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12 来訪者
しおりを挟むそれから。
おれはエト・インプレタ・エスト・コル・メウムと性器をあわせて、一緒にこすりあうことにハマってしまった。
これまでに自慰の経験はあった。
王が女を抱く姿ばかり見せられていれば、欲求の解消の必要性は理解するしかない。
それでも、柔らかい小さな手に導かれること、好意を持つ相手と陰茎同士をこすりあわせる経験は強烈過ぎた。
完璧に外壁の王族のことなど、忘れていた。
母の火葬のことも。
結局のところ、おれも、快楽や衝動に弱い龍人なのだろう。
朝も夜もなく、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムに甘える。
快感のままに吐き出す。
そんな日々が続き、何日かが過ぎた頃。
「其方に客が来ておる」
「おれに?」
常に陰茎をさらしてはいなくても、二人で体を触れあわせていることが、一日の大半になり、おれはほとんど下穿き一枚に上衣を羽織っただけで過ごしていた。
客と言われても心当たりはない。
けれど、おれのことを大切にしてくれるエト・インプレタ・エスト・コル・メウムが、おれの敵にあたる者を城に招き入れると思えなかった。
「これを着る時が来たのう」
嬉しそうに差し出された服に絶句した。
緻密な刺繍の施された羽織の上着は、まるで王の正装のように美しい。
ずっしりと重たいのは、刺繍糸の重たさなのか、衣に重厚感を出すために詰められた綿なのか。
「ふむ、素晴らしいのう」
「お世辞でも嬉しい」
数日の間に、おれの白髪は肩を越すほどに伸びていた。
龍人の国の王族に準ずる者は、男も女も髪の毛は長く伸ばすものだと決まっている。
髪を伸ばしておくと、龍のような姿になった時に、たてがみがより美しくなるからと。
真実は知らない。
けれどおれの場合は髪を結べるまで伸ばしてしまうと、鍛錬時に兄弟に掴まれて引きずられるので、ずっと耳下で切りそろえていた。
もちろん自分で。
御典医の爺さまにもらった小刀は、何にでも使える、おれの数少ない私物だった。
今は、短くする理由はないけれど、龍のような姿にもなれないのだから、伸ばす理由もない。
ただ、髪を切る暇と時間があるなら、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムにくっついて過ごしていたかった。
放置の結果、伸びた。
たった数日で。
たぶん数日だと思う。
毎日エト・インプレタ・エスト・コル・メウムに触れて、触れられて過ごしていたので、時間の感覚が曖昧になっている。
「世辞ではない、折角だ、髪にも飾りをつけような」
うきうきした様子で座るように言われ、床に敷かれた円座の上に腰を下ろすと、どこから用意したのか、白と黒の組紐を持ってきて、髪を結いあげてくれた。
うんうんと嬉しそうに頷く姿に、そっと姿見を覗いて、ため息をつきたくなる。
「前と同じだ」
不思議な光沢を持って、つやめいて光る白黒の組紐はきれいだ。
けれど、それを頭に結んだおれは、どれだけ贔屓目に見ても、どちらかといえば女顔の平凡な男。
身長は変態前に比べて高くなった。
肩幅が広くなって、体格が良くなった。
とはいえ、顔は整っていた母に似ているものの、美形というほどでもない。
目や鼻は母に似ているけれど、男女の違いか配置がずれている。
だから平凡に見えると、おれは考えている。
老化ではない白髪は珍しい。
両瞳が虹瞳の王族は、おれが今代で唯一だから、その二点で珍品扱いはされそうだ。
「同じではない、我にとっては唯一の番である、胸を張るが良いぞ」
「……そうする」
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは、おれとは比べ物にならない視野と見識を持っている。
疑う前に信じるしかない。
久しぶりに靴を履いて、なぜか手を引かれながら城の中を進んでいく。
おれの方が城の内部に詳しいはずなのに、どうしてなのか女性のように手を引かれている。
少し気恥ずかしい。
誰もいないはずなのに、城の中は綺麗に保たれていた。
城内の灯りは油を注されたばかりに見え、水晶窓は磨かれて陽光にきらめく。
石の床にも、ほこり一つ落ちていない。
きょろきょろしながら、客間区画を出て、書庫へ向かう渡り廊下へと辿り着いた。
「待ってくれ」
「ん?」
「この先に行くのか?」
「そうだ」
おれは、王族のことをすっかり忘れていたことを、ようやく思い出した。
あれから何日が経ったのか。
日々をエト・インプレタ・エスト・コル・メウムとの享楽の中で過ごしていたから、正確な日数が分からない。
そういえば、城の暦盤は更新されているんだろうか。
城で意識を取り戻してから、一度も時告げの鐘の音を聞いていない。
勤怠と時刻の管理をしている時香盤係がいないのなら、日時を知るのは不可能かもしれない。
「~~~~ぁ」
風が隙間から吹き込むような音が、いいや、声が聞こえた。
見たい、見たくない。
相反する感情が湧きあがり、体と心は見るべきだと判断したらしい。
「……ぅっ」
「ふむ、そろそろ良い加減に干からびておるわい、客人も見た頃合いかのう」
城の外壁の内側に磔にされた王族は、生きている、ようだ。
前は目立っていた筋状の汚れは、風で流されたのか薄くなっている。
汚れの一番上に磔になっている人型は、黒ずんで干からびて半分ほどに縮んで見えた。
おれよりも幼かった弟や妹は、声を上げる気力もないのだろう。
可哀想だとは思わない。
弟や妹は、おれが王太子だと知りながら鍛錬の的にして痛めつけ、断れない状況でのみ「お兄様」と呼び、毒入りの菓子や茶を勧めてきた。
母親たちの言葉を鵜呑みにして漫然と従い、おれが王になった後のことを全く考えていなかったわけだ。
無教育で放置されていたおれとは違い、自分で未来を考えられるだけの知識を、多くの教師から与えられているはずなのに。
兄弟姉妹が、王族として使用できる予算を確保されていない王太子を、嘲笑っていたのを知っている。
名前だけ養家からの援助も一切なかった。
母には、誰かの好意か罪悪感からなのか、現物支給で女性ものの服と日々の食事だけは用意されていた。
全ては、おれしか後継者がいないのに、おれを生かしておきたくないと、王が意思表示をしていたから。
生まれた場所が悪かった。
生きてるだけましだ。
仕方ないと、母が生きている間は思っていた。
今は無理だ。
おれは王族を許せない。
磔になった十三人の中で、髑髏に皮を貼り付けたような王だけが頭を揺らして、聞き取れない割れた唸りを上げている。
「行きたくない」
「ん?、其方が切り刻むと言うておったので、ちょうど良い乾き具合になるのを待っておったのだが、気が変わったかの?」
「違う、おれがとどめを刺したい気持ちはあるよ。
でもエト・インプレタ・エスト・コル・メウムにあんな汚いものを、見せたくない」
汚い。
そう、汚いのだ。
王は、その心根と同じくらい、姿も醜くなっていた。
あそこにあるのは、黒く干からびたゴミだ。
やっと見た目と中身が同じになった。
王妃も、側妃も、愛妾もいるというのに、王は母に手を出した。
王の側に登りたい女など、掃いて捨てるほどいただろうに。
他の城勤めの女性たちが無事だったのは、母が望まずとはいえ、王の残虐性を一身に受け止めていたからだ。
今の醜くて汚い王を、美しいエト・インプレタ・エスト・コル・メウムが見たら、汚れてしまう。
そんな気がして、不安になった。
「ふふ、其方に我がどう見えておるのか、知るのが恐ろしいな。
心配せずとも良い、我と其方は魂の傷を埋めあうことができるのだから、どのような穢れも恐ろしくなどない」
にっこりと微笑まれて、むぎゅ、と腹に抱きつかれた。
みぞおちに、ぐりぐりと押し付けられる頭。
途端におれの股間が、こんにちは、と起き上がる。
あまりにも節操のない自分の体に、顔が熱くなって、両手で隠した。
「さあ、ゆくぞ~」
どうしてなのか、ご機嫌な声に導かれて、顔を隠したままおれは進むしかなかった。
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