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五、受け入れて、受け入れられて
53 志野木
しおりを挟む続けて話をしようとする要さんを遮り、どうしても知りたいことを聞く。
掠れた声では聞き取りづらいだろうけれど、これだけは知っておきたかった。
「しのぎは、ぶじで、けほっ、けふ、ぶじですか?」
「……え……はい、無事です、というか今はうちのお父さんが説教中です。
あとで目が覚めたって伝えておきますね」
説教されるくらい元気なのか、よかった。
正気を取り戻したのか。
安堵して体の力を抜くのと同時に、なぜか目の前の女性のきりりとした目つきが和らぐ。
「羨ましいくらい両思いなんですね、うちのタカ、夫は自分の考えを押し通そうとするばかりなので、すぐにお仕置きが必要になるんですよ?」
なんだか、おかしな単語が混ざった気がするけれど、褒められた……のかな?
うちのタカか……なんだか夫というよりも、子供扱いしているような口調に聞こえるけれど、気のせいだろうか?
もしかしたら姉さん女房なのかもしれないし。
「そう、ですか」
「無理に話さないでください、人の中でも特に体が弱い方だって伺ってますから」
そうだ、弱い。
俺は弱いんだ。
「……そう、ですね」
強くなりたい。
子供の頃からずっと思ってきたけれど、今ほど強く願ったことはない。
強くなりたい。
東鬼を守ってやれるくらいに。
強くなりたい。
東鬼のそばにいることを、迷わないくらい。
強くなりたい。
弱い心なんていらない。
何をしても生まれ持った体を強くはできないのだから、俺が自分で変えられる場所なんて、心しか残ってない。
周りに合わせて器用に生きられないことは、高校生までで痛感した。
折れない、負けない、諦めない、くじけない心を持って、一歩ずつ進んでいくことしか、俺にはできない。
東鬼と一緒にいたい。
諦めるもんか。
「……すごいなぁ」
要さんの声に視線を動かしてみると、目尻を下げた顔が俺の方を向いていた。
すごいって、何がだろう。
「あのタカ兄が惚れた相手だっていうから、会ってみたかったんでけど、納得です」
「……」
会いたい?と思われるようなことを、俺が何かしただろうか、と考えている間に、要さんが言葉を続けていく。
「私がタカの、あなたを誘拐した鬼の妻だって言ったのに……それに、あなたをこんな目に合わせたタカ兄にも、怒らないんですね」
誘拐した鬼。
……って?
え?
俺が表情を固まらせて、何を言っているんだろう?と考えを巡らせていると、要さんが立ち上がる。
「タカ兄の言った通りすぎて、ちょっと悔しいです」
「あの?」
「無理しないでくださいね、弱ってて話せないうちなら怒鳴られないかなって思って、会いに来たんですから」
「ふっ」
見た目はしっかりと大人の女性に見えるし、結婚もしているようなのに、まるで幼い少女のような考えの巡らせ方に、思わず笑ってしまった。
怒られたくないから、寝込んでいる時に突撃しよう、って。
それは、面会謝絶の病人に無理に会いに行って、余計に怒られるやつじゃないんだろうか、と思ってしまった。
やっぱりこの女性も鬼なのだ。
残念なほどにまっすぐな所なんか、東鬼にそっくりだ。
となると、鬼っていうのはみんな残念なくらいまっすぐな性格をしているんだろうか?
「なんで笑うんですか!」
「ごめん、きみとタッくんが、けほっ、けほ、……ふうふになることはないっておもったら、つい」
俺を誘拐したっていう鬼に対しての記憶は、残っていない。
話として聞いているので、東鬼の弟の隆仗さんが関係しているというのは知っているけれど、どんな人、いいや、鬼だったのかを覚えていない。
使用方法を誤ったオニグルイが原因なのか、あの時に何があったのかを、俺はほとんど覚えていない。
痛くて辛くて、というような感覚的なものは覚えていても、何をされたのか、何があったのかは分からない。
あまりにもいろいろなことが起きすぎて、覚えきれなかったのかもしれない。
それでも、少し嫌味を言うくらいは許してほしい。
牽制しておきたいと思ってしまったんだ。
東鬼は俺のものだって。
要さんがきれいな女性だったから。
人妻に対して、言うべき言葉ではないだろうけれど。
「タッくん……似合わないです」
「俺もそうおもう」
「もう、タカ兄ったら、うちのタカの方が可愛いのに」
「そうなんだ、けほっ、けほ」
暗に、俺が東鬼を〝タッくん〟なんて呼ぶのも、あいつの望みだというアピールだ。
今でも俺の中では東鬼であり、タッくんではない。
人前でタッくん呼びが出てしまうほど定着して欲しくない、とも思っている。
もしも人前で俺が東鬼を〝タッくん〟なんて呼ぶ日が来たら、と思うとゾッとする。
タッくんは、ちょっと無理だ。
さすがに恥ずかしい。
ムッと分かりやすく表情を変えた要さんが、俺の枕元へ手を伸ばした。
「お水はいかがですか?」
「ありがとう」
用意されていたらしい吸い飲みの水を飲ませてもらい、喉を湿らす。
水を飲んだだけで、喉の痛みがだいぶ緩和される。
いがらっぽさがなくなれば、少しは上手く話せそうだ。
……どうやら要さんは、自分の夫の素晴らしさについて、俺と討論をする気になったようだ。
俺がそれに付き合う気は無いけれど、うまく乗せることができたらしい。
「むう、うちのタカの方が、タカ兄よりも可愛いだけでなく、シュッとして格好良いんです!」
「すごい直球が帰ってきたな、良いよ、俺はタッくんのことを語るから」
「ううう、なんかうまく転がされてる感じがしますけど、そうですね、うちのタカは背が高いです!」
「タッくんも背が高い」
「うちのタカは強面な感じで、顔が良いです」
「タッくんの顔が、俺は好きだ」
「うちのタカは甘えん坊です」
「タッくんは鬼畜だ」
「うちの……え、今なんて言ったんですか?」
「さあ?忘れてしまった」
「そんなわけないじゃないですかーっ」
どうやらうまくいった、と話を反らせたことに安堵する。
俺の誘拐に直接関係していない(と思う)要さんに、罪悪感を抱かれても反応に困る。
彼女に謝られると、許せないとは言いづらい。
本音を言えば、許せないってほどの気持ちは持っていないけれど、複雑な感情は残っている。
けれどそれは、俺自身が煩悶を繰り返しても変わらなくて、時間が解決するものだと思う。
俺が誘拐されたことが原因で、今に続く苦難の道が始まるのだと保証されてしまったら、寝込んでばかりの現状を受け入れられなくなり、怒りや悲しみを隆仗さんと要さんで発散しようとしてしまう。
ここに至るまでに時間をかけて、誰も悪くないと自分の中で決着をつけたのに、また、誰かのせいにして楽になりたい気持ちを持て余してしまう。
それも、後で自己嫌悪に陥ると分かっているのに、だ。
俺が一生ものの後遺症を抱えてしまったのは事実だ。
とても分かりやすい意味で〝男の価値〟を失ったのも。
今でも、それを知った時の絶望を、昨日のことのように思い出せる。
失われた機能が二度と元に戻らない、という事実を、自分の中で消化しきれているとも言えない。
だからこそ、それを要さんにぶつける理由なんて欲しくない。
相手が隆仗さんという鬼、本人だったら、怒鳴っていたかもしれないけれど。
自分でもうまく言葉にできない、そんなあれこれをごまかすためとはいえ、人の惚気話を聞くのは辛い。
もちろん、俺が惚気話をする気はない!
東鬼の情報を出すことなく、話を逸らして会話をしながら、俺は要さんという鬼女を好ましく思っていった。
あいつが前に、妹みたいなものって言っていた理由が、今なら良く分かる。
甘え上手のように見えて、我が強い。
それでもわがままという感じでもない。
悪くないと思ってしまう。
カラッとした明快な態度だったり、まっすぐな性根を感じさせる口調だったり。
理由は色々とあるかもしれない。
そんな風に、要さんと仲の良い鬼の嫁仲間になれそうだなと感じていたところで、部屋の扉がノックもなしに開かれた。
「かな!!」
両脇に松葉杖を挟んだ金髪の……どこかで、出会った?ような男性が飛び込んでくるなり、俺を睨んでくる。
その目が、一瞬金色に光って、やはりどこかで会ったことがあるような、気がした。
「タカ、何やってるの!?」
要さんの声を聞いて、この人が隆仗さんか、と呑気に思った。
この人に誘拐されたと言われても、思い出せない。
そんなことがあったんだろう、と他人事のように思うだけだ。
ところで、この、俺が関与する気のない修羅場っぽい雰囲気は、どうしたら良いんだろう。
顔を半分覆い隠す長さの前髪を、顔に垂らしている隆仗さん(仮)に睨まれながら、何か言わないといけないのだろうかと考える。
「……」
「……」
無言で睨みあって、というか見つめあっていると、部屋の外から走るような足音が聞こえ、開きっぱなしの扉からまた人が飛び込んできた。
「タク!!」
「!?」
タオル一枚を腰に巻いただけの姿の東鬼の登場に、言葉が出ない。
なんで裸なんだ?
しかもなんでこのタイミングで来たんだよ。
頭の中で言いたいことがぐるぐる回りすぎて、言葉が出てこなかったので、精一杯笑ってみせる。
すると俺の作り笑いを見た東鬼が、なぜか顔を一気に赤く染めながら隆仗さんへと向き直った。
「タカ、てめえ!タクに何しやがった!?」
……えええ?!!
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