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四、生まれたままで
48 志野木
しおりを挟む黒い鬼は、獣のように鋭く生えそろった牙を歯茎ごとむき出して、ニチャリと音がしそうな笑みを浮かべる。
「いやあ、こんなことになるとは思ってなかったんだよ、本当に……そうそう、君に、いくつか聞きたいことがあってね、ああ、あと協力して欲しいこともあるんだよ」
「……」
体が小さいといっても、見上げる体は巨体だ。
身長は二メートル近くはありそうで、全身についた筋肉は、格闘技の選手のように盛り上がっている。
普段、もっと筋骨隆々で巨体の東鬼を見ても恐怖なんて感じないのに、どうしてこの鬼が怖いのだろう。
威圧をしているってどういうことだ?
遥かな高みから俺を見下ろす、その瞳に映る感情は、口調ほど穏やかなものではないように感じる。
睨まれているわけでもないのに、蛇に睨まれた蛙のように動けない。
息が苦しい。
圧迫されるような苦しさが、だんだんと強くなっていく。
眼の奥がジンジンと痛い。
視界の隅に黒い点滅が見える。
呼吸がうまくできていないのかもしれない。
体が意思とは関係なく震えているのが、寒いからなのか怖いからなのかが判断できない。
「私は喜んでいるんだ、嬉しくてたまらないんだよ、最高のお披露目だった、これでもう私を苦しめる奴はいないから、あとは甥っ子たちだけだったのに。
なぜこうなったのかな?
赤鬼だってだけでチヤホヤされて鬱陶しかったから、慶尚のおひいさまを私の考案したオニグルイで狂わせてやったってのに、どうしてそのせいでユキオが死なないといけなかったんだろうね、ユキオは、正しくオニグルイ漬けにしようと、時間をかけて調教してるところだったんだよ?私が薬番の家の養子にさせられたのに、薬番を継いでるってことをみんな軽んじるからいけないんだよ、どうして私だけが損をしないといけないんだい。
許せない、許せないじゃないか?
時間をかけて、ユキオを珍宝狂いに仕込んでいたのに、私をみるたびに憎しみしか見せないユキオが、ゆっくりと快楽に狂っていく様を見るのが、私の唯一の楽しみだったのに、私がユキオを失って性欲を発散できないのが辛いように、甥っ子たちにも同じ苦しみを教えてやる予定だったのに、お前らの親父のせいで、お前たちは苦しむんだよって、きちんと正しい道理を教えてやりたかったのに、隆仗は五鬼助に保護されてしまうし、堯慶はどうやってか知らないが、おひいさまのオニグルイを抜くのに成功してしまってるじゃないか。
せっかく慶尚がいなくなったのに、甥っ子たちが幸せになるなんて許せない、ホントウにゆるせないと君もオモうよね?
ツミにはバツがひつようなんだよ、さとのそとにいるからってオニらしくないアりカタをゆるしちゃいけないんだ、オニはうばわないと、うばって!テにいれないといけないのに、どうしてあたえるんだ、あたえるものなんてないだろうに、うばってテにいれてこわして、またテにいれるのがオニのただしいイきカタたなのに!
……それで、どうしてキミは、ショウキをとりもどせたのかな?キグルいのクサをたくさんぶちこんだトクベツキョウリョクなオニグルイをヨウイしてあげたのにね?」
声がうまく出せない、体も動かない。
ふざけるな、と言いたいのに声にならない。
動いていないのに、目がくらむ。
ぐら、ぐらと世界が揺れる。
東鬼、来るな、こいつ、やばい。
狂ってる。
それともこれが本当の鬼なのか?
しのぎ、俺を助けに来るな。
頼むから、お前……の、悲しむ……姿を、お……れ……見せな…………で…………。
……た………………ん…………。
「……っ!?……な、幾ら何でも速すぎるだろう!?」
体を押し潰されるような感覚と、目の前が真っ暗になる直前、大地が揺れたような、気がした。
もう、目が覚めないかと思っていた。
意識が戻った時には、体が動かなくなっていた。
寒すぎるけれど、麻痺しているような感じではない。
手足の感覚がなくても、全身を何かで覆われているような気がする。
顔にも何か巻き付けられているのか、息が苦しくて、何も見えない。
顔にごわつく布に似た感触を感じた。
何も見えないけれど、気絶する前の、押し潰されるような圧迫感は感じない。
黒い鬼が側にいないのか。
うう、寒い。
ただ寒い。
東鬼の分厚い胸の上で眠りたい。
あの熱いほどの体温と、騒々しいほどの鼓動の音が恋しい。
東鬼の体は脱力している時でも、本革のレザーソファのようにしっかりとした張りがあって、全身を預けても沈み込まない。
そこらのベッドよりもクッション性が高くて、寝心地が良い体を持っているなんて、鬼っていうのは変な生き物だな、と近頃では思っていた。
ただ一つ、鼓動を聞きながら気持ちよく眠りかけている時に、尻を揉んだりするいたずらさえしてこなければ、最高だ。
東鬼、きっと今も、泣きそうな顔をしているんだろうな。
あいつを悲しませるつもりなんてないのに、どうしてこんなことに巻き込まれるのか。
……そもそも、あいつが原因なのか?
被害者は俺の方なのか?
まあいい、考えても仕方がない。
東鬼、俺は絶対に生きて戻る。
だから泣くなよ。
泣いてる顔を見せたら、泣き止むまで説教してやるからな。
三メートル以上も身長があって、体重だって床を踏み抜くくらいはあるような鬼が、メソメソすんなよ。
お前のことを格好良いなって思ってた、過去の俺ががっかりするだろう?
眠たい、とうとうとしながら、寒すぎて眠たくなるのは低体温症だったか、とぼんやり思った。
このまま意識を失って、目が覚めなかったら、東鬼の元に帰れない。
寝るわけにはいかない。
他に自由になるところがなくて、噛み締めた唇に歯が食い込む。
口の中に血の味が広がって、まだ、生きていることを痛感した。
絶対に帰る。
東鬼のもとに。
そこが、俺の居場所だ。
眠気にさからい、うとうと、と動けないまま、まどろむ。
うとうとと、まどろみ、くちびるをかんで、眠らないように、たえた。
てつの味をなめて、まだ、生きているとかくにんする。
さむいのか、どうかも、分からなくなって。
なにも、聞こえない、なにも、見えない。
しのぎ……。
おれ、しぬのかな。
死にたく、ない。
あきらめたく、ない。
……なんだか、悔しい。
あんなに苦労して、すごく痛い思いをしてまで、東鬼を受け入れたのに。
ここで死んだら、全部が無駄になる。
勃たなくなったから、抱かれる側にしかなれないのに。
それすらあきらめたら、俺が格好悪いだろ。
俺は、いつだって器用に生きられない。
うまく生きられないからと諦めて、自分を情けなく思ったまま、生きていくなんて、嫌だ!
何故だか、ものすごく頭に血が上ってきた。
俺が何故こんな目に遭っているのか、何も知らないまま死ぬなんて絶対に嫌だ。
絶対に帰る。
帰って、絶対にお披露目して、復職してやる。
あの黒い鬼に、俺を巻き込んだことを後悔させてやる。
東鬼を傷つけたら、許さない!!
腹の奥底から噴き上がる怒りが全身を巡って、体が震えた。
冷え切っていた手足には感覚がないままだけれど、強引に動かすと、動いた。
もう、おとなしくしている理由なんてないだろう。
黒い鬼がいた時に感じていた恐怖も今はない。
ただ、ひたすらに寒いだけだ。
無茶苦茶に暴れて、全身にまとわりつく布のような、ごわつく物を引き剥がして、肩で呼吸をする。
息が苦しい。
ぼんやりと光を感じて顔を上げると、そこには窓の入っていない窓枠が見えた。
外気が防がれていないなら、室内にいても寒いわけだ。
四方を囲むのは、壁というよりも積み上げられた丸太で、見た感じはログハウスのようだ。
周囲の薄暗さといい、寒さといい、倒れていた場所は意識を失う前と変わらないようだけれど、変な臭いがする。
臭いの元を確かめてみれば、俺の全身に巻きつけられていた、ボロボロの分厚い布からだった。
……なんだこれ、カーテン?
燻したような鼻をつく匂いがする。
こんなもので包まれても寒さは凌げないだろうに、いいや、そもそもこの布を俺に巻いたのが黒い鬼なら、防寒を考えるはずがない?
ここがどこなのかは、相変わらず分からない。
それでも、体が自由になったことと、まだ腹の中で燃え上がる怒りが、俺の体を動かしてくれた。
裸足の足が冷えて痛い。
それでも、俺は、もう、立ち止まるのはごめんだ。
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