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10 狂宴

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 城の外壁の内側に並ぶ、十三の人影。

「……っ!?」

 王。
 王妃。
 鱗の側妃。
 尾の側妃。
 花の愛妾。
 蔦の愛妾。

 王妃の子の兄。
 花の愛妾の子の弟。
 鱗の側妃の子の弟。
 尾の側妃の子の弟。
 鱗の側妃の子の姉。
 王妃の子の姉。
 蔦の愛妾の子の妹。

 石の壁に、張り付いている。
 いいや、張り付けられている。

 変態を経たおれは、身体能力が上がっているらしい。
 それだけでなく、視力や聴力まで。

 全裸の王族たちが、そこにいた。

「りゅうさ、ま、どうか」
「おゆる、し、をぉ」
「りゅ、うさまっ」
「いたいよぅ」
「たすけてぇ」
「いやだよぉ」
「なぜ、こん、なめにっ」
「わたくしが、なにをしたというのっ」
「りゅう、をかたるものだああっっ」
「あははははは」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「にせも、のだっ、あれは、にせもの、だぁっ」
「りゅうさまああっ」

 どれだけの間、ここに張り付けられているのか。

 ひびわれて、かれた十三人の声が混ざって、怨嗟になっている。
 間違いなく、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムを呼んでいる。

 十三人は、城壁の内側に、生きたままハリツケにされていた。

 場所は正面入場門の真上だ。
 城に入ってくる者は、必ず気がつく。

 遠目で見える情報は、そこまで多くない。
 けれど、見えるものは見える。

 おそらく垂れ流しの糞尿が石壁に筋を描き、手足に何本も打たれた釘からは、乾いた血の跡が伸びている。
 全裸の肉体は、日差しと風にさらされて干からびているようだ。

 竜人は人の形しかとれないけれど、意識すれば全身を鱗で覆うことができる。
 身を守ろうと思えば変われるはずなのに、王妃も含めて側妃や愛妾は、人の皮膚のままに見えた。

 王と、王の血を引く兄弟、姉妹は龍のような姿になれるはず。
 なのに、やはりこちらも人の姿のままだ。

 人の姿をしていても、龍人の強靭な肉体が、簡単に死を迎えさせてはくれないのだろう。
 聖域の森に逃げ込んだおれと同じように。

 建国神話の一説が頭をよぎった。

 『龍王太子の親が偽られたことで龍王が姿を消して、龍の国は滅んだ』

 どうして王が姿を消しただけで、龍の国が滅んだのか。
 ようやくわかった。

 偽りが、龍王の逆鱗怒りに触れたのだ。

 王太子の白鱗輪と、実父と実母がはめる金輪。
 王と王妃の証の輪は別にあるのに、立太子の儀式に王太子の両親が必要な理由。

 ……最後の龍王エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが番に裏切られたから?

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは龍王であることを否定しなかった。
 国を滅ぼしたことも。

 龍にとっての番は己の命も同然と、建国神話には書いてあった。
 番に裏切られた心痛に狂って、国を滅ぼしたのだろうか。

 嬉しい。

 不意に、そう思った。
 あまりにも突然だったけれど。

 歓喜と共に胸をよぎったのは、不道徳で外道な考えだ。
 それでも、嬉しかった。

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは、おれのために王族を生かしてあるのだ。
 おれが、この手で王を引き裂けるように。

 きっと、そうだ。



 足早に部屋に戻ったおれを、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが迎えてくれた。

「どこに行っておったのだ?」
「書庫で、男の肉体を持つ者同士の性交の方法を調べようと思って」

 面と向かって聞かれてしまえば、嘘はつかない。
 つけない。

「!……ん、んっ」

 おれの言葉に目を見開き、言葉に詰まる姿を初めて見た。
 わざとらしい咳払いが可愛い。

 恋しい。
 おれの龍。

「外壁を見たんだ、あれはおれへの贈り物?」
「ん、見たのか。
 ……そのようなつもりはない、あれらはただ、時と共に朽ち果てるに任せようと思うておる」

 少し考えすぎだったようだ。
 勢い余って、ありがとう!、と抱きつかなくてよかった。

 おれが自分のことを忘れていた間も、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは、おれがどこの誰で、どうして寝床に落ちたのか、知っていたとしか思えない。

 おれが番になったから、ここまでしてくれるのだろう。
 真っ直ぐ向けられる、血塗れの好意を嬉しいと思うことは、許されるだろうか。

 他者を傷つけることが、善であるはずがない。
 けれど、龍が善性の生き物だ、とも聞いたことがない。

 龍やドラゴンは茫漠なる世界を滅ぼせる、暴虐の主だ。
 今ではどちらも滅んだと言われていたけれど、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは生きている。


 壁に磔になった王族を見てしまえば、ずっと気にしていなかった城内の様子も気になる。
 無人の城。
 働いていた者たちはどこに行ったのか。

 王族以外はただ追い出した、と考えて良いのか。

「おれの手で終わらせるのは?」

 さすがのエト・インプレタ・エスト・コル・メウムも、王族を生きたまま磔にしたら、おれがどんな反応をするかまでは、見抜けなかったらしい。
 王や王妃たちを嫌っているからといって、血生臭い事を喜ぶかまでは、判断できなかったのだろう。

 おれはずっと、自分が血生臭い事を苦手にしていると思っていた。

 戦場でこそ、龍人の王族らしい生き方ができる。
 血に塗れてこそ、龍から受け継いだ勇猛さと獰猛さが発揮されると歴史から知っていても、自分は変わり者なのだろうと。

 まさか、磔にされた王たちを見て、嬉しくなるなんて。
 喜んでしまう自分が怖い。

 おれもしっかりと龍人だった
 でも、王のように他人を無為に傷つけたくはない。

「駄目だ、其方ソナタを苦しめた年月以上に苦しんでもらうつもりだ」

 気に入らないと言うように、すっと目を細めたエト・インプレタ・エスト・コル・メウムの姿に、思わず苦笑がこぼれた。
 子供の姿なのに、なんて物騒な表情をするのだろうと。

 彼は本当に龍王だったのだ。
 番に偽られた怒りで、自分の国を滅ぼしてしまうほどに、龍王なのだ。

 今はその一途さがおれに向けられている。
 それが、嬉しい。
 番を唯一とする龍としての正しい姿を、おれは手に入れたのだ。

「これからもここに二人で住むなら、あんな汚い飾りはいらないよ、切り刻んで埋めよう?」
「……其方がそれを望むなら」

 思った以上に簡単に折れてくれた。
 それもこれも、おれのことを思ってくれているから、なのかな。
 嬉しい。

「なあ」
「ん?」

 とろりと水を含んだような黒い虹色の瞳がおれを見る。

「おれの名前、呼んで?」

 寝台に進んで、座る。
 両手を伸ばして、おいで、と微笑みで呼ぶ。

「……我が番は、強いな」
「怖くなったら、死んだ母がそうしていたように、名を呼ぶよ」

 すぐに察してくれるのは、いつものことだ。
 おれが勇気を振り絞っていることも、心の底から望んでいることも、見抜いてくれている。

 恐怖に、負けたくない。
 おれを虐げていたものは、もう残っていない。

 愛しい男に抱かれる。
 きっとそれは、幸福なのだ。

「エト・インプレタ・エスト・コル・メウム?」
「名は知っておるが今は呼ばぬ、名を呼ぶにふさわしい時があるでな」

 やっぱり、名乗ってないのに知っていたらしい。
 実の母親にも呼ばれたことのない、他者との識別記号として付けられた、おれの名前。

 自分の名前を呼ばれるかも、そう期待するだけで嬉しいと思ったのは、始めてだ。
 母が、愛しい男の名を呼び続けていた理由が、少しだけ理解できた。

 
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