【R18】A pot of gold at the end of the black rainbow

Cleyera

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06 再生  注:脇役女性への暴力あり

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 母が王に壊された、と知ったのは。
 おれが王太子になる前。

 王が、泣き叫んで誰かの名を呼ぶ母を、ひどくご機嫌な様子で殴り倒し、平手で頬を張りながら服を引き裂き、幼いおれの目の前で犯した時だ。

 王は母の体に、手形と歯形を刻みながら腰を打ちつけ、泣き叫ぶ姿を見て興奮していた。

 母が気絶するまで散々に犯した後で、おれを見て「これが王の特権だ」と言った。
 おまえも、きちんと覚えておけ。
 いつでもなんでも、好きなことができるのだぞ、と。

 部屋の隅にうずくまったまま、言葉もなく動けなかったおれが、母が犯されて喜んでいると、本気で王は思っていた。
 そうでなければ、あんなに得意そうな顔をしないだろ。

 おれはこの日に、生まれて初めて、他人を殺したい、と思った。

 母を愛しているからじゃない。
 王が不愉快で目障りだった。

 だから、王が龍のような姿になって、目論見が外れた。
 殺すつもりが、逆に殺されそうになった。

 死ぬなら、好きな場所で死にたい。
 完全な虹瞳を持つおれがいなくなれば、次の王は片目の左半分だけが虹瞳の弟だ。

 虹瞳が王の条件なら、片目の半分だけでは王として君臨できるわけがない。
 他の竜人と何も変わらない姿で、龍人だと言い張るならともかく。

 隠していても、素顔を誰かに見られたら、王座から突き落とされる。
 たとえ、その相手が王妃でも見られる訳にはいかないだろう。

 この国は弟の代で終わるだろう。
 うまく誤魔化せても、弟の子が両目揃って虹瞳である可能性は低いかもしれない。

 死ぬ前の負け惜しみで、そう思った。

 おれが死地に選んだのは、かつて龍の国があったという、城を包むように続く山脈だった。
 空を貫く岩山が、切り立った崖が、黒々と深くて豊かな稜線を織り成している。

 そこだけ巨木がうっそうと生い茂っていて、人の手を入れられない幽玄の森。

 龍人国の象徴。
 聖域として祀られている。
 古き龍の森。

 王の手で胸と腹に穴を開けられたものの、おれは森に辿り着けた。
 血を吐きながら、這うように森へ逃げ込んだけれど、追ってきた兵たちに全身を切り刻まれた。
 手足を切り落とされて、そのまま捨て置かれた。

 聖域を血で汚してしまった。
 母の無念を晴らせず、王に一矢報いることもできなかった。

 はずなのに。

 ……どうして、おれはまだ、生きているのか。
 兵たちはどこに。

 目の前が暗い。
 寒さが分からなくなってきた。

 おれは父親を殺そうとした。
 大っ嫌いな相手で、外道な屑野郎だから、きっとおれがしたことは間違ってない。

 それでもきっと、天の国には行けない。
 母と一緒に、さまようのかな。

 どうせ死ぬなら、幸せな夢の中で死にたかった。
 そう思って諦めた、その時。

「おお、間に合ったようだの」

 ちゅう、と音をたてて、唇に熱が触れた。





 ………………。

 …………。

 ……。

 気が付いてみれば、ちゅ、ちゅう、と音が続く。
 熱いものが口に触れている。

 おれは少しの間、気絶していたようだ。

 それとも、これは夢の続きだろうか。
 体を動かすことができなくて、触れられない。

 おれの目の前に、黒髪の子供がいた。
 見えないのに、見える。

 目が潰れそうなほど眩しい、黒くて虹色に光る瞳でおれを見て、にっこりと笑う。

「さあ、番になろうぞ」
「……?」

 言葉が出ない。

 それはおれが死にかけているからではなく。
 常世で見ていた姿とはかなり違うけれど、おれの目の前にいるのは、間違いなくペルディディ・コル・メウムだったから。

 それなのに、なぜか違和感を覚えてしまう。

「ペ……ィ……ィ・コ……・メ……ム?」

 もう、うまく話せない。

「ん?、……ふむ、ああ、違うぞ、今の我は其方ソナタという番を得たからの、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムである」
「……え、ぉ?」
「我は、満たされしエト・インプレタ・エスト・コル・メウムになったのだ」

 唖然としてしまった。
 おれは、その固有名を持つ龍を知っている。

 血が足りずに目の前は真っ暗、寒さに震えているのに、おれの脳みそはそれがどんな龍なのか、一瞬で叩き出してくれた。
 寝床にいた時は、あんなにうすらぼけていたのに!

「さい……のりゅ、うお、う」

 龍の国の最後の王、亡国の龍王、我が子を偽られて姿を消したエト・インプレタ・エスト・コル・メウム。
 おれの記憶が正しければ、そのはずだ。

「ふん、あの時の我はエト・インプレタ・エスト・コル・メウムでは無くなっていたというのに、信じぬ奴らが悪いのだ」

 おれが思わず言ってしまった言葉が気に障ったようで、きらめく短い黒髪をがしがしと掻いてぼやく。
 目の前が真っ暗なのに、その姿だけは見える。

「ごめ……さ、い」
「謝らずとも良い、それよりもハヨうせぬと、死んでしまうぞ」

 そうか。
 そうかも。

 もう、動けない。
 おれの死を恋しい龍が看取ってくれるなら、それも悪くない。

 それを告げる前に。

「ん、んっ」

 がぷりと口を覆われた。
 ぬるり、と形を持った熱湯が口の中に注ぎ込まれる。

 歯の根元をくすぐり、舌の上を撫でられて気が付いた。
 この灼熱はエト・インプレタ・エスト・コル・メウムの舌だ。

 おれが失血で死にかけているから、熱いと感じるのか。

 聞きたいことはたくさんある。

 龍は同一名の存在しない固有名持ちなのに、名前が変わる理由。
 どうして何百年も昔に国ごと滅んだ龍が、生きているのか。
 なぜ、おれなのか。
 龍と龍人には、なにか繋がりがあるのか。
 王が龍もどきといえるような姿になったのは何故なのか。
 そして、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは男なのか、女なのか。

 全てが、熱と共に与えられる痛みに埋もれていく。

「あ、ああ、あっっ」

 痛い。
 全身が。
 ぬるり、とろり、と唇を、口の中を舐めて愛撫されて甘やかされているだけなのに、腹が、胸が、失われた四肢が。

 全身が、自分のものでないように、うごめいた。

 肉が盛り上がって傷口が埋められ、血が湧いて体内をめぐり、引き裂かれて失われていた手足が、新しく作られていく。
 激痛と共に。

 幼い頃からの傷が癒えて、育つことのできなかった体がミシミシと軋みながら伸びていく。
 なぜか、それが分かるのだ。

 過去に腹違いの兄弟姉妹から受けた仕打ちだって、ここまでではなかった。
 けれど、痛みに絶叫していても、正しく理解していた。

 おれは今この時、本来のおれが成るべきだった姿になっているのだ。
 今までの姿は、出来損ないの紛い物だった。

 今までのおれは、虹の瞳は持っていても、龍に似た姿にはなれなかった。
 だから恥ずかしくて、外に出せなかったのだと、おれに穴を開けた時に王が言っていた。

 おれの体が育っていないのは、王や王妃、側妃、愛妾ども、そして兄弟姉妹が原因だと言うのに。

 おれは満腹を知らない。
 幼い頃から満足な食事を与えられたことがない。
 自分から求めれば、意地汚い乞食に成り下がる気か、と暴力が与えられた。

 おれはいつでも悪意に囲まれていた。
 母と御典医の爺さま以外の全てに傷つけられてきた。
 だから、ほとんど日光の差し込まない城の最奥で、近所の子供みたいに扱われても、母のそばにいた。

 そこが、唯一の暴力を受けない場所だったから。

 
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