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三、歩み寄りたくても
37 志野木
しおりを挟む目が覚めた時に、前にもこんなことがあったな……と思ってしまった。
熱が出て身体中が痛い、腰から尻、もう下半身全部がだるくて重くて、うまく動かせない。
尻の穴周辺に違和感を感じる。
東鬼と再会してから、俺の生活は激変しすぎではないだろうか。
気のせいではなくここ最近で、よくない意味での初体験をしすぎだと思う。
このまま死んでしまうかも、なんて思ったのは、すぐに寝込んでいた小学生の頃以来だ。
東鬼に再会して、距離が近づいただけだと思っていたのに。
なぜこんなに波瀾万丈で、激動の日々を送ることになっているんだろう?
東鬼は絶倫で。
鬼だった。
情け容赦のない鬼畜野郎だった。
性格云々ではなく、本物の鬼では、文句の言いようがない。
もしも東鬼が冷静でいられたら、俺を抱き潰したりしないと思うんだよな。
真っ直ぐすぎる残念思考が、ここでもネックになるのか。
何が東鬼の琴線に触れてしまったのかは分からないけれど、突然の宣言通り、遠慮なく俺を抱き潰したようだ。
途中から全く覚えていないけれど、今の体調から、そうなのだろうとしか。
指一本動かせないほどの疲労と、自分では制御できない快感の中で、最後に覚えているのは、東鬼がまた泣きそうな顔をしていたってことくらいだ。
あいつは、鬼のくせに涙もろいのか?
そういえば、昔話?で赤鬼が泣くとかいう話があったような。
赤鬼は泣き虫なのか。
泣くなよ、って思って、やめなくていい、お前に抱かれるのは嫌じゃない、みたいなことを口にした……かもしれない。
もしかして、抱き潰されたのは、俺が原因だったのか?
あの時は俺も、東鬼と抱きあえることが嬉しくて、止めなかったから悪いんだろう。
嬉しいような、困ったような複雑な心境だ。
俺の体のことを思う余裕があるなら、遠慮して欲しかった。
……まっすぐ過ぎて、無理だったみたいだな。
虚弱であることは自覚しているし、可能な限り受け入れるつもりでも、毎回こうなるのか?と不安を覚えてしまう。
東鬼に俺が突っ込む選択肢がなくなった以上、逃げ道がない。
今は東鬼が好きだって気持ちが強いから不調にも耐えられるけれど、これが恒常的に続くとなると、日常生活にも支障が出るのは考えなくても分かることだ。
いつかは、行為で体調不良になることが苦痛で、自分だけが我慢していると考えだしてしまうだろう。
そもそも、俺は東鬼が人じゃないとか、なんで人間のふりして高校に通っていたのか、とか何一つ教えてもらってない。
東鬼のことだから、話してないことに気がついていないか、忘れているんだろう。
俺が東鬼を受け入れたいと、先に口にしたのがいけなかったかもしれない。
色々と大雑把な奴だから仕方がないのか。
痛くてだるくて、動きたくない体を横たえたまま、ため息をつく。
体温はしっかりと八度五分まで上がっていた。
普段から平熱が三十六度あるかないかなので、二度の発熱はかなり辛い。
以前とは違い、二日酔いにつきものの胃痛と胸焼け、頭痛がないことがせめてもの救いかもしれない。
解熱の薬はジョウタさんに用意してもらった。
〝オニゴロシ〟と〝気付け薬〟が原因かもしれない後遺症が判明していないので、市販のOTC医薬品を服用しないでくれと言われている。
せっかく自分で歩けるようになったのに、またベッド生活に逆戻りだ。
窓を塞がれた、薄暗い室内にいると気分が落ち込む。
東鬼がにやにやしながら俺の世話をしてくることに、言葉にできない苛立ちを覚える。
俺が招いた結果だとしても、一緒にいて嬉しいって顔しないでほしい。
一緒にいたいのは俺も同じだけれど、お世話されるのは嫌だ。
俺は病人扱いされたくないんだ。
俺が寝込むたびに、母が自分の時間を削って、心をすり減らして世話してくれる姿を見てきた。
なまじ持病持ちではなかったから、入院が必要なほど重症化することは稀だった。
虚弱なのに持病持ちではない子供を、母が一人で面倒を見るのは本当に大変だったはずだ。
父は、母に俺のことを任せて、ダブルワークをしていた。
俺が体調を崩すことが多くて母が働けないから、と知っていたので、不在を寂しいとは言えなかった。
双方の祖父母が鬼籍に入っていて、金銭的な援助が望めないのも、父が一心に働く理由だったのかもしれない。
世間一般の父親のように、休みの日に一緒に遊んでほしいって、口にできなかった。
深夜に高熱を出した俺に付き添ってくれる母に「辛い」って言えなかった。
俺が大学二年の年に、倒れた父があっけなく早逝してしまって、母は気が抜けたようになってしまった。
母を支えなければと思っていなければ、俺自身もいろいろと持ち崩していただろう。
父が亡くなり、両親には迷惑ばかりかけてきたからこそ、母に孫の顔を見せてやりたかった。
孫を可愛がることで、元気になるんじゃないかって。
そもそも、母親を元気付けたいなんて理由で、俺の妻になる女性がいるわけがないし、その女性に失礼すぎるよな。
俺は本当に馬鹿だな。
何もかも空回りしてばかりだ。
……俺が自分で選んだことで、後悔はしていないつもりだけど、心が痛い。
「タク、腹減ってねえか?」
「のどかわいた」
腰が痛いから仰向けで寝たいけれど、尻穴周辺も痛いから横向きにしかなれない。
東鬼が男子児童向けキャラクター付きの、真空断熱のストローボトルを差し出してくるので、ゆっくりと中身を吸う。
ストロー付きの保冷ボトルなんて、どこで手に入れてきたんだ?
今の体温よりわずかにぬるい麦茶の味を感じたことで、嬉しくなる。
熱が出ているから冷たいものが嬉しいけれど、腹を冷やして下痢をしないように、と気を使ってくれているのか。
過保護すぎる気もするけれど、自力で動けない俺にとっては、痒いところに手が届くようだ。
「なあタッくん」
「なんだ?」
「拡張はかなり進んだんだよな?」
俺がこんなになるまで付き合ったんだから、これだけは確認しておかないと、と俺が口にした言葉に東鬼が固まった。
おい、まさか、嘘だろ。
あれだけのことをしておいて、あれだけ無茶をさせておいて、まさか、全く拡張してないっていうのか!?
「あー、おれのちんぽが入るくらい?」
「それは拡張じゃないだろ?」
初めての時だって、お前は突っ込んできたよな?と東鬼を見つめると、目を反らされた。
つまり、俺がこうして動けなくなっていることには、なんの意味もない、っていう判断で間違ってないんだよな?
自分の性欲を満たすために、拡張をやめたってことで良いんだよな?
少なくとも、棒状のものを突っ込んできた時は、気持ちいいって感じじゃなかった。
あれが拡張なら、そのあとの行為は、全く違うものだったという考え方であってるだろう。
東鬼と抱き合うことを幸せだと感じるけれど、俺は一日でも早く復職したいってことを言ったよな?
「東鬼」
「やめて、タッくん!おれはタッくんだ!」
「自分で〝くん〟をつけるな。
もういい、次からは自分でやるから、もうお前は俺に触るな」
「えっ!?」
器用だな、どうやったらそんな〝ガガーン!〟みたいな顔ができるんだよ。
お前が悪いんだろう。
俺に、平凡な日常を返してくれ。
浮き沈みの激しい日常生活なんて、望んでないんだよ。
俺はただ、お前と一緒に平凡な日々を過ごせれば、それだけで良いんだ。
人よりも健康に望まれないからこその、刺激も何もない夢だけれど、そんなに悪くないだろう?
心を鬼にして、東鬼が俺に触れることを禁止した。
自分で拡張をすることになって、情けない気持ちで泣きそうになりながら、不義理はできないと自分に言い聞かせる。
この独身寮に住むという人々に、一ヶ月以上世話になっているのに、俺は一切の対価を支払っていない。
ジョウタさん以外の妖の姿を見たことがないので、本当に住んでいるのか疑問に思っているけれど、少なくとも誰かが風呂を毎日沸かしてくれている。
あんなに広い何人も入れそうな風呂を、大雑把な東鬼が自分で洗って湯を張っているとは思えない。
(車の足回り交換を無期延期することにして)支払いをしたいと東鬼に伝えたけれど、お披露目が支払いになる、とか言われて、妖っていう生き物?の価値観を疑いたくなった。
人間のように数が多いわけでなく、群れて暮らすこともない妖は、自分の伴侶を大切にするのだそうだ。
そこだけ聞くと良い話に聞こえるけれど、内容が妖たちの眼の前で東鬼とセックスしろ、だからな。
何が目的なのかは分からないけれど、妖にとってお披露目とは、とても大切なものだという。
逃げ出したい気持ちをこらえて、自分で尻の穴を広げる……できる気がしないけれどやらなくては。
本当に、入るようになるのか?
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