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五、受け入れて、受け入れられて
58 東鬼 :注意:残酷な描写あり
しおりを挟むタクの懐が深すぎる。
さらに男前度が上がりすぎてる。
上限ねえのか、天然で可愛いだけでなくて男前とか、どうなってんだ。
おれのせいでひどい目にあったってのに、まったく気にしてねえって顔してんだ。
むしろおれが悪く思う必要なんかねえ、って膝詰めで説教されちまった。
嘘をつかねえタクだから、本当に気にしてねえんだろうけど、断罪された方がマシだ。
優しく?いや、厳しく言い聞かせられたけどよ、許されるより、お前が悪いんだって責められた方が、楽になる。
自分だけが楽になりてえから、こんなふうに考えちまうんだろう。
おれが、誰よりもタクを傷つけたってことを、重く思えるから。
心底タクを想ってるから、こんな風に楽になりてえ、逃げてえって思うんだ。
責任なんか負わず、これからもおひいさまを好き勝手にしてえ、負い目を感じるな、って鬼の本能が囁く。
好き勝手に生きる。
責任なんか取らねえ。
先のことも考えねえ。
それが鬼の本性なんだろう。
叔父のおひいさまが教えてくれた人の常識とは、全く逆だ。
逃げる気はねえ。
タクが一番きつい目にあってんのに、おれの方が弱音を吐くなんておかしい。
それでもつれえよ。
覚えてねえから。
おれがタクに何をしたのか、覚えてねえんだ。
鬼の姿でタクとセックスして、幸せな気分で寝て、目が覚めた時にはタクがいなかった。
起きた時に頭が痛くて、なんかおかしな臭いがしてる気がしたが、よくわかんねえ。
部屋ん中を探してもタクがいなくて、気配がねえって気がついたら頭が真っ白になって、それからなんも覚えてねえ。
次に気がついた時には、鬼の里にいた。
前にタクが誘拐された時に閉じ込められてた、催事用の物置ん中に一人で転がってた。
珍宝をバッキバキにして、下半身は精液まみれで。
気配はねえのに、タクを感じた。
なんでおれはこんなとこに?と体を動かそうとして、顔がヒリヒリといてえことに気がつく。
目が開かねえし、息をするだけで、鼻から喉がツウーッン!といてえ。
鼻の中にわさびとか唐辛子の粉でも塗りこんだのか?って感じだ。
自慰してた覚えもなきゃ、里まで来た覚えもねえのに、何がどうなってんだ?と痛む顔を洗おうと倉庫を出た所で、地べたに座ってた緑鬼と目があって。
なんでか知んねえけど、いきなりぶん殴られた。
「堯慶、お前あんなに良いおひいさまを殺す気か!」
って言われた。
なんの話だ?思い当たることがねえ、と口にしようとして……気がついた。
何があったか覚えてねえのに、意識の底にタクの悲鳴じみた嬌声の残響が残ってる。
きつく痙攣する腔の中を、精液で満たす快感を覚えてる。
いつでも、おれの珍宝を優しく包みこんでくれる、きつくて柔らけえ腔の持ち主を、おれは知ってる。
タクは?
何があった。
タクは。
どこにいるんだ?
衝動的に駆け出す前に、もう一発殴られた。
なんで殴るんだよ!って殴り返してやろうかと思って、思いとどまる。
こいつ、おれに怯えてビビってんのか?
膝ガックガクしながら殴ってきてんじゃねえか、殴り返せねえ。
「お、落ち着いてまず読め、そんで里を出たら二度と来るな」
封筒をいくつも手渡されて、誰だったんだ?と逃げるように立ち去る緑鬼の背中を見送った。
見覚えのない鬼だ。
緑鬼の知り合いなんていねえはずだ……よな。
手紙は親父、叔父さん、あと書きなぐったようなメモ用紙が五鬼助のおやっさんからだった。
親父からの手紙は、遺言書だった。
叔父さんからの手紙は、謝罪の言葉で埋められていた。
おやっさんの書きなぐったメモは、タクを治療のために連れてくって伝言だった。
おれにとって大切なのはタクだけだ。
それでも、生家に行かずにはいられなかった。
里の中は、他の鬼がいねえみてえに静まり返ってる。
閉めきられて冷えきった茅葺の家からは、誰の気配もしなかった。
鬼は墓を作らねえ。
だから死体をどうするのか、を知らねえことに初めて気がついた。
母親が長くねえって聞いたのは、いつの話だった?
母親が死んだのは、いつの話だ?
親父は、死にゆく母親と共に逝くことを選んだ。
ずっと〝サト〟って親父が呼んでた母親の名前が〝聡基〟だってことを、手紙で知った。
里に住まねえお前に遺せるもんはねえ、二度と里に戻ってくるな、おひいさまを大事にしろ、って……なんだよそれ。
最後の最後に、いきなり父親らしい言葉を残すな。
母親をそこまで愛してたんなら、なんでもっと大事にしなかったんだよ!!
ムカムカする胸を掻き毟り、叔父の手紙を開く。
叔父の手紙には、親父に何があったのかが、詳しく書いてあった。
鬼はおひいさまの寿命が近づくと〝終末披露目〟をする。
親父からその言葉だけは聞いてたが、おれはその中身を知らなかった。
どうせ話に聞いてた〝お披露目〟みてえに、強姦の宴なんだろう?って。
終末披露目は、衰弱したおひいさまが死ぬまで、他の鬼たちの前で抱き続けて、死んだ、いや抱き殺したおひいさまをそのまま喰う宴、らしい。
クソだろ。
鬼が人を喰うなんて、何百年前の話だよ!
そんなもん、なんのために。
クソッたれ。
マジでクソじゃねえか。
親父は宴の中で母親の死体をむさぼり喰って、その直後に自分の胸を引き裂き心臓を引きずり出した上で、喉を掻っ切って自殺したそうだ。
死の間際まで母親の名を呼びながら、血泡を吹いて。
何やってんだよ、なんで、そんな終わり方を選んじまったんだよ。
他になかったのかよ。
親父の狂気に満ちた最後を綴った後の手紙には、ひたすら謝罪の言葉が続いてた。
叔父は、母親が狂った原因が、伯父が調合したオニグルイだと知ってた。
知ってたから、おれに鬼の里の話を教えることを嫌い、鬼としての常識をほとんど教えなかった。
おれが鬼としての生き方を知らなければ、おひいさまを求めて狂うこともないのではないか、と考えたのが、人好きな叔父にできる唯一の抵抗だったんだろう。
叔父の手紙によれば、本来の調合内容のオニグルイは〝鬼意ノ操ル〟と呼ぶらしい。
先祖伝来の調合を勝手に変えて「簡単に珍宝狂いにさせられるからオニグルイだ」なんて言い出したのは、薬番を継いだ後の伯父らしい。
他の鬼が何を言おうとも、薬物の調合を一手にした伯父は、誰の話も聞こうとせず、どうしようもなかったらしい。
親父以外にオニグルイを渡すことがなかったから、他の鬼は関わりたくないと、見て見ぬ振りをしていた。
隆仗が薬番を継いでから、オニグルイを破棄すれば良いと静観していたのだと書いてあった。
オニイノクルは、唾液で溶かした薬をおひいさまの腔に塗り込む際に、鬼も摂取する仕組みらしい。
むしろ鬼に摂取させるのが、本来の目的の薬だという。
鬼は頑強で、下手な毒薬なども効かないから、摂取しても薬が効いていることに気がつかないのだと。
オニイノクルを取り込んだ鬼は、おひいさまを殺さずに抱けるようになる。
その様子が〝(おひいさまが)鬼を意のままに操っている〟ように見えるから、オニイノクルと呼ばれていると。
もちろんおひいさまの心身を守る意味もあるそうだが、それ以上に鬼が本能に負けておひいさまを抱き殺さないために必要な薬だという。
しかしその調合内容については薬番しか知らない。
親父を憎んでいる伯父が、おれにオニイノクルを渡すはずがない。
おひいさまを大切に思うなら、衝動に負けずに耐えて、優しく抱いてあげなさい、と手紙の最後はしめられていた。
なんだよ、二人とも自分勝手すぎんだろ、と封筒ごと全部を握りつぶそうとして、おやっさんのメモの裏に、さらにメモがあることに気がついた。
「お前ほど愛されてる鬼はいない、逃げるな……ってなんだこれ?」
誰かの落書きにしては、内容がな、と今度こそ手紙を握りつぶした。
里長のところで電話を借りようかと思ったが、里の中の家のほとんどが黒焦げになっていた。
何があったんだ?と思いながら、せめて下半身だけでも隠してえ、と布を探す。
うろうろしてたおれの前に、さっきの緑鬼が姿を見せて「もう戻ってくんなって言っただろう!」とパンツを叩きつけられた。
あんた誰?って聞いたら、半泣きの声で「従兄弟の昌壽だ!忘れんなよ!」と言われた。
んなこと言われても、年が離れすぎてる従兄弟の顔なんて覚えてねえよ。
前に会ったことあったか?
良いとこで会ったから、とタクの居場所を聞いたら、盛大にため息ついて、ダメだこいつみてえな顔をされた。
引きずられるように里の外れまで連れて行かれた。
それから昌壽が持ってた衛星電話で、おやっさんと連絡が取れた。
なんつー便利なもん持ってんだよ!と感心していたら、叔父との連絡用らしい。
タクの無事を聞いたら、命に別条はねえが、当分安静にしねえといけねえと言う。
もちろん、サイズのちいせえパンツを履いてからすっ飛んでった。
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