【R18】A pot of gold at the end of the black rainbow

Cleyera

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05 母の悲哀  注:脇役女性への暴力あり

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 全ての始まりは、良くあるクズ男の蛮行だ。
 婚約者持ちの貞淑な城働きの女に、何を感じたのか王が手を出した。

 そこには愛も恋もない。
 王にあったのは性欲だけで、母にあったのは恐怖だけ。

 迫ってくる王に逆らえば、生家ごと潰されると察したものの、母は怯えた。
 これまでの努力が無駄になり、これからの人生のなにもかもが、思い通りにならないと知ってしまったから。

 母は、夫になる予定だった男の名を呼び、泣いて詫びながら王に廊下で犯された。

 他の人々が見る前で。

 生娘だった母が、婚約者に詫びながら犯される姿に何を感じたのか、王は母を犯し尽くした。
 幾度も。

 妊娠の可能性から城の奥に閉じ込められた母が、心身を壊してしまうまで。
 いつでも気の向くまま、おれを身ごもるまで、身ごもってからも。

 母は、犯されるたびに婚約者の名前を呼んで謝罪を繰り返したが、助けは望まなかったという。
 愛する家族と婚約者を守るために。

 同期だったという侍女長が、母の葬儀の夜に教えてくれた。

 助けられなかった。
 同じ目に遭いたくなくて、助けなかった。
 恨んでも良い。
 泣きながら、そんなことを言われた。

 いつも、人は勝手だ。
 一人で罪悪感に苦しんでいれば良いのに、どうして母が亡くなったからとおれに言うのか。

 だから言った。
 もっと悩め、と思いながら。

「詫びる相手が違います、おれにではなく、天の国の母に詫びてください」

 興味がないから、侍女長がその後どうしたかは知らない。


 母が壊れるまでの話は、全て、王の側妃や愛妾に教えられた話だ。
 人の心の美しさは、見た目とは関係ないと、おれは悟った。

 おれだって龍の虹瞳は持っていても、自分が王に相応しい外見や性格だとは思っていない。

 王も妃たちも妾たちも、見かけだけは美しかった。
 中身は腐りきって、どうしようもない。

 あいつらは、婚約者から王に乗り換えなかったからだ、と壊れた母を嘲笑った。
 なにもできない男を心の支えにするなど無駄だ、と母を笑う女共を、おれは内心で憐んでいた。

 外見は派手派手しく美しく飾っているのに、中身は空っぽ。
 こんな奴らが国を動かしているなんて、と恐ろしく思った。

 おれは母の婚約者だったという男に、会ったことがない。
 名前しか知らない。

 王に一方的な欲望を押し付けられて、婚約者の元に帰ることはできなくなり。
 生家と縁を切らされて、名前だけ上位の家の養子にされて、城の奥に閉じ込められても。
 心身が壊されてしまっても。

 頑固な母は、唯一の相手だけを盲目的に愛することで、優しさを失わなかった。
 狂ってしまっても、母の心には婚約者がいたのだろう。

 結果的に、母が狂ったからおれは生き延びたのかもしれない。

 城で働く人々の中で、母とおれに優しかったのはただ一人、御典医の爺さまだけだ。



 優しくて頑固だったから、母は死んだ。
 おれの代わりに。

 誰かに仕向けられた刺客は、おれを狙っていたのに。

 おれが動けなかったから。
 いつもと同じように、兄弟たちに鍛錬と称して分厚い綿と革の鎧を着せられて、木剣で殴られ続けた後で、動けなくなっていたから。

 兄弟たちは鍛錬と言いながらおれを痛めつける。

 けれど、殺せない。
 虹瞳を持たない兄弟たちは、おれが死んだとしても、王にはなれない。

 いつも思っていた。
 虹瞳を持たない王族は龍人ではなく、竜人なのではないか、と。

 兄弟たちは、眠る時を除いて水晶の眼鏡をかけていなくてはいけない。
 一番上の兄に「おまえのせいで目が見えにくくなった」と、おれが悪いと怒鳴られ、殴られて蹴飛ばされた。

 理不尽ではあっても、近衛兵が周囲にいる中で、防具なしでの暴行を鍛錬と言い切るほど、兄弟は愚かでは無かった。
 周囲にいる近衛兵がおれを助けることはなくても、殺すのはまずいと分かっているから。

 全身の痛みと発熱でうなされていたおれどこかの子供のために、子守唄を歌っていた母が、唐突に立ち上がって「だめよ」と言いながら、腕を広げて飛び出した。

 それまで、おれを狙う者が母の前に姿を見せることはなかった。
 おれがあと数日で、成人年齢に達する時だったから、差し向けた誰かが焦れていたのだろう。



 母は王に愛されてなどいなかった。
 壊れる前も、壊されてからも。
 逃げたら困るから、閉じ込めただけだ。

 王の愚かさを知られないように。

 誰にとっても、壊れている母は脅威ではなかった。
 だから、油断したのだろう。

 おれの代わりに刺された母。
 幼い子供のように甲高い悲鳴をあげて、短剣を腹に埋めたまま、血塗れの母は城の中を逃げ惑った。

 そう、刺客の入ってきた道を逆に辿るように。
 城中に血の足跡と、悲鳴と、恐怖を残して。

 妃や妾として見かけたことがないのに、王太子の母である証の金輪を額にはめた女性が、城の中を走りまわり。

 下半身に血を浴びたような姿の母は、ようやく追いついたおれの腕の中で、微笑みながら死んだ。

 最後に、何度も聞いた男の名を呼んで。
 会いたかった、と嬉しそうに。

 誰の目にも触れてしまう城の公表区画まで走ったのは、母が城を出たいと思っていたからだろうか。
 婚約者の元へ帰りたいと、望んだからだろうか。

 この件で、王族の足元が揺れた。

 王太子であるおれに、刺客が仕向けられたことが、明らかにされてしまった。
 母の存在が明るみになってしまった。

 それまでのおれは、王妃の息子である、と表向きはされていたのだ。

 全く似ていない顔。
 髪の色は、王、王妃のどちらとも違う。

 不義の子としか言いようのない姿の王太子。
 けっして単独での公務をしない王太子。

 初めから、城を出してもらえないおれへの評価は低かったのだろう。
 立太子は済んでいて、名前だけは広められていても、姿を見せないのだから。

 得体の知れない王太子だったおれに、よく似た色彩と顔立ちの女性が、城の中で殺された。

 あざと包帯に塗れた、王太子おれの腕の中で死んだ。
 王では無い男の名前を呼びながら、息絶えた。

 そしてこの時のおれは、痛みと熱で朦朧モウロウとしていたから、人前だったのに、母を「母上」と呼んでしまった気がする。
 自分が城奥から出てはいけないと言いつけられていることも、頭から吹っ飛んでいた。

 死んだ女性が、王妃でないのに、王太子母の証である金輪を額にはめているのを、その場に居合わせた人々は見ていた。

 母は、王太子母の金輪ははめているのに、王妃の銀鱗輪ははめていなかった。
 当たり前だが。

 王太子の白鱗輪を額にはめていても、おれは王太子に見えなかったはずだ。
 餓死寸前に痩せていて、まともな服も着ていない。
 血の滲んだ包帯から覗く、骨が曲がった手足は傷跡だらけ。

 話が広まるのは、あっという間だったのだろう。


 王は、王太子母の金輪を母に与えたくなかったはずだ。
 本来なら、王妃が身につけるものなのだから。

 けれど立太子の儀式のために、母にはめさせるしかなかった。

 王太子の白鱗輪と、王太子の実父、実母の証となる一対の金輪は、国に代々伝わる宝であり、ただの宝飾品では無い。
 万が一にも王太子の親を偽れば、国は滅びると言われている。

 建国神話では、龍王太子の親が偽られたことで龍王が姿を消して、龍の国は滅んだという。

 なぜ龍王がいなくなると、龍の国が滅びるのか。
 他の王を擁立してはいけなかったのか。
 滅んだはずなのに、どうして龍人の国になっているのか、ずっと疑問だった。

 理由はどうあれ、人の目は誤魔化せても、国宝を用いた儀式は誤魔化せない、らしい。

 母が死んでしまい、王の所業が明らかとなり。
 非難が殺到したのだろう。

 王に面と向かって言われたから、よく覚えている。
 殺してやる、と言いそうな表情で「どうして、お前などが龍の瞳を受け継ぐのだ」と。

 「あんたが暗愚だからだろ」と言い返してしまったのは、母の死が受け入れられなかったから。

 初めて王に反論した。
 怒り狂う王に殺されそうになったのは、おれの自業自得だ。

 おれが物心ついた頃にはすでに壊れていた母に、名前を呼ばれたことはない。
 それでも母は優しかった。
 いつも、近くにいる子供、というような扱いだったけれど。

 おれに子守唄を歌ってくれて。
 食事がないおれに、自分の分を与えてくれた。
 怪我をすればまじないいたいのとんでけ~をしてくれた。

 
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