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六、そのままの幸福
64 東鬼
しおりを挟むタクは、鬼のおれすらも受け入れてくれる。
その気持ちに応えるために、二人の愛の巣を用意しようと本気で思い始めた。
いいだろ、愛の巣って響き、なんかこう、スッゲー爛れた感じしねえ?
いつでもイチャイチャエロエロで過ごせそうじゃね?
ところが!
なかなか家が見つかんねえ。
おれが鬼の姿で暮らせるような賃貸がねえ。
人間向けの不動産屋じゃ話にならねえ。
おれに金がねえから、希望の間取りと家賃の条件を出した時点で、本気かよ?みてえな顔される。
クッソ、マジでフリーターしてる場合じゃなかった!!
人間社会は貧乏人に厳しいっ!!
ガワさんに泣きついて、妖向けの賃貸を扱ってるとかいう不動産屋にも行ったが、さすがに二階までぶち抜きで天井高が五メートル越えのアパートなんてないらしい。
平屋の借家でも三メートルもねえから、本当にどうするよ、これ。
このまんま、タクと一緒に暮らせねえんじゃねえかと焦る。
おれとタクのお披露目に満足したヒルさんが、おれの独身寮滞在に許可はくれてっけど、タクと一緒にここで住むのは無理だ。
今でも他の住人が、欲求不満でおかしくなってきちまってるらしい。
人の世界での犯罪行為に走った妖は、発覚する前に白蛇の大妖様が喰っちまうから問題ねえって言われたけど、世話になった相手が、おれが原因で食われるのは、ちょっとなー。
つまり、早く家を見つけねえと。
そんな風にくさくさしながら仕事と寮の往復をして、週に二回はタクといちゃついて、あっという間に五月になり、黄金週間がやってきた。
やべえ、金がねえし、家もねえ。
最近さ、タクがおれに何も期待してねえ気がしてくる。
新居が見つかんねえ……って落ち込むおれに「急がなくていい」って言うんだぞ。
一緒に住みたくねえの!?って落ち込むおれが悪いのか。
あー、せっかくの連休だってのによ。
連休中、ずっと家でイチャつきながら、ネッチョネチョでデロッデロな生活がしたかったのによー。
タクに声を我慢させずに「タッくんしゅきしゅき」って言わせたかったのに!!
え、ドライブ?
行く行く!!
山?
キャンプか?
違う?そんなに遠くない展望台?
……もしかして、カーセックスか青姦がしてえのか?
って、いてえ、痛くねえけどいてえって!
そんなに怒んなくてもいいだろ?
え、やっぱりどこも行かねえ?!ってひでえよ、連休、おれの連休がががが。
って、タクとイチャついてたら、ガワさんに呼び出された。
『家を探していると、聞きました』
おれの目の前で、とぐろを巻いてんのは、鬼の姿のおれと比べたとしても巨大な白蛇だ。
どこか濡れたように艶のある鱗は、ほんのりと青白く光ってるようで、中にどんだけの妖力を溜め込んでのか分かんねえ。
これ、針で突いたらパーン!ってなんねえかな。
なんねえだろうな。
今のおれが唯一、間違いなく分かってんのは、こいつにはぜってえ勝てねえってことだけだ。
年季が違うなんて言葉じゃ足んねえよ。
マジでバケモンだよ。
いくら若くても、おれだって鬼だ。
それも鬼の中で最も強いと言われる赤鬼。
そのおれの目から見て、底があるかどうかすら見えねえとか、やばいだろ。
なんでこんなのが、人の社会の中に紛れられるんだよ?
本当に、誰も気づいてねえの?
気がついてんのに、気がつかねえ振り、もしくは逃げだすのか?
『妻と近々生まれてくる子らの守りを万全に固めるために、眷属を増やしたいと思っています。
一軒家を進呈しましょう』
おそらく無意識だろうが、辺りに垂れ流されてる妖気で、呼吸が苦しい。
敵意もなんも持ってねえってのに、本気でとんでもねえじゃねえか。
「か、借りは作りたくねえ」
これまでも、ガワさん経由で山ほど助力を頼んでんのに、その上の存在である蛇にまで借りを作ったら、干からびるまで搾取されるとしか思えねえ。
つーか、ぜってえスッカスカになるまで、なんもかんも搾りとられる気がする!!
『以前の貴方への貸しは、食材の確保を手伝って頂いたことで、間接的にですが清算済みですよ、伝わっておりませんか?』
「そいつはガワさんに聞いた」
『それであれば、何の問題もないでしょう?
報酬として家一軒、土地つきで希望通りのものを、それで良いですね?』
「……」
断るはずがない、断れるはずがない、と知りながらも、蛇は一応おれに選択肢をくれる。
つまり、騙す気はねえって考えて良いのか?
条件が良すぎんのが怖いけど……。
これなら騙されて、すぐに喰われちまう、ってこともねえか?
何年生きてんのかも、分かんねえほど長生きだからなのか、つかみどころはねえけど、同時に懐も深い妖だってガワさんが言ってたのはマジらしい。
断れねえ理由?
そんなもん考えるまでもねえよ。
今のおれは蛇の縄張りの中で生活をしてて、職場も蛇の縄張りの中だ。
タクもな。
この話を断るなら、この白蛇の縄張りを出ねえと喰われる、かもしれねえ。
不義理とかそういう問題じゃなく、縄張りを踏み荒す侵入者扱いされることになっても、文句が言えなくなる。
おれだけならどこででも野宿できるし、鬼の頑丈さゆえに残飯みてえな安い飯でも暮らしていけるが、タクまで連れて逃げる……のは無理だ。
体の弱いタクには、快適な環境が必要だ。
衣食住、三つとも揃ってたってすぐに体調を崩すタクに、無理だけはぜってえさせらんねえ。
「どこまで、要求していい?」
こうなったら、おれがいろんなもんで雁字搦めになってでも、タクの平穏な生活を、二人で過ごすイチャラブぱこぱこを手に入れてみせる!
そう思って見上げた黄金色の瞳は、鬼の瞳とは少し違っていた。
鬼が獣じみた光り方の瞳だってんなら、蛇の瞳は無機物の宝石だ。
つまり、何を考えてんのか、ぜんっぜんわっかんねー!!
『そうですね、周囲に民家なし、山付きの一軒家はどうですか?
車二台の電動ガレージ付きで』
鬼の衝動発散の必要性まで、この蛇は熟知してるらしい。
山を走り回れってことか?
しかも、タクのことも調べ済みかよ。
趣味の車いじりができるようにガレージ付きとか、めちゃくちゃ気が利いてる。
おやさしすぎねえ?
「おれが死ぬまでか?」
『これから生まれてくる子らが独り立ちするまでは確定ですが、その後はその時に』
決定、か。
こうしておれには、生まれて初めて、ぜってえ逆らえねえ相手ができた。
タクは別な、逆らいたくねえもん。
まあ、何百年も眷属やってるっつうガワさんの言葉だと「ウラ様は善性よりの妖」ってことだから、死ぬような目にあわされることはねえと思いてえ。
で、よ。
ウラ様の眷属になって、何かあった時は戦う代わりに家もらうことになった、ってタクに言ったら。
タクが、ウラ様に直談判に行っちまったんだよ!!
おれが知らねえうちにガワさんに頼んで、何考えてんだか、仕事帰りにウラ様に会いに行ったって。
殺される、喰われる、何やってんだよ!?ってなったけどな、おれがそれを知ったのは、タクの口から聞いたからだ。
まさかの事後報告かよ!?
「菓子折り持参で挨拶して、家のお礼を伝えてきただけだよ」
って、おれのおひいさま、恐れ知らずすぎねえ!?
赤鬼のおれだってビビってちびりそうな相手に、ただの人間のタクが一人で立ち向かうとか、ほんっと無茶だからな!
絞め技も関節技も、ドラム缶みてえな太さの蛇に効くわけねえし、投げるなんてさらに無理だ。
武器が必要か?
こうなったらどっかで金砕棒でも作ってもらうか?
叔父曰く、赤鬼っつったらこれ!ってことらしい。
金棒で殴ったくれえで、あの蛇が死ぬとも思えねえけど、タクを守るためなら……なんて悩んでるおれに、テレビを見てたはずのタクが、こてんと寄りかかってくる。
「タク?」
「んー?」
一言で返してくる様子は、眠そうだ。
いくらタクが精神的に強くても、あんなやべえのと対峙して疲れねえはずがねえ。
「寝るか?」
「んー」
これもう、ほぼ寝てんなぁ、と可愛い寝顔を見下ろす。
うつらうつらと、船を漕ぎだしたタクを抱き上げて、マットレスの上に寝かせた。
ため息をつきながら思う。
おれのおひいさまの、中と外が違いすぎて見ててハラハラする。
体が弱いのに無茶ばっかすっから、いっつも一番近くで見てて、しっかり守ってやんねえとな。
って、鬼らしくねえ考え方だな。
悪くねえ。
おれに抱かれることに、珍宝を受け入れることに慣れて、前よりも柔らかなラインを描くようになった、小ぶりで肉付きが薄い可愛い尻を、そっと撫でる。
脱力した体を、おれに任せるタクの姿を見て。
唐突に、悟った。
おれの幸せは、タクと一緒じゃねえと手に入んねえ。
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