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08 在り方
しおりを挟む母の葬儀は済んでいる。
けれどそれは、民と同じ土葬だ。
遺体を灰になるまで燃やすには大量の薪が必要で、上流階級のみがそれを許されている。
火葬にされて、煙と共に天に登ることで天の国に行けると、建国神話に書かれているのだ。
神話が正しいなら、庶民は決して天の国に行けない。
その情報を開示しないのは、上流階級に所属する者たちが傲慢だからだと、おれは思っている。
この国の森林資源は、すべてが聖域の森に連なると考えられている。
伐採には許可が必要で、土地の所有者であっても、整備間伐以外で切り出すことはできない。
おれは城から出たことがなくて、この国に存在する森が、どれだけの広さを持つか知らないけれど。
狭くはないだろう。
そして、上流階級出身者を土葬するのは、法を犯した者と知らしめる、見せしめだ。
おれは母の遺体を、名前だけの養家ではなく、本当の家族の元に返して火葬してやりたい。
そう思っていた。
身体中が傷だらけで、日常的に暴力を受けていたと分かる姿を見られても、死した後まで愛する人々の側にいられないよりは良い。
おれの自己満足でも、そうしたかった。
王を殺して仇を打ってからの予定が、殺されそうになってできなかったけれど。
「其方の母君の遺骸は腐らぬようにしておいたゆえ、いつでも良いぞ」
「……どうして」
そう言えば、寝床で言われた。
「楽しみにしておるが良い、我の傷が癒えたら、其方の望みを叶えてやろう」と。
あれは……あの頃から、おれがどこの誰なのか、知っていたのか?
どうやって?
おれ自身が、自分の記憶をなくしていたのに。
「番の望みすら叶えられぬでは、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムとして在れぬからの」
得意そうに、鼻高々に見上げられている。
けれど、目の前にいるのは美しすぎるとしても、子供だ。
可愛いとしか言えない。
頭を撫でて「よくできました」と褒めたくなるほどに。
まだ確認していないけれど、無事に姿が変わったらしいおれは、身長がかなり伸びたらしい。
人の子供の姿をしたエト・インプレタ・エスト・コル・メウムの身長は、おれのみぞおちくらいまでしかない。
さあ、どうだ、褒めて良いのだぞ、と鼻息を荒くして言われているようで。
もみくちゃにしたいほど可愛い。
どう返事をしようかな、と思ったその時。
愛らしい。
愛おしい。
愛しんで。
愛でたい。
唐突に体の奥から、これまでに誰にも感じたことのない感情が湧き上がる。
なんだこれは、とうろたえて、思わず顔を両手で押さえた。
顔が熱い。
きっと今のおれは、とんでもなく格好悪い顔をしている。
ただでさえ人並みの顔なのに、嫌われてしまうかもしれない。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムに感謝を伝えなくてはいけないと、頭では理解しているのに、心と体が勝手に暴走している。
「……どうしたのだ?」
「い、いいや、なんでもないっ」
考えてもいない、おかしな事を口走ってしまいそうで、両手で顔をこすった。
「のう?」
「なんだっ」
「我は今、猛烈に其方を抱きたいのだが」
「はあっ?!」
むぎゅ、と腹に熱がくっつく。
呼吸が止まる。
心臓が暴れる。
「っ!」
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの言葉に反応したように、おれの股間が元気に反応した。
呼んだ?と返事をするくらいの勢いに、自分が一番驚く。
そこまでは良い。
いいや、良くない!
ちょ、ちょっと待ってくれ、今、いま、なんて言った!?
だきたい?
おれを?
おれ、男だけど?
抱きしめあうって意味なのか?
おれはエト・インプレタ・エスト・コル・メウムの性別を知らない。
龍の姿も子供の姿も、性別が良く分からないから。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが女性なら、乗られる?
相手は子供だぞ!
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが男性なら……いやいやいやいや、ないって。
……ない、よな。
だっておれは異性が……。
……ん、んんんんん、いいや、そんなことないかも。
だっておれ、誰にも触れたいと思ったことがない。
触れられたいと、思った事、ない。
「ま、待ってくれ、変だ、変だからっ」
「なにもおかしゅうない、其方の体の変態が終わったのだ、我の子を孕んでくれるであろ?」
「……はらむ?」
あれ、なんか、その単語、どこかで聞いたかも?
……どこで?
んん?
顔を押さえたまま、一生懸命思い出そうとしているのに、腹にくっついた熱が身じろぎした。
「うわっっ!?」
「ささ、良い子にしておれよ、怖くないからの」
なんの予兆もなく体が横倒しにされて、悲鳴をあげると同時に、起きたばかりの寝台の上に転がされていた。
逃げる間もなく、いつのまにか着ていた寝巻きの裾を、左右に広げられた。
この国で一般的に使われている寝巻きは、背中から羽織って腕を通し、左を上にして前を重ねて帯で締める形だ。
右手で懐にものを入れるため、左上だという。
老若男女、装飾や色使いや素材や大きさに差はあっても、基本は同じ形。
女性は寝巻きの下に、膝丈の腰巻きを巻く。
男性は下穿きをはくのに、なぜか、おれは着せられていなかった。
「ぎゃあああっ!」
なんでおれ、寝巻き一枚なんだよ!
焦って顔から両手を離してしまったことよりも、しっかりと硬くなっている陰茎をエト・インプレタ・エスト・コル・メウムに見られている方が大問題だ。
「おお」
「見るな、見ないで、やめてっ」
足を曲げて転がろうとするのに、細い手が腹に置かれているだけで体が動かない。
きらいだ。
いやだ。
おれは、王が側妃や愛妾を抱く時に、その場に呼ばれていた。
お前は王になるのだから、近くで見ていろと言われて。
王妃は嫌がったらしいが、側妃たちはあんあんうるさいし、愛妾たちは獣のようで嫌悪感しか覚えなかった。
見かけは綺麗でも、結局のところ、交尾でしかないと知った。
そして王が、おれの母だけを殴ってひっぱたいて噛み付いて、力づくで腰を叩きつける姿を、ずっと見せられてきた。
あんあん言うのは無理だ。
獣のように忘我に吠えることも。
母の悲鳴が、耳の奥に蘇る。
元婚約者の名前を呼んでも、決して「助けて」とは言わなかった母。
おれは、母のようには生きられない。
おれには、母のようにすがる相手がいない。
怖いと思った。
おれは、他人から悪意以外を向けられることに、慣れてないから。
「や、いやだぁっっ」
不意に体が軽くなる。
幼い子供のように体を丸めて、震えながらしゃくりあげた。
涙がほほを伝う。
寝床にいる時は、嫌悪感を抱かなかったのに。
変態中にむけられた、性欲のにじんだ視線も平気だったのに。
どうして、今になっていやだと思うんだ。
「……っ、ううっ」
呆れているに違いない。
体は健やかになったのに、心が追いついてくれない。
頭の中で、母の悲鳴の残響が繰り返される。
いたい、きらい、他人は不潔だ。
「のう?」
「っう……っく、っぅ」
丸めていた背中を撫でられて、びくりと震えると、優しい声が耳に届いた。
「我が怖いか?」
首を振る。
違う、勘違いしないで欲しいと。
エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが怖いなんて、思った事ない。
「ならば我を見よ、今後一生涯において、其方を抱くのは我だけだ。
このエト・インプレタ・エスト・コル・メウムだけである」
「お、……おれ、おとこだ」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら訴えると、ぽんぽんと背中を叩かれた。
小さな子供を、慰めるように。
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