【R18】A pot of gold at the end of the black rainbow

Cleyera

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蛇足ー1 善悪は十人十色

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 かつ、こつ、と石を踏む足音が響く。
 そして。

「……が……ぁっ……」
「ほう、まだ声が出るか、想定していたよりも頑強だのう。
 いやはや、往生際が悪いと言うべきか?」

 ひょこりと壁の上から下を覗くように顔を出したのは、風もないのに長い黒髪をふわふわとたなびかせる子供。
 姿形は子供だ。

 けれど、その瞳は、剣呑すぎる色を灯していた。

 黒く、そして赤く青く緑に黄にと色を次々に変える瞳。
 一色でありながら、全ての色を持つ瞳。

「……りゅ……さ……」
「ふん、今日は礼と恩赦を与えに来てやったぞ、喜ぶが良い」

 しぼりだされたような声など聞こえぬ、と子供は壁から足を踏み出した。
 体がぐるりと回って頭から地面に落ちる。

 その勢いがぴたり、と止まるとなにもない空中をかつ、こつ、と歩いた。
 頭を下にしたさかさまの姿で。

「ふむ、人の姿でも飛べるな、悪くないの」

 くつり、と子供らしからぬ笑い方をして、瞳をきらめかせ、そして、悪鬼の方がよほど善良に見える表情を浮かべる。
 かつ、こつ、と音を立てながら壁より少し離れ、くるりと壁を向いた子供は、口を開いた。

「ふぅむ、さすが祖先が隷属種に選んだ者たちの末裔だ、生きることに貪欲であるとは、素晴らしいっ!」

 ぱん、と手を打って笑い、人の口には似合わない、ぞろりと生え揃った鋭い牙が覗く。
 子供が軽く蹴り込んだつま先は、触れてもいない石壁に、深い傷跡とひびを刻み込んだ。

 ありえない威力を持つ一撃に、動けぬ者たちは、ただれて乾いて、見えぬ目を必死で見開いた。

 かすかな悲鳴をあげ、身を捩って逃げようとしても、どこにも逃げられぬ者たちを見ているはずの子供の瞳は、遠くを見ていた。
 愛しい相手の姿が、今も目の前にあるかのように。


「さぞや無念であろうな?
 今現在、受けている仕打ちの全てが、おのれらの祖先の強欲と傲慢を発端とした上に、延々と積み重ねた結果ではあれども、子孫に全ての責を負わせて、まんまと死へと逃げられたのだからな、くははははっっ」
「……ひ……をぉ」

 風が隙間から吹き抜けるような、助けを求める微かな声に、美しい満面の笑みを浮かべる子供の姿は、傲岸不遜に吐き捨てた。

 そこにあるのは、子供だからという残酷さではない。
 年齢を重ねた存在の、老獪で酷薄で狡猾な残忍さだ。

「ならん、言うたであろ?、慈悲はないが恩赦を与えてやろう。
 この場の全員を我の命に紐づけてやろう、我が在りし間、幾年月でも生き続けて見続けられる不老長寿を与えてやる、嬉しかろう?」
「やめ……りゅ……まっ」

 唯一、悲鳴らしいものを上げられたのは、遮るもののない高山の日差しで焼けただれた後、寒風で乾ききった全身の皮膚がずるむけて、その後で流れた血すら乾ききった龍人の王、だったもの。

 その姿は、岩を積み上げた壁に、人型の枯れ枝が貼りついているようにしか見えない。
 死んでいてもおかしくない姿でも生きているのは、彼らが死なないようにと、わずかに力を与えたからだ。

 かつて自らを龍人の王と、声高々に言っていた者。
 その伴侶たち。
 さらに子供たちの手足は、根元まで深く打ち込まれた〝結界張りの魔釘〟で、城壁に磔にされている。

 かれらは王族などではない。
 王族ではなかった。
 それを知るのはエト・インプレタ・エスト・コル・メウムだけではない。

 龍人の王を名乗っていた者だけは知っていた。
 自分たちが、本来なら王族でもなんでもないことを。

 王を継ぐ時に、その知識も受け継ぐのだから。

 結界張りの魔釘も知っていた。
 それが聖域と呼ばれる森の奥で、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの体を貫き、力を奪い、命を蝕んでいたものだということを。

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが王たちに使った魔釘は、城の宝物庫に保管されていた国宝だ。

 各個人の能力にあわせて、一人当たり二本から十六本しか刺されていないのだから、平気だろう、と本気で思っているのは、数十万本の釘を打ち込まれていたエト・インプレタ・エスト・コル・メウムだけだ。

 かつて王だった竜人に「龍の怒りは、未来永劫、けして消えぬぞ、ああ、番を寄越してくれた礼を言っておらんかったな、ありがとう」と凶悪な笑みと共にこぼし、くるりとキビスを返した。

 かすれた悲鳴と、声にならない絶望が聞こえるが、赤の他人の苦境に興味はない。

 ふん、ふ~ん、と鼻歌を歌いながら、かつ、こつ、とどこにもない石を踏む。
 天地を正しく戻し。
 その足は、宙を歩き、髪はふわりふわりと、無風に舞い踊る。

 かつて龍王であった時に、人の姿をとったことはなかった。
 不要だった。

 それでも、子供の姿では無い自覚はあった。
 龍はほとんど寿命のない存在だが、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは十分に長く生きた龍であった。

 子供の姿になってしまう理由など、なんでも良い。
 番を抱けるなら、どんな姿でも問題はない。

 どうせ最後には龍の姿で、子種をきつくてせまい胎に満たすのだから。

 昨晩も涙でだまし、口先で言いくるめて気絶するまで抱いた番は、今頃目が覚めて、布団の中で籠城を決め込んでいることだろう。

 布団を剥ぎ取るのは簡単だが、自ら出てきてくれれば、その方が良い。

 番にはいつでも幸福でいてほしい。
 何一つ、望まぬことを強いる気はない。

 愛おしさがあふれた結果として、抱きつぶしてしまうことは、やめられそうにないが。

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの番は、分かりやすいほど明らかな泣き落としに、何度もひっかかる。
 だまされていることに、まったく気が付いていない。

 すぐにうろたえた表情を見せる番が、その善良さが愛おしくてならない。
 愛らしい番は、親兄弟を見捨てた自分は極悪人だ、と信じている。
 お人好しだ。

 いくら番がお人好しでも、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは違う。
 許せるわけがない。
 というわけで、親兄弟に近づきたくないと思うように、番を言葉巧みに誘導した。

 幸いなことに、番は思考誘導されていることに気が付いていない。



 こつ、と地面に降り立ち、見上げた城壁。
 そこにはりつくのは、汚い十三の枯れ枝。
 その上には、雲ひとつない青空のみ。

 城に閉じ込められて育った番は、自分が育った国が、どのような地理にあるのかを知らない。
 切り立った山の頂き。
 雲よりも上の狭い国。

 幾重にも結界を張らなければ植物は育たず、雪すら降らず、空気は非常に薄く、生命は存在できない。
 この地では遺体は腐らず、永遠に残る。

 裏切られ、国を覆う結界の礎として森にのまれ、磔のままで過ごした年月。
 力を吸い上げられるばかりで、恨みのままに腐り果てようとしていた時に、竜人の子が落ちてきた。

 今にも死にそうな姿であるのに、明らかに殺されかけた姿であるのに。
 竜人の子は、恨みを持っていなかった。
 憎しみを持ち合わせていなかった。

 探った心の中にある、もっとも深い願い。
 〝愛されたい〟と切々に願う、幼い子供同然の無辜な魂。

 絆された。
 願いを叶えてやりたいと、思ってしまった。

 それは龍の眷属として血を与えられた末裔だった。
 不完全な龍の瞳を持つ、隷属種の子供。

 警戒心なく、不思議そうに見つめられて、声がかけられなかった。
 寝たふりをしている間に、竜人の子は再び眠りに落ち、そして。

 全てを失いかけている龍王に、その命を差し出した。

 生まれつき龍の力を体内に持っているなら、とさらに与えてみたのは気まぐれからだ。
 死なずに適応したのは、偶然なのかもしれない。
 そして手放せなくなった。

「哀れよのう」

 空を見上げたまま、子供の姿にふさわしく、けらけらと笑った。

 それは城壁に釘打たれたまま、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが生きることに飽きるまで、死ぬことが許されない竜人の元王族に対してか。
 龍の血肉で肉体を変えられた上で魂まで縛られ、死ぬまでエト・インプレタ・エスト・コル・メウムに番として囚われる、元竜人の子に対するものか。

 あまりにも哀れすぎる。
 笑っているエト・インプレタ・エスト・コル・メウム本人にすら、分からないのだから。

 番が生んだ子供たちは龍になるだろう。
 世界が必要としている。

 龍は番を好きに選ぶ。
 子供が実の親に懸想することだってある。
 個体数が増えたとしても、龍の国のくだらない歴史を繰り返すつもりはない。

 子供は乳離れと同時に山の下に捨てにいこう、と心に決めて、子供の姿をしたかつての龍王は、かつんっ、と宙を踏み鳴らした。

 寝台でむくれる愛おしい番を、口八丁手八丁でいいくるめて、再び抱くために。

 
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