦那?に〝あーん〟をした、というか、ねだられた。
相手は河童だけれど。
さらにいうなら、男だか雄だ。
生まれて初めて、おれのために用意された誕生日のプレゼントをもらった。
相手は河童だけれど。
初めてが多くて、いいや、初めてでなくても嬉しくないわけがない。
おれはサプライズなんて嫌いだと思ってた。
サプライズなんて用意する方が楽しいばかりで、巻き込まれる方は楽しくないに決まってるって。
でも、ジョーがおれのためにしてくれたサプライズは、全部、そう、全て嬉しかった。
ここまでされて「嫁にならない」って即答できるわけがない。
おれにこんなに優しくしてくれたのは、ジョーが初めてだ。
そこにおれを嫁にするとかいう、ちょっと意味が不明な下心?が含まれているとしても。
子供の頃から家族を助けようと、必死になっている母親の助けになりたいと思っていたけれど、努力を褒められたことなんてなくて、褒められないのが当たり前だと諦めていた。
それでも、ずっと褒めてほしいと思ってた。
努力してる、頑張ってるって認められたかった。
個人的な感傷はともかく、長男として寺を継ぐ予定のおれには、やらないといけないことが多い。
嫁になるとかならないの話の前に、一度、家に帰って年末の進行を調整しないといけない。
ヒッピー文化を思わせるような、色あせていてもサイケデリックな花柄のカーテンの隙間から外を見てみれば、朝日?が差し込んできている。
昨夜からの記憶が曖昧なので、何時間、ジョーと一緒にいたのかは不明だけれど、体のどこも痛くないし、何の跡も残っていない。
ただ、全身が疲れていてひどく重たかった。
「なあシゲ、年が明けたら一緒に住む家を探そうな?」
「そういう話の前に、帰らないといけないんだが」
「駄目だ」
「……」
「絶対に手放す気はねぇぞ」
そんなこと言われても困る、と思っていると、よしよしと頭を撫でられた。
一昨日剃った頭髪が生えてきていたので、撫でられる感覚で背筋がゾワッとした。
「とりあえず、今から寺に送ってやるよ。
そんで、必要なものをまとめて持ってきて、年明けまで二人で過ごす、でどうだ?」
「初詣の準備があるから、それは「それは、シゲが寝る時間まで削ってやらないといけないことなのか?」
「え?」
「あー覚えてないのか?」
「……覚えてない、おれが話したのか?」
「おう」
唇をふさがれて言葉を遮られ、ペロリと長い舌に舐められる。
記憶がないけれど、おれは自分を取り巻く環境や仕事のことをジョーに話したらしい。
毎年、大晦日から三ヶ日にかけては、眠る時間を削らないと寺を回せない、とでも言ったのかもしれない。
ジョーに甘やかされることが心地よいと知って、口が滑ったのか?
すぐにやめるような子ばかりだから、と母親が言い出したことで、おれが跡を継ぐと決めた数年前から、年始の短期バイトの募集そのものを辞めてしまった。
バイトの子が続かない原因が、言動がキツすぎるからだと、母親自身は気がついていないのだ。
全てを把握している母親が出てこないと、年始の慌ただしさは収められない。
母親が現場に出てこなければ、バイトを雇うことができる。
どちらが楽なのか考えたことはないけれど、バイトの募集をしていた頃に、裏で母親に叱られている姿を見つけるたびに「申し訳ないけれど、三ヶ日まではいてください、お願いします」と後から頼んでいたのは無駄になった。
そして、おれの睡眠時間も削られて少なくなった。
「よっしゃ、急げば昼飯に間に合うな」
気がつけば全裸のおっさんに戻ったジョーが、押入れの下段の衣装ケースから、変なうねうねした模様の緑色のトランクスを取り出して、渡してくる。
なんで?と自分の下着を探すけれど、布団の側には服しかない。
おれの方が身長が高いけれど、おっさんの姿の時の筋肉量は明らかにジョーが多い。
河童の甲羅や皿をどうやって隠しているのか疑問だけれど、背は低めでもがっちりと筋肉質なジョーは、ちょっと頭頂が薄いところも河童だからなのかもしれなかった。
ただ、筋肉質ではあるけれど下腹は出ているから、ただ単におっさんだからかもしれない。
「洗ってあるぞ」
「……」
恥ずかしさから受け取るのを渋っていたら、思ってもいない誤解をされたので、慌てて受け取る。
断る理由を思いつかないまま、トランクスと長袖の白い綿シャツを借りて、その上に昨日の服を着る。
Mサイズの肌着は袖と着丈が短くて、なんだか気恥ずかしい。
そして昨日の服が少し臭う。
酒の匂いと抹香の匂いと、他にも混ざって表現できない匂いがする。
これは、酒を飲んで酔いつぶれて?外泊したって見抜かれるな、と自分の服の臭いに顔をしかめたのを見られたのか「よけりゃ服も貸すぞ?」と言われたけれど、さすがにそれは恥ずかしいので断った。
それを受け取ったら彼シャツじゃないかよっ!?って思ってしまったおれは、誕生日を祝われたのが嬉しすぎて浮かれてる。
絶対そうだ。
二十四歳で初めて誕生日を祝ってもらえて、嬉しいけど、でも……駄目だ、やっぱり嬉しいっ。
バーを出たあたりから、記憶が細切れになって吹っ飛んでいるけど、おれに何があったんだ?
おっさんから服を貸りるのが恥ずかしいって、おれの受け取り方がおかしいんだよな。
着替えてからも葛藤が続く。
ジョーは河童だ、と思う。
人じゃない、しかも男?雄?男性?だ。
昨夜初めて出会った相手で、おれの尻にかっぱのまら……河童のまら?ってのを突っ込んだ奴。
なぜか記憶がぶつ切りで、あまり思い出せないけれど。
こうやって考えてみれば、好きになれる要素はゼロなのに、これから先もジョーと一緒にいたいと思っている自分に気がつく。
どうなってるんだ、おれの頭は?
どこかにいってしまった記憶の影響なのか?
頭を抱えてしまいたい気持ちになりながら、とりあえずこれを機会に家を出られたら、とも思った。
寺の仕事をするのはいい。
寺を継ぐのも構わない。
手を抜かずに精進も続ける。
でも、このまま母親の下で使われ続けるのは無理だ。
継ぐ前におれが倒れてしまう。
家を出るために、ジョーの強引すぎる誘いに乗るべきかもしれない。
彼を利用しているようで罪悪感を覚えるけれど、ジョーはそう思ってないのか?
出会ったばかりのおれが、本当に嫁になる、と?
どう考えてもうまくいくとは思えないけれど、自信満々でおれを嫁にすると言い切るジョーには、何か策があるのだろうか?
そもそも、嫁って、どういうことだ?
男同士、いいや、男と……河童の性別はなんていうんだ?
ジョーの国産ワンボックスで(河童なのに免許と車を持ってるとか)寺まで送ってもらいながら「絶対に嫁にするからな」と何度も言われた。
「シゲが拒否する以外で逃がさねえからな」と脅しのように言われても、おれを見る目が優しくて、頬を撫でてくる指が小さい子供をあやすようで、照れて悪ぶってるとしか思えなかった。
到着した寺の駐車場で、おれの意思を最終確認するように、口の中を舐め回された。
「……そんなに、おれを嫁にしたいのか?」
車を降りる直前に、呼吸を整えながら言った言葉に、ジョーがニイッと笑う。
「ここまで来といてそれ聞くか?
つーか、聞きてえんだろ?
シゲ、お前は本当に甘えるの下手くそだな、あーもー己が嫁は可愛いなぁ」
可愛いなんて。
見た目も中身もごく普通の、二十四歳なりたての男に言う言葉じゃないと思うのに、否定の言葉が口から出てこなかった。
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