【R18】A pot of gold at the end of the black rainbow

Cleyera

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08 在り方

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 母の葬儀は済んでいる。
 けれどそれは、民と同じ土葬だ。

 遺体を灰になるまで燃やすには大量の薪が必要で、上流階級のみがそれを許されている。
 火葬にされて、煙と共に天に登ることで天の国に行けると、建国神話に書かれているのだ。

 神話が正しいなら、庶民は決して天の国に行けない。
 その情報を開示しないのは、上流階級に所属する者たちが傲慢だからだと、おれは思っている。

 この国の森林資源は、すべてが聖域の森に連なると考えられている。
 伐採には許可が必要で、土地の所有者であっても、整備間伐以外で切り出すことはできない。

 おれは城から出たことがなくて、この国に存在する森が、どれだけの広さを持つか知らないけれど。
 狭くはないだろう。


 そして、上流階級出身者を土葬するのは、法を犯した者と知らしめる、見せしめだ。

 おれは母の遺体を、名前だけの養家ではなく、本当の家族の元に返して火葬してやりたい。
 そう思っていた。

 身体中が傷だらけで、日常的に暴力を受けていたと分かる姿を見られても、死した後まで愛する人々の側にいられないよりは良い。
 おれの自己満足でも、そうしたかった。

 王を殺して仇を打ってからの予定が、殺されそうになってできなかったけれど。

其方ソナタの母君の遺骸は腐らぬようにしておいたゆえ、いつでも良いぞ」
「……どうして」

 そう言えば、寝床で言われた。
 「楽しみにしておるが良い、我の傷が癒えたら、其方の望みを叶えてやろう」と。

 あれは……あの頃から、おれがどこの誰なのか、知っていたのか?
 どうやって?
 おれ自身が、自分の記憶をなくしていたのに。

「番の望みすら叶えられぬでは、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムとして在れぬからの」

 得意そうに、鼻高々に見上げられている。

 けれど、目の前にいるのは美しすぎるとしても、子供だ。
 可愛いとしか言えない。
 頭を撫でて「よくできました」と褒めたくなるほどに。

 まだ確認していないけれど、無事に姿が変わったらしいおれは、身長がかなり伸びたらしい。
 人の子供の姿をしたエト・インプレタ・エスト・コル・メウムの身長は、おれのみぞおちくらいまでしかない。

 さあ、どうだ、褒めて良いのだぞ、と鼻息を荒くして言われているようで。
 もみくちゃにしたいほど可愛い。
 どう返事をしようかな、と思ったその時。

 アイらしい。
 イトおしい。
 しんで。
 でたい。

 唐突に体の奥から、これまでに誰にも感じたことのない感情が湧き上がる。
 なんだこれは、とうろたえて、思わず顔を両手で押さえた。

 顔が熱い。

 きっと今のおれは、とんでもなく格好悪い顔をしている。
 ただでさえ人並みの顔なのに、嫌われてしまうかもしれない。

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムに感謝を伝えなくてはいけないと、頭では理解しているのに、心と体が勝手に暴走している。

「……どうしたのだ?」
「い、いいや、なんでもないっ」

 考えてもいない、おかしな事を口走ってしまいそうで、両手で顔をこすった。

「のう?」
「なんだっ」
「我は今、猛烈に其方を抱きたいのだが」
「はあっ?!」

 むぎゅ、と腹に熱がくっつく。
 呼吸が止まる。
 心臓が暴れる。

「っ!」

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの言葉に反応したように、おれの股間が元気に反応した。
 呼んだ?と返事をするくらいの勢いに、自分が一番驚く。

 そこまでは良い。
 いいや、良くない!
 ちょ、ちょっと待ってくれ、今、いま、なんて言った!?

 だきたい?
 おれを?
 おれ、男だけど?
 抱きしめあうって意味なのか?

 おれはエト・インプレタ・エスト・コル・メウムの性別を知らない。
 龍の姿も子供の姿も、性別が良く分からないから。

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが女性なら、乗られる?
 相手は子供だぞ!

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが男性なら……いやいやいやいや、ないって。
 ……ない、よな。

 だっておれは異性が……。
 ……ん、んんんんん、いいや、そんなことないかも。

 だっておれ、誰にも触れたいと思ったことがない。
 触れられたいと、思った事、ない。

「ま、待ってくれ、変だ、変だからっ」
「なにもおかしゅうない、其方の体の変態が終わったのだ、我の子を孕んでくれるであろ?」
「……はらむ?」

 あれ、なんか、その単語、どこかで聞いたかも?
 ……どこで?
 んん?

 顔を押さえたまま、一生懸命思い出そうとしているのに、腹にくっついた熱が身じろぎした。

「うわっっ!?」
「ささ、良い子にしておれよ、怖くないからの」

 なんの予兆もなく体が横倒しにされて、悲鳴をあげると同時に、起きたばかりの寝台の上に転がされていた。
 逃げる間もなく、いつのまにか着ていた寝巻きの裾を、左右に広げられた。

 この国で一般的に使われている寝巻きは、背中から羽織って腕を通し、左を上にして前を重ねて帯で締める形だ。
 右手で懐にものを入れるため、左上だという。

 老若男女、装飾や色使いや素材や大きさに差はあっても、基本は同じ形。

 女性は寝巻きの下に、膝丈の腰巻きを巻く。
 男性は下穿きをはくのに、なぜか、おれは着せられていなかった。

「ぎゃあああっ!」

 なんでおれ、寝巻き一枚なんだよ!
 焦って顔から両手を離してしまったことよりも、しっかりと硬くなっている陰茎をエト・インプレタ・エスト・コル・メウムに見られている方が大問題だ。

「おお」
「見るな、見ないで、やめてっ」

 足を曲げて転がろうとするのに、細い手が腹に置かれているだけで体が動かない。

 きらいだ。
 いやだ。

 おれは、王が側妃や愛妾を抱く時に、その場に呼ばれていた。
 お前は王になるのだから、近くで見ていろと言われて。

 王妃は嫌がったらしいが、側妃たちはあんあんうるさいし、愛妾たちは獣のようで嫌悪感しか覚えなかった。
 見かけは綺麗でも、結局のところ、交尾でしかないと知った。

 そして王が、おれの母だけを殴ってひっぱたいて噛み付いて、力づくで腰を叩きつける姿を、ずっと見せられてきた。

 あんあん言うのは無理だ。
 獣のように忘我に吠えることも。

 母の悲鳴が、耳の奥に蘇る。
 元婚約者の名前を呼んでも、決して「助けて」とは言わなかった母。

 おれは、母のようには生きられない。
 おれには、母のようにすがる相手がいない。

 怖いと思った。
 おれは、他人から悪意以外を向けられることに、慣れてないから。

「や、いやだぁっっ」

 不意に体が軽くなる。
 幼い子供のように体を丸めて、震えながらしゃくりあげた。
 涙がほほを伝う。

 寝床にいる時は、嫌悪感を抱かなかったのに。
 変態中にむけられた、性欲のにじんだ視線も平気だったのに。

 どうして、今になっていやだと思うんだ。

「……っ、ううっ」

 呆れているに違いない。
 体は健やかになったのに、心が追いついてくれない。
 頭の中で、母の悲鳴の残響が繰り返される。

 いたい、きらい、他人は不潔だ。

「のう?」
「っう……っく、っぅ」

 丸めていた背中を撫でられて、びくりと震えると、優しい声が耳に届いた。

「我が怖いか?」

 首を振る。
 違う、勘違いしないで欲しいと。
 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが怖いなんて、思った事ない。

「ならば我を見よ、今後一生涯において、其方を抱くのは我だけだ。
 このエト・インプレタ・エスト・コル・メウムだけである」
「お、……おれ、おとこだ」

 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら訴えると、ぽんぽんと背中を叩かれた。
 小さな子供を、慰めるように。

 
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