【R18】A pot of gold at the end of the black rainbow

Cleyera

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19 今は二人きりで 終

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 起きたばかりなのに、思い出せた内容が自分の狂態しかなくて、すごく疲れた。

 結局、あの腹が痛いのはなんだったんだ?

 無事に終わった安堵感で、枕に顔を押し付ける。
 いつもの枕だ。

 全部、夢だったらよかったのに。
 あ、いや、夢だと困るな。

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムと、やっと一つになれたのに。

 一つ?
 なんだろう、喉と胸の奥がむずむずしたような?

 次も痛いのが、あるのかな。
 いやだな。

 抱かれた衝撃とか、痛いのと熱いのでどうでも良くなった。
 痛いより、抱かれて気持ちよかった方が驚きか?

 きっと、しっかり準備をしてくれたから痛くなかったのだろう。


 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムになんて言えば良いんだ、と掛け布団の中で鬱々としていたら、かつ、こつと石床を鳴らす足音が聞こえた。
 布団の四隅をしっかりと握って、はがされないようにと力を入れる。

 顔を見せられない。
 自分でもあんなことをしてしまうなんて、思ってなかったから。

「……ぶふっ、な、なにをしておるのだ?」

 笑った。
 いま、めちゃくちゃ吹き出したな。

「どこか痛いのか?、腹が減っておるのか?」

 こつこつと軽い足音が寝台のまわりを回る。
 掛け布団の中で丸まっているから、頭がどこにあるのか分からないのだろう。

「のう、どうしたのだ?」

 聞いたことのないうろたえた声に、ものすごい悪いことをしている気になる。
 ただ、布団の中に引きこもっているだけなのに。

「なにがあったのだ、のう、教えておくれ」
「……顔、見せられない」
何故ナニユエにそう思う?」
「……言わない」
「そうか、言いたくないのであれば言わずとも良い、だが顔は見せておくれ、我は其方の顔を見ずには世も明けぬのだ」

 きし、と寝台の軋む音がして、ぽすん、と掛け布団に手が乗ったのを感じた。

「やはり、まだ、我に抱かれとうはなかったのだな、愛しいがゆえに急ぎすぎたのであろうな、すまん、もう元に戻してはやれんのだ」

 すん、と鼻をすする音が聞こえた。
 なだめるように、ぽんぽんと掛け布団を叩く手の、調子が狂う。

「ちがう、から」
「なれば顔を見せておくれ」

 そう懇願してくる声は、完全に泣き声だった。

 龍の体は大きいのに、人の姿だと子供。
 これって、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムがまだ子供ってことなんだろうか。
 おれが歩み寄るべきなのかな。

 いろいろと悩みながら布団をめくると、黒い虹色の瞳を、涙できらきらと光らせる子供の姿が、目の前にあった。
 おれの顔を見た瞬間、ぱあっ!、と光り輝いて見えて、目を閉じてしまう。

 今泣いた烏がもう笑うとは、こういうことを言うのか。

 胸が苦しい。
 子供の姿なのに、とてもきれいだと思ってしまって、おれの鼓動がおかしい。
 好きだ。
 すっごい好きだ。

 喉と胸の奥と腹の奥と、なんかもう、いろんなところで気持ちがぐるぐるする。

 くらんだ目を瞬きで落ち着かせて、ゆっくりと開けてみると、目の前の姿の違和感に気がついた。

「髪の毛が長い」
「ああ、短い方が良いなら切るぞ」

 つやつやと血色の良いほほ。
 ふっくらとした形の良い唇。
 髪をかきあげる指先は、ほっそりとして傷一つない。

 漆黒の髪と瞳はきらきらと光り輝いて、見える部分に傷はどこにもない。
 これまでも日に日に伸びていた髪の毛は、たった一晩で床を引きずるほどに長くなっているのに、風もないのにふわふわと揺れて宙を漂っている。

 本当に不思議だな。

 龍の姿で飛んでいる時も、寄ってくると、たてがみがふわふわしていたな、と思い出した。
 まるで宝石のように、揺れながら色を変える黒髪を見つめる。

「切っても大丈夫なのか、必要だから伸びたんだろ?」
「たてがみだから大丈夫であろうよ、短ければ短いで問題ないと思うが、其方はどちらが好きだ?」

 たてがみが短く刈り込まれた龍の姿を想像する。
 それはそれで、格好良いと思う。
 でも、せっかくふわふわとなびくなら、長い方がきれいに見えると思うんだ。

「編んで結ぶのは?」
「たてがみを引っ張られるのは嫌いじゃよ」
「……」

 じゃよ、って。
 前から思っていたけれど、どっかの偉そうな老人みたいな、尊大な話し方の子供ってどうなんだ。

 可愛いから、つーんと口を尖らせるな。

 元龍王エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが、ただのわがままなお子ちゃまなのでは?、疑惑が浮上した。
 見た目は子供でも、中身は大人だと思っていたのに。

 もしかして、番だから甘えられているのか。
 それなら、嬉しい。

「ようやく笑顔が見えたの、おはよう」

 しまった。
 顔を見せられないと思ってたのに。
 今から隠れるのは……また泣かれそうだから、やめておこう。

「おはよう」
「身支度して朝食にしようぞ、その後にしたいことはあるかの?
 なにもないのであれば、其方を抱きたい」
「い、いきなりすぎるからっ」

 恥ずかしい。
 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの言葉が足りないのは、かなり前から知っていたけれど、まさか性交のお誘いも直接言ってくるなんて。

 普通は、もっとこう、遠回しに誘うものじゃないのか。
 でもおれが知ってるのは、王が直接側妃や愛妾の部屋に行く、くらいだ。

 ……ここ、おれが寝てる部屋だ。

 客間だけど。
 もしかして部屋に来てくれてる時点で、抱かせろって言われてるも同然なのか?

 次からは、もう少し遠回りに言ってくれと頼んだら……無理かな。

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの言葉が足りないのは、きっと周囲に優秀な人が多くて、全部説明しなくて良かったからなんだろうな、と思った。
 元龍王様に、気配りを求めてはいけないよな。

 窓から差し込む朝日にきらきらと輝きながら、機嫌良くにこやかにしている姿を見ていると、おれまで嬉しくなってくるのは何故だろう。

「おれは、娯楽本のある書庫に行きたいな」
「それなら我も共に行くかの、なんぞ探しておるのか?」
「建国神話を読みたくて」
「ほう、我が番は歴史を好むか、うむうむ、知識欲を持つ番とは素晴らしいのう」

 かつ、こつ、とおれの横を歩く足取りは踊るようで。
 とす、とす、と柔らかい革底の室内靴をはくおれの足音は、ほとんど聞こえない。

「……好き」
「我もだ」

 小さな手が、おれの手を捕まえる。

 捕らえられた。
 囚われた。
 ころりと胸の奥で転がった実感。

 幸せだ。
 いつまで、この幸せが、続くだろう。
 ずっと続くといいな。

 いまはまだ何もない下腹部に手を当てて、いつかここに、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの子供を授かれたら、もっと幸せになれるのかな、と思った。

 これから先をおれは考えない。
 二人でいられる今を、何よりも大事にしよう。

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウム。
 おれの番は、いつだっておれに甘くて優しい。

 見上げた水晶窓の外は今日も晴れ渡っていて、涼しい書庫で読書をするのにぴったりかな、と思った。










   了

 
   ◆










お付き合いいただきまして、ありがとうございました
この後は、少々蛇足な話とえっち(人×人)です
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