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15 守護者とは
しおりを挟むそして宣言した通り、翌日。
昨晩調べた城奥の書庫に、男同士で性的な交渉をする方法の書かれた書物はなかった。
少しでも考えれば当たり前だ。
城奥にいるのは、王族か城の奥で働く者ばかり。
書庫を利用するのも同じ人々。
つまり、城奥の書庫には城で働く者に必要な本しか置いてない。
娯楽本や趣味に関するものは、公表区画に近い大書庫にあるのだろう。
国の運営に必要な国法書に始まり、過去政策のまとめや兵法書、過去の王族史や重たい内容のものばかり。
背表紙だけで判断したから、求めている書物のある可能性も残っているけれど、誰もいないまま探すのが大変過ぎた。
知識を得るのは無理、ということで、おれは素直に教えを乞うことにした。
自力でどうこうするのは諦めた。
何をするのかすら知らないのだから、とっかかりの情報すら手に入らない状態で、どうしろと。
起き抜けに、目の前にエト・インプレタ・エスト・コル・メウムがいて、おれは目を見開いた。
「頼む、優しくしてくれ」
初めに出たのが、そんな情けない一言だった。
泣きそうな声になってないだろうか。
王が母にしていたように、はされたくない。
側妃や愛妾みたいな振る舞いは、おれができない。
「もちろんだとも」
いつでも洗い立ての香りがする寝台に、横になったまま。
手足をきっちりと揃えなおしたおれを見て、なぜか困った顔をされた。
まずは顔を洗って着替えた方が良いのか。
着替えるとしても、なにに?
このままで良いとしても、腰を上下に振るべきか?
愛妾が上に乗った時に、王がそうしていた。
とても格好悪いなと思ったが、必要ならやるしかない。
「……」
「そこまで緊張されると、やりにくいのう」
「緊張してないっ」
「そういうことでよいぞ」
「緊張してないって」
ふっ!、と吹き出したエト・インプレタ・エスト・コル・メウムが、体重などないようにおれの腹にまたがった。
子供の姿なのに、どうしてこんなに色っぽいんだ。
「ならば其方の、惚けた絶頂顔を見せてもらおうかの」
「おう!」
「……気合いなんぞいらんが、なんぞ、こうも可愛いのかの?」
可愛い、っておれが?
「そうとも、其方が可愛くてならん、心根も姿も全てが愛おしい」
「……~っ」
両手で顔を押さえた。
言葉なんて出てこない、何を言うんだよ、と言い返そうとしたものの、声にする前に喉が詰まってしまう。
「まっこと初心だのぉ」
「……っ」
ひ、否定できない。
おれに好意的な言葉をかけてくる相手は、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが初めてだ。
未経験な事態に放り込まれて、それに対応できる柔軟さなんて持ってない!
「少しずつで良いから、慣れてくれよ?」
「……うぅっ」
熱い顔を隠していても、しゅる、と帯を解かれる音が聞こえる。
細くて小さくて熱い手が、おれの服を一枚ずつはがしていく。
寝巻きと下穿きの二枚しか着てないけど。
「朝であっても初夜とは言い得て妙では有るが、全て我に任せるがよい。
無知教育の一環として、夫は自らの手で開発した妻が快楽に狂い踊る姿も好むものである、其方もそうは思わぬか?」
「う……ぅぎゅっ」
其方からも積極的に快感を望んで良いのだぞ、と囁かれて、喉から変な音が出た。
自慰以外は、二本一緒ににぎって腰を振る以上を知らないのに。
見てただけで、できるようになんて、ならない。
「ひやあっ!」
ぬる、と腹に熱いものが触れた。
「其方の肌は、甘いのう」
「なな、な、舐めるなぁっ」
腹は急所だ。
内臓を守るために敏感になっている。
御典医の爺さまがそう言っていた。
そんなこと知らんと言いそうな様子で、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムがおれの腹を舐めていく。
くすぐったい。
でも、ぞわぞわする。
なんだこれ、おかしい。
「ふ、開発のし甲斐があるというものよ」
ぞくぞくするような色っぽい声が落とされて、どういう意味だ、と顔を両手で押さえたまま悩んでいると、熱い手が腹を撫で回してきた。
「~っっ」
「どこに触れられても、性感帯のように感じられるようにしてやろうな」
「ぅああっ」
もどかしい。
気持ちいいのに、足りない。
もっともっと、気持ち良くなりたい。
へその周りを撫で、みぞおちをくすぐり、胸の先端には近付かずに鎖骨のくぼみへ。
下穿きの縫い目が陰茎を押さえて食いこむ痛みに、歯を食いしばる。
信じられない。
腹から首元までを撫でられただけなのに、勃起した。
「さあ、其方も我に触れて良いのだぞ?」
え、え?
もしかして、ここでお預け?
……いいや、お預けというか、まだ腹とか撫でられただけで、服も前を開かれただけだ。
なのにおれだけ、臨戦態勢とかっ。
ま、負けてたまるか!
おれも触ってやる!
がばりと体を起こして、にこにこしているエト・インプレタ・エスト・コル・メウムに手を伸ばして……。
そっと頬を両手で包んだ。
目の前には子供の姿。
本性は龍だと知っていても、どうすれば良いのか。
「なんだ?、其方の眼前で脱衣して見せつけて欲しいのか?」
「ん……ちがうよ、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの人の姿は幼いから」
他人と触れ合ったことなんて、ない。
蹴られ殴られる時か、傷の治療か、母にまじないされる時か。
「すまんが、この姿は今は変えられんようだ。
其方の望むままにせよ、なんであっても喜べる自信があるからの」
あっさりと許しが与えられて、おれは呆然とエト・インプレタ・エスト・コル・メウムを見つめた。
そんなおれの表情が面白かったのか、小さな手が伸びてきて、おれの胸に押し当てられる。
「其方の望みであれば、どのようなことでも好ましかろう」
「……くちづけ、したい」
寝床にいた時の穏やかさとは違う。
暴れる胸の奥の熱を、どうにかしたい。
でもおれは知らないから。
この熱が、なにかを。
「もちろんだとも」
微笑む瞳は、黒く虹の色にきらめいた。
触れるだけ。
撫でるだけ。
優しくなだめるように。
慰めるように。
痛みも苦しみも、全てが溶けていく。
ちゅ、と微かな音とともに離れた唇を追って、起き上がったおれは少しだけ前のめりになる。
寝台に足を伸ばして座った体勢のまま、股間の窮屈さは変わらないのに、心が満たされる。
「まずは足りておらぬ精神の器を満たさねば、体がついてこんのであろうな」
「ん?」
「心配いらぬよ、我は其方に触れたいが、それは肉欲だけではない。
番に触れることで、魂の在り方の確認になり、傷を癒すことができるから望むのである。
いずれは、子も望んでもらいたいが」
「……どうして、子供?」
おれに子を産ませたい、が一番の望み?
「世界が揺れておる」
「世界?」
「守護の任を与えられし種が失われ、神秘が潰えて、世界の根幹が失われつつあるのだ」
「それは困ることなのか?」
「今すぐには困らぬが、後になればなるほどに世界から命が絶えていくであろうな。
龍として在るからには見過ごせぬ事態だ」
我が別個体として分裂する術を持っておれば、其方に無理を強いる必要もないのだが、と落ち込む姿を見て、不安が薄れた。
「龍だから?」
「左様、子を残せと叫ぶ義務感ばかりは、我にはどうしようもし難い」
ようやく口説き落として番になれたのに、ゆるりと愛しあう時間を望むたびに、頭の奥で焦燥が囁いてくるので鬱陶しい、とぶつくさ呟く姿は、愛おしかった。
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