【R18】A pot of gold at the end of the black rainbow

Cleyera

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07 新生活

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 おれは傷が痛まない日を知らない。

 いつだって、何人もいる兄弟たちに、武芸鍛錬のカカシにされていた。
 姉妹はおれの姿を笑い、使用人に命じて泥や汚水をかけさせたり、数少ない服や私物を引き裂かれたりした。

 骨が折れて飛び出しても、血を吐いても、歯が折れても、虹瞳に傷が残らなければ良い、死ななければ良い。
 そう言われて傷口だけ塞がれて、血尿を垂れ流しても放置された。

 何度もおれの傷を診てくれた御典医の爺さまは、王におれを傷つけさせるなと進言してくれた。
 でも、それから、姿を見てない。

 そんなおれが、健やかに育っていればそうなっていたはずの姿へと変わっていく。

 おれの負っていた傷が、埋められていく。
 初めから、存在すらしなかったように。

 激痛の中でそう確信した。

「傷を癒やし、孕めるように胎の支度をせねばのぅ」

 痛みと変化で疲れきったおれが、ふらふらになってまどろみながら、最後に聞いたのは、そんな言葉だった。






   ◆





 まどろみから目が覚めるたびに、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムがおれに口付けた。
 寝床にいる時のように。

 空は、木々の葉影から差し込む眩さで、きらめいている。
 痛い。

 口を吸われるたびに全身が軋む。
 痛いけれど、必要なことだ。

 おれの変化はエト・インプレタ・エスト・コル・メウムの力で起こされているのかもしれない。

 これが、はるか彼方の昔に存在していた魔法なんだろうか。
 ……もしかして、おれも王のように、龍に近い姿になれるようになったりするのか。

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは喜んでくれるだろうか。

 分厚い枯葉の上に、寝かせられているのか、寒くはない。
 けれど寝床にいた時の、快適さは無い。

 硬くて冷たい地面を、背中に感じる。
 森の中らしい湿度も。
 吹き抜ける風が、伸びている途中の手足に痛い。

 けれど、おれが変われば、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの姿も変わっていく。
 より美しく、荘厳に。

 だから我慢できる。

 小さな背丈は変わらないのに、刃物で適当に剃り落としたように不揃いに短かった黒髪が長く伸びて、虹色にきらめく。
 不思議なことに、黒の中に赤や緑、青や黄が見えるのだ。

 おれの記憶の中では白く濁っていたはずの瞳は黒く澄んで、しっかりとこちらを見る。
 そして微笑む。

 虹色だ。
 龍の虹瞳だ。

 黒の中に全てが内包されている。
 これが、本物の龍の瞳なのか。

 とろりと水気を含んだような、ひどく艶っぽい視線に、不安になる。
 求められているものが、なにか、分かるから。

 ずっと王に母が犯される姿を見せられてきた。
 だから、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの瞳に灯る期待が、性欲であると分かってしまう。

 そして、本当におれを大事に思ってくれている、と教えられるのだ。


 性欲の解消法は、王が母を押し潰して、腰を振る姿しか知らなかった。
 一方的に押し付けるものだと思っていた。

 違うらしい。

 甘やかすように口を押し当てられて、ゆっくりと舐められる。
 ちゅ、と音がして、思わず目をそらすと、くす、と笑われる。

「恥ずかしいかの?」
「……うん」

 口先で否定しても、常世にいた頃のように見抜かれるだろうから、嘘はつけない。
 おれが嘘をつかないことを、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは喜んでくれている、そんな気がした。

 口同士が触れて、痛みに疲れてまどろみ。
 どれだけ時間が過ぎたのか。

 薄暗い木々の隙間に見えていた光が消えて、見えて、消えて、どれだけの時間がたったのか、分からなくなった頃。

「このままでは時間がかかりすぎる、一度、場所を変えようぞ」

 今は性別も不明な背の低い人の姿なのに、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが龍であることは疑いようが無い。
 ひょい、と抱き上げられた。
 痛い。

 力強いのに、背中にまわされている腕が短くて落ちそうだ。
 ただ痛い。

「引きずってしまうな、首にしがみつけるかの?」
「……く、うっ」

 激痛に震えながら、勝手に出た涙がほほを伝うのを感じながら、腕を持ち上げる。
 筋力が落ちているのか、成長過程だからなのか、両手をエト・インプレタ・エスト・コル・メウムの細い肩に乗せた時には、全身が冷や汗まみれになっていた。

「我が番の献身に感謝を捧ぐ、行こう」

 もしかして褒められたのかな、とぼんやりしている間に、ちゅ、と口に口を当てられて、垂れる汗をぺろりとなめられた。

 疲れたおれは目を閉じて、ゆっくりと揺れる心地よさに意識を向けた。
 必要だとわかっていても痛い。
 早く、終わって欲しい。





 おれの願いは、思った以上にあっさりと叶った。

 すっきりと目が覚めて、そして。

「どこも痛くない」

 がばり、と飛び起きてみても、痛くない。
 寝かせられていた巨大な寝台を降りる時は、転んでしまうのでは無いかと緊張したけれど、手足にはしっかりと力が入れられて、分厚い絨毯を踏みしめて立つことができた。

 どれだけ寝ていたのか時間は分からないけれど、手足の筋肉は衰えていない。
 それどころか前よりも力強くなったように感じる。

「……ここは」

 入ったことのない場所だ。
 でもおれは知っている。
 ここは。

「起きたか」

 解放されたままだった扉から、風もないのに虹色の黒髪を宙に靡かせる子供が入ってきた。

 かつ、こつと石の床を踏む靴には、きらびやかな刺繍と宝石が縫い付けられ、豪華な装飾の入った服の意匠は、おれのよく知ったものだった。

「変態途中に動かすべきではなかったが、仕方なかったのだ、許せ」
「ここは?」

 歩み寄ってきた子供に、にこりと微笑みかけられて、胸がざわめいた。
 きれいだ。
 美しい。
 どんな言葉を口にしても、足りない。

「ん、よう知っておろうに、城だ」
「……」

 ただ、見た目や名前がどれだけ変わろうとも、変わらないこともあるようだ。
 ペルディディ……いいや、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは、言葉が壊滅的に足りない龍であるらしい。



 おれが目覚めたのは、間違いなく生まれ育った龍人の国の城だった。

 どうしてこんな場所に連れてきた、と嫌悪感を覚えたけれど、ふと気がついた。
 思い出したとも言う。

 おれはエト・インプレタ・エスト・コル・メウムに自分が何者か話せていない。

 常世の寝床にいる時は、記憶が忘却の彼方に吹っ飛んでいた。
 現世で死にかけている時は、満足に口を開くことができなかった。

 つまりエト・インプレタ・エスト・コル・メウムはおれがこの国の王太子で、父親の王を殺そうとして、あっさり返り討ちにあって逃げ出したと知らないのだ。

 ……王に寝首をかかれていないのは、なぜだ。
 絶対に、嬉々として殺そうとするはずだ。

 城は、聖域の森から一番近い建造物だ。
 そして大きい。

 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが本物の最後の龍王なら、普通の家を滞在先に選んだりしないだろう。

「のう、どうした、まだ痛いか?」
「いいや、でも、どうしてここに」

 それ以上は言って良いのか。
 どうしてここに、おれを連れてきたのか、と言えず。
 言葉に詰まった。

 この部屋は客間だろう。

 あの王が、素直におれを城に入れたのだとすれば。
 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが龍だと、見抜かれたのかもしれない。

 なにが目的だ?
 今すぐにでも建国神話を調べなくては。
 エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは、何の龍だった?
 読んだ覚えがない。

 属性を司る龍か、自然を司る龍か、それとも全く違う存在なのか。

「ん?、其方ソナタがここに戻りたがっておったからだ。
 今も亡き母君を荼毘ダビしたいと望んでおるであろう?」
「……」

 言葉が出なかった。

 どうしてそれを知っているのか。
 知られるような言動をした覚えがないのに。

 
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