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しおりを挟むその日の夜。
いつものように食事を食べさせられた後のおれに、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが言った。
「そろそろ、抱かれる気になったかの?」
「ふぇ?」
寝台に座るおれの腹を、するりと淫らな手つきで撫でて、目を細める様は子供には見えない。
「もう心残りはなかろう?」
「え……」
たしかにそうだ。
うまく言葉にできないおれに、ねっとりとした視線を向け、そして、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは羽織っていた上着からするりと袖を抜いた。
寝巻きとして使われている薄手の布は、細い腕や肩をくっきりと見せる。
異様なほどの色気がおれに向けられているようで、思わず顔を背けた。
「結局のところ、我に抱かれる方法は調べられてはおらんのであろう?」
実地で教えてやろう、心配せずとも快感だけだ、まぐわいは痛くない。
そう言葉を続けられて、望めば毎日のように与えられる、悦楽にふける行為を思い出してしまう。
「こするだけで気持ちいい」
「繋がれば、もっと心地よいぞ?」
「ほ、ほ、本当に?」
「ああ、本当であるとも、我が其方に嘘をつくわけがなかろ」
もっと、気持ちいい?
あの、射精の快感が、もっとすごくなる?
おれの単純な葛藤などお見通しだとばかりに、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが喉を震わせて笑う。
その様子はとても子供には見えなかった。
「子供ができるのは、絶対なのか?」
「一度では無理であろうな、こればかりは天からの授かり物でしかない。
其方の体の準備ができていても、我にできるのは子種を注いでやることだけである」
おれの体の準備?
思わず首を傾げたおれに、切なそうな表情を見せて、子供の顔なのに自嘲としか見えない笑みを浮かべた。
「番の初めてを得られたとて、我の子を孕むとは限らんのだ」
建国神話を思い出す。
龍の国を滅ぼした最後の王、エト・インプレタ・エスト・コル・メウム。
我が子を偽られた、それは、どれほどに彼の心を蝕んだのだろう。
もしかして、城に誰もいないのは、おれが他の誰とも接触しないようになのかもしれない。
二度と、番が他の龍の子を孕まないように。
……これって、監禁か?
敷地内なら動けるから、軟禁?
ふとそんな風に思い至ったけれど、今の方が王太子だった頃より自由だ。
軟禁されたら、自由になりました!
満面の笑顔で言える。
おかしいけれど、本当にそうだ。
逃れられない悪意や暴力に怯える必要はない。
空腹になれば食事が与えられる。
毎日、蒸し風呂で全身の汚れを落とせる。
破れても汚れてもいない、針の入ってない、肌側に毒が塗られていない新品の服が着られる。
なにより、寝台で眠れるんだぞ。
古いむしろの上で震えていなくて良いんだ。
おれが姿を隠したら母を狙う、と兄弟たちに脅されていたから、鍛錬という名のカカシ扱いに付き合わないという選択肢はなかった。
姉妹たちからの、とってつけたような「お兄様」呼びに、嫌悪と同時に恐怖を覚えることもない。
この差配を、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムがおれのためにしてくれたのなら、監禁でも軟禁でも良い。
むしろ自分から喜んで城に留まる。
軟禁大好き。
必要なものは、全て満たされている。
「浮気とかしないから、たぶんだけど。
あーあのさ、龍は番を巣に連れ込むものじゃないのか?」
「疑っておるわけではないさ、んー、そうさな、その通りだ。
ゆえにこの城を時間をかけて巣にしたのだ、城内であれば、どこでも良いぞ」
「うわ、そう来たか」
いつの間に。
そう思うと同時に納得した。
城がまるごと巣扱いなら、城内に誰もいるわけがない。
おれとエト・インプレタ・エスト・コル・メウムの巣なのだから。
本物の龍の巣は、城郭まるごとの規模で管理も維持もいけるらしい。
……おれがこの新事実を、建国神話に書き込んでもいいかな。
いや、これってもう、龍人の国、滅んでないか?
王族はみんな、壁に磔にされてる。
おれが最後の王族で、王太子だ。
外に出なくて良いなら、出たくない。
王になる教育なんて受けてないのに、国民のために頑張ろうなんて思えない。
今から国民の期待に応えて、王として生きることなんてしたくない。
おれの大切な相手は、城の外には誰一人いない可能性が高い。
本当の祖父母が生きていても、いきなり現れた成人超えの孫を可愛がれるか?
しかもおれの父親は確実に王で、娘を奪って死なせた犯人だ。
うん、この広大な城の中だけで、一生暮らしていけると思う。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムがいれば楽勝、だよな。
城の外に虹瞳を持った王族がいたとしても、おれから王太子の白鱗輪、王から国王の黒鱗輪、あと王妃の銀鱗輪を回収しないと交代ができない。
この国、終わった。
すっきり!
はい、完結。
というわけには、いかないか。
「明日まで待ってほしい」
心を整理する時間が欲しい。
穏やかな生活に慣れるまで、時間をくれたんだよな。
ここまで待ってくれたんだから、おれがこれからずっと、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの側にいる覚悟を決める時間を、もう少しだけくれ。
「……無理は言わん、そう不安げな顔をするでない」
今晩は、少し昂っておるで別室で寝る、とふわふわゆれる黒髪をなびかせて、行ってしまった。
ものすごく残念そうな顔してた、気がする。
もう、眠れそうにない。
おれは書庫へ行くことにした。
静まり返った廊下は、誰もいないのに灯りが消えた場所もなく、水晶窓の奥には闇が悠々と横たわっている。
室内用の、柔らかい革を底に貼った布靴は、石の床を踏んでもほとんど足音をさせない。
指先が痺れるほど冷えることもない。
走っても足が痛むこともない。
それを知ったのはつい最近だ。
ずっと裸足だったもんな。
窓の奥に見えるはずの城壁も、闇の中に沈んでしまって見えない。
「……」
渡り廊下で、かすかな声が耳に届いた。
苦しい、痛い、つらい。
終わりのない怨嗟が宙を舞う。
聞こえているのに、不思議なほどに心は凪いだままだ。
王をやり込めたら、ザマアミロ、と思える。
苦しくなくなる。
そう信じていたのに。
砂一粒ほどの達成感すら、感じられなかった。
むなしい。
王族がどんな目にあわされたとしても、母は帰ってこない。
母はおれを産んだことを理解せず、息子がいることも知らずに、死んだ。
おれの名前も、覚えていなかっただろう。
愛され、たかった。
おれの心の中にいる幼い子供が、母や父に愛されたかったと泣く。
どんな形でも良いから、歪んだ愛情でも構わないから与えられたかった。
頭では理解している。
おれだって母や父を愛していないのに、愛されたいなんて傲慢すぎる。
気が付いてしまった。
おれにとって、王も母も他人だった。
他に話しかけてくれる相手がいないから、縋りついただけだ。
自由だ。
おれは自由になったんだ。
なんて、怖いんだ。
とても、寒い。
ひどく、苦しい。
なにもせず。
なんでもできる。
おれは、あの日、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの番として生まれ変わったのだ。
魂から丸ごと。
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