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09 狂おしい
しおりを挟む背中をぽんぽんと叩いてくれるのは、小さくて熱い手だ。
心地よい。
「番になった以上、男女などという形質はどうでも良い。
我が其方を抱くのは変わらぬし、子を産んでもらうのは、いずれ来たる時で良いのだ」
「……抱かれたくない、って言ったら?」
怒り狂う?
王が気絶した母を叩いて、無理矢理覚醒させた時のように。
兄弟が、鍛錬途中で倒れたおれに、水をかけて起こす時のように。
「ふぅむ、我が其方を受け入れるのもやぶさかでは無いぞ。
だが、我がエト・インプレタ・エスト・コル・メウムである以上、子を孕むのは無理である。
いずれ其方の口から、抱かれても良い、と言ってもらえるように鋭意努力するとしよう」
ぽふぽふと頭に手が乗せられた。
子供の姿なのに、おれがあやされている。
「どりょく、するのか」
「当たり前であろう、努力無くして番関係は成り立たぬ、番というものは寄り添うものである。
一途に思う心は尊いが、一人よがりの思いを押し付けるだけでは、誰も幸福にはなれぬぞ?」
そっと首を巡らせてみれば、おれの横に腰をかけた子供が、こちらを見てにこにこと微笑んでいた。
どうして笑っているのだろう、と思ったその時。
「其方の、最も深い傷に触れさせてもらえたのだ、我にとっては喜ばしく偉大なる一歩である」
「……おれの、きず?」
最も深い傷。
その言葉がすとんと心の奥に入った。
愛されたい。
愛されたかった。
おれは、母に愛されたかった。
母の一番になりたかった。
守りたかった。
母に名前を呼ばれたかった。
どこの誰かも知らない男ではなく、おれが母の心と体を守れるようになりたかった。
父に愛されたかった。
兄弟や姉妹にも。
おれを見ようともしない王妃や側妃、愛妾、誰でも良いから、愛して欲しかった。
ああ、おれは、なんて卑怯なんだ。
自分の居場所が欲しかったのだ。
一人が辛くて、壊れた母を利用していた。
「誰も皆、一人では生きられぬ。
だが、他人に思いを押し付けてはいかんのだ、想いが深ければ深いほど、思いが強ければ強いほど傷は深くなるからの」
よしよし、とおれの頭を撫でる小さな手。
柔らかくて幼い手が、ひどく熱くて。
涙が勝手に出てしまって、止まらなかった。
「……っう」
「これからは我がおるのだぞ?、其方の不安など、一吹きで消し去ってみせよう。
安心して眠るがよい」
心地よい手に導かれるように、意識が沈んでいく。
起きたばかりなのに、眠くなかったのにと思う気持ちは、寝床にいた頃のようなまどろみに溶けていった。
◆
城での生活は、あまりにも穏やかだった。
おれがいるのは、城内の客間のある区画。
以前のおれは王太子だったのに立ち入りが禁止されていた、賓客専用の区画だった。
王、兄弟姉妹、王妃、側妃、愛妾、誰にも会わない。
それどころか、城の中を管理しているはずの人々の姿もない。
食事はエト・インプレタ・エスト・コル・メウムが持ってきてくれて、銀のさじを口元に差し出されると、いやと言えない。
何を食べているのか、よく分からないけれど美味しい。
そして、体がぽかぽかと暖かくなって、より壮健になっていく気がする。
着替えや風呂は一人でできるけれど、おれの体にあつらえたような大量の服は、どこから来たのか。
変態とかいうものが終わったあと、おれは周囲の調度品の大きさから、自分の身長が頭ひとつ以上伸びた事を知った。
目に見える胸に腹、腕や足にあった傷は消えて、見たことのない量の筋肉が盛り上がっている。
姿が変わってからは、一度も鍛えていないのに、なぜだ。
年齢相応かは不明だけれど、男らしい、といえる肉体だ。
この今のおれを、抱くといわれても、想像がつかない。
相手は子供の姿のエト・インプレタ・エスト・コル・メウムだろう。
もし龍の姿だとしたら巨大過ぎて、身長が少し伸びたくらいで相手ができるとは思えない。
おれはエト・インプレタ・エスト・コル・メウムが好きだ。
恋しい。
でも、それは体を交わしたいという気持ちには直結していない。
側にいたい、だけではだめなのか。
おかしいのは、おれなのか?
変わった姿を、姿見で確認した。
以前と変わっていないのは、白く光る虹色の瞳だけ。
おれの姿は、自分のものとは思えなかった。
死にかけたからだろうか、母譲りの赤土色の髪は真っ白に色が抜けた。
手入れすることなく、栄養も足りず、傷んでぼさぼさだったが、今はつやつやと光を放っているように見える。
身長が伸びた影響か、顔も変わった気がする。
顔立ちが母に似ていて安心した。
全身のどこにも傷跡はない。
それなのに、ほくろの場所は変わっていない。
どこもかしこも変わってしまったのに、自分だと思えないのに、おれはおれのままらしい。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムとの関係がぎくしゃくするか、と不安になることもなかった。
あの後、おれが目覚めた直後に、目の前に本人がいたのだ。
「おはよう、口を吸うて良いか?」
寝起きでぼんやりしているおれにそう言うなり、がっぷりと口を覆われた。
熱を与えられるのは好きだ。
抱かれる勇気はないけれど、口付けが日常になりつつある。
おれはエト・インプレタ・エスト・コル・メウムが好きだ。
好きな人に触れられるのは、気持ち良い。
それを知れただけでも、成長したと言えるだろう。
求められている。
今まで気がつかなかったけれど、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは子供の姿なのに、しっかりと股間をふくらませていた。
つまり、男なのだ。
おれも男なのに、どうしろと?
不安しか感じなかったおれは、動くことにした。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムがいない時に客間区画を出て、城の奥にある書庫へと向かった。
部屋から出るなとは言われていないから、問題ないだろう。
書庫の場所は、姿を隠すために逃げ込んでいたから知っている。
大書庫は、城の公表区画側で遠い。
文字の読み方は、御典医の爺さまから習った。
問題があるのは、城内の書庫に、男同士で子作りする方法が書かれた書物が……あるだろうか。
ということだ。
まともに教師をつけられたことがないおれでも読めるような、平易な文章の書物があると良いな、と思いながら、無人の廊下を歩いていく。
勝手知ったる城の中。
以前は廊下の隅を、隠れるように歩いていた。
今は、無人なので中央を進んでいる。
不思議と怖くない。
これもエト・インプレタ・エスト・コル・メウムの番になったからだろうか。
一人で向かったのは、探している書物の内容を知られたくなかったからで、深く考えていなかった。
おれが、この城にいる意味を。
誰にも会わない理由を。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが、あまりにも普通だったから。
「~~っ」
どこからか、声が聞こえた。
複数の人々が、口々に何か言っている。
そんな声。
書庫に向かっていた足が、好奇心で向きを変えた。
誰もいないから大丈夫と、おれは、城にいた頃のことをすっかり忘れていた。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムと過ごした日々が、短いのにあまりにも優しくて穏やかで、心が鎧をまとう事を忘れてしまったように。
遠くから聞こえる声には、男も女も混ざっているようだ。
賓客用の区画から遠いから、これまで聞こえなかったのだろう。
「…………え?!」
不意に、目に飛び込んできたもの。
窓から見えた、城を囲む外壁の内側。
そこに、水が垂れた跡のような、縦長の黒いしみができていた。
何本も。
……全部で、十三。
しみの一番上。
そこには。
人の姿があった。
◆
次話、残酷入りま~す
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