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13 初対面
しおりを挟む両開きの巨大な大広間の扉を、ほっそりとした手が軽々と押し開けていく。
式典や夜会が行われるこの大広間は、城の最終防衛線を兼ねていて、分厚い金属製の扉はとても重たいはずなのに。
「おお、王太子殿下、ご無事でしたか!」
「……?」
えー……と、誰だ?
おれがそう思ったのを、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが気がつかないはずがないのに、おれの斜め後ろに下がって、にこにこと微笑んでいる。
そういえば、いかにも王族らしい格好に着替えさせられたのは、おれだけだ。
側付きの稚児衆みたいに、無言でいるのも理由があるのかな。
「そなたは、だ」
「王太子殿下の生家、マジストラ上位竜家の当主、殿下の祖父にあたりますアバルス・マジストラでございます!」
大広間の中央で、王族に対する礼儀として両膝を床に突き、手を体の前で重ねている真っ黒に日焼けした老人が、喜色に顔を染めた。
おれが知る王族の作法なんて、ほとんどない。
それでも人が話してるのを遮るのは不味い、くらいは知っている。
「……なるほど」
思わず心の中がそのまま口から出た。
なるほど。
この男性は、これまで一度も会ったことがなくて、母とおれを助けようともしなかった、名前だけ養家の当主らしい。
養家のことは、書類上の名前だけの存在だと思っていた。
実在していたのか。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムがご機嫌なのは、おれに始末をつけさせてやれる、と思っているのかもしれない。
んー、どうするべきか。
おれから見たら、母親を養子にしたのに、何一つしてくれなかった祖父だ。
ご無事でしたか!、とか言われても、嬉しくもなんともない。
このまま、王と同じように外壁に張り付けるのはどうだろう。
いやいや、それじゃ、二番煎じだ。
あまりにも芸が無い。
とりあえず、この自称祖父と話しながら、考えてみよう。
話し方は、王の真似で良いか。
「初めて会うな、何用だ」
「は、初めてなどと、そのようなことはございませんとも」
男性は、城内開催の夜会や祭典や式典にいつも参加しているから、これまで何度もおれに会っている、と言い訳のように口にした。
「夜会、祭典、式典に参加した覚えはない」
「そんなことあるはずが……そ、そんなことが」
口から出まかせかと思ったら、本気でおれと会ったことがある、と思い込んでいたらしい。
警戒して、王太子らしくしなくては、と考えたのが馬鹿らしくなるな。
城内で行われる公式行事に王族が参加する時は、その行事用の正装の着用が必要だ。
おれが覚えている限り、正装を着たのは一回だけ。
立太子の儀式の時で、それは十歳になる前だった。
城の使用人たちに肌がむけそうな勢いで洗われて、窮屈で重たい服を着せられたから覚えている。
儀式の後は正装を見ていない。
売られたのか、捨てられたのか、盗まれたのか。
「一つ聞きたい」
「はいっ」
「あなたは母の養父であり、この身の養祖父だというが、それならどうしてあなたの顔も名前も知らぬのか」
「それは、その、あの」
邪魔をさせまい、と手ぶりで自称祖父を黙らせる。
「王妃や側妃、愛妾の家人は、数日おきに顔を見せていた。
家のために王に頼め、頼まれた高価な装飾品を持ってきた、王に媚薬を盛るなんて話もあった。
その時は、口出しをしてこない養祖父は良い人だと思っていた。
なぜ、今、ここにいて、祖父だなどと、虚言を吐いているのだ?」
これで、帰って欲しい。
そう思ってしまった。
この老人は、磔にするだけの価値がない。
二度と、関わりたくない。
「帰ろう?」
おれの横でいつのまにか不機嫌顔になっているエト・インプレタ・エスト・コル・メウムに、そっと声をかけた。
もしかして、血生臭い処刑が見たかったのかな。
おれも、自称祖父の出方次第では、そうするつもりだったけれど、お粗末すぎて気持ちが萎えた。
なぜ母の養父として名前を貸したのか。
名前を貸しておいて、放置したのはなぜか。
今更、どうして顔を見せたのか。
不可解過ぎて、関わりたくなくなった。
答えを聞きたくもない。
人によっての考え方もあるだろうが、おれは赤の他人が痛い目を見ても「ざまぁ見ろ」と考えられない。
おれ自身が、理不尽に虐げられて育ってきたからなのか、人を呪えば明日は我が身だと感じてしまうのだ。
やられたら、やりかえす。
それはとても分かりやすい心理だ。
けれど、されてもないことを、やりかえすことはできない。
おれが先に手を出したら、やりかえされる側になるだけだろう?
「仕方ないのう。
そこな出来損ないよ、二度と登城は許さぬ、親族諸共に朽ち果てるが良い」
「どうかお待ちください、民が王の加護を失い苦しんでおります、なにとぞ、なにとぞご慈悲を!」
横から、ちらり、と視線を向けられて、床に擦り付けられている自称祖父の頭を見下ろした。
……もしかして、この人、ただのお人好しか?
養父の件を押し付けられて、仕方なかったとか?
どうしてこんなに暖かいのに、何枚も着込んで、着膨れているんだろう?
ちらり、と視線をエト・インプレタ・エスト・コル・メウムに返すと、首を振られる。
違うってことかな?
全部演技だとしたら、すごい。
上流階級の駆け引きは、おれには向いてないな。
部屋に戻ってから、聞けば良いか。
この場にいるのは自称祖父とおれたちだけだから、どうとでもできる。
「さようなら、初めてお会いしたおじいさま」
柔らかな小さな手に縋るように、大広間を後にする。
背後から啜り泣くような声が聞こえたけれど、おれにはもう関係ない。
これまでの人生にあったものは、おれにとって、何一つ大切ではない。
恋しいエト・インプレタ・エスト・コル・メウムが与えてくれるものなら、大切に思えるようになるはずだ。
進みながら、ぽつりと呟かれた。
「あれはどうする?」
あれ、が壁のしみになりつつある王族のことだと、気がついて。
ふと思った。
おれが顔を出して、王を盛大にやり込めてやったら、すっきりするのかな、と。
……いいや、それはない。
汚いものを間近で見てしまった、と不愉快になるだけだ。
母の仇を討ちたかったのは、王が王であったからだ。
今のあれらに追撃を加えるのは、虚しさだけを覚えそうで、考えるのも嫌だ。
「前に言ってくれたように、朽ち果てるまで放っておこうと思う」
「そうか」
おれの言葉を良しとも悪いとも言わず、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムはにこりと微笑んだ。
どちらを選んでも、一緒、ということなのか。
そもそも、この国の王族の処分など、どうでも良いのか。
本物の龍の思考は読めないな、とおれも微笑んだ。
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