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06 再生 注:脇役女性への暴力あり
しおりを挟む母が王に壊された、と知ったのは。
おれが王太子になる前。
王が、泣き叫んで誰かの名を呼ぶ母を、ひどくご機嫌な様子で殴り倒し、平手で頬を張りながら服を引き裂き、幼いおれの目の前で犯した時だ。
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うまく誤魔化せても、弟の子が両目揃って虹瞳である可能性は低いかもしれない。
死ぬ前の負け惜しみで、そう思った。
おれが死地に選んだのは、かつて龍の国があったという、城を包むように続く山脈だった。
空を貫く岩山が、切り立った崖が、黒々と深くて豊かな稜線を織り成している。
そこだけ巨木がうっそうと生い茂っていて、人の手を入れられない幽玄の森。
龍人国の象徴。
聖域として祀られている。
古き龍の森。
王の手で胸と腹に穴を開けられたものの、おれは森に辿り着けた。
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母の無念を晴らせず、王に一矢報いることもできなかった。
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兵たちはどこに。
目の前が暗い。
寒さが分からなくなってきた。
おれは父親を殺そうとした。
大っ嫌いな相手で、外道な屑野郎だから、きっとおれがしたことは間違ってない。
それでもきっと、天の国には行けない。
母と一緒に、さまようのかな。
どうせ死ぬなら、幸せな夢の中で死にたかった。
そう思って諦めた、その時。
「おお、間に合ったようだの」
ちゅう、と音をたてて、唇に熱が触れた。
………………。
…………。
……。
気が付いてみれば、ちゅ、ちゅう、と音が続く。
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「我は、満たされしエト・インプレタ・エスト・コル・メウムになったのだ」
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おれの記憶が正しければ、そのはずだ。
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目の前が真っ暗なのに、その姿だけは見える。
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「謝らずとも良い、それよりも早うせぬと、死んでしまうぞ」
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そうかも。
もう、動けない。
おれの死を恋しい龍が看取ってくれるなら、それも悪くない。
それを告げる前に。
「ん、んっ」
がぷりと口を覆われた。
ぬるり、と形を持った熱湯が口の中に注ぎ込まれる。
歯の根元をくすぐり、舌の上を撫でられて気が付いた。
この灼熱はエト・インプレタ・エスト・コル・メウムの舌だ。
おれが失血で死にかけているから、熱いと感じるのか。
聞きたいことはたくさんある。
龍は同一名の存在しない固有名持ちなのに、名前が変わる理由。
どうして何百年も昔に国ごと滅んだ龍が、生きているのか。
なぜ、おれなのか。
龍と龍人には、なにか繋がりがあるのか。
王が龍もどきといえるような姿になったのは何故なのか。
そして、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムは男なのか、女なのか。
全てが、熱と共に与えられる痛みに埋もれていく。
「あ、ああ、あっっ」
痛い。
全身が。
ぬるり、とろり、と唇を、口の中を舐めて愛撫されて甘やかされているだけなのに、腹が、胸が、失われた四肢が。
全身が、自分のものでないように、うごめいた。
肉が盛り上がって傷口が埋められ、血が湧いて体内をめぐり、引き裂かれて失われていた手足が、新しく作られていく。
激痛と共に。
幼い頃からの傷が癒えて、育つことのできなかった体がミシミシと軋みながら伸びていく。
なぜか、それが分かるのだ。
過去に腹違いの兄弟姉妹から受けた仕打ちだって、ここまでではなかった。
けれど、痛みに絶叫していても、正しく理解していた。
おれは今この時、本来のおれが成るべきだった姿になっているのだ。
今までの姿は、出来損ないの紛い物だった。
今までのおれは、虹の瞳は持っていても、龍に似た姿にはなれなかった。
だから恥ずかしくて、外に出せなかったのだと、おれに穴を開けた時に王が言っていた。
おれの体が育っていないのは、王や王妃、側妃、愛妾ども、そして兄弟姉妹が原因だと言うのに。
おれは満腹を知らない。
幼い頃から満足な食事を与えられたことがない。
自分から求めれば、意地汚い乞食に成り下がる気か、と暴力が与えられた。
おれはいつでも悪意に囲まれていた。
母と御典医の爺さま以外の全てに傷つけられてきた。
だから、ほとんど日光の差し込まない城の最奥で、近所の子供みたいに扱われても、母のそばにいた。
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