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三、歩み寄りたくても
26 東鬼
しおりを挟むおやっさんとの会話で、なんで隆仗がタクをさらったのか、なんとなく理解できた。
青鬼の残酷さを生かして里の中でのし上がることなんて、今の時代には無理だ。
つまり、これまでもこれからも、ごく普通の青鬼として生きていくしかなく、里を出られない隆仗の元に、里の外で暮らすカナちゃんが嫁に来ることはねえ。
里長もおやっさんもそれを許さないだろう。
里長は外からの刺激が、他の鬼に広まるのを嫌がる。
外に出せない奴らに、羨望を持たせるのは危険だ。
基本的に物事を深く考えねえ奴が多いから、暴れた挙句に人間に駆逐される道しかねえだろう。
おやっさんは、何もない里にカナちゃんを閉じ込めんのを嫌がる。
死ぬまで自給自足生活決定で、話のあう相手もいない、里の外には出られない。
カナちゃんがそれを受け入れたとしても、無理じゃねえかな。
鬼の父親が、娘の幸福を願うかは知らねえが、おやっさんがカナちゃんを利用できなくなるのは間違いねえ。
隆仗は、カナちゃんと結ばれんのが無理なら、自分が悪役になって、自分を犠牲にしてでも、おれとカナちゃんをくっつけようとしたってとこか。
鬼女と赤鬼なら、強い鬼カップルであることに間違いねえしな。
好きな人が幸せになるなら、喪失に耐えられる……ってなんだよそれ。
そんなん、誰も幸せになれねえよ!
隆仗の自己満足しか得られねえじゃねえか!
おれとカナちゃんは、爪の先ほども好き合ってねえっての!!
おれはタクが良いんだよ!
そんでカナちゃんは隆仗が良いんだろうが!
好きでもない鬼女とくっつけられて、幸せ感じられるほどおれの頭はめでたくねえ!
あいつ、やっぱりおれの弟だわ。
アホな赤鬼の弟は、アホな青鬼だった。
何だそりゃあ。
鬼にとってはおひいさまが一番だってのに、何でそんな風に考えたんだよ。
鬼がおひいさまに感じる激情と、おひいさまが鬼に感じるもんは違うのか?
鬼はただひたすらにおひいさまに惹かれるけど、おひいさまは違うのかもしんねえ。
だから人のおひいさまは鬼から逃げようとしたり、鬼憎しと殺そうとすんのか。
だから鬼はオニグルイを使うのか。
組み敷く方がおひいさまだと認めちまったら、隆仗が逃げようとしても、カナちゃんが逃がさねえだろ。
おれが砕いちまった膝や肘がうまく治らなかったら、一生、下敷きにされ続けるぞあいつ。
何だか隆仗が可哀想になってきたな。
肩や肘の関節を抜いてやるだけにしときゃ良かった。
「おやっさん、隆仗は〝青〟だぞ、良いのか?」
「仕方ないだろ、要がな、電話口で問い詰めても隆仗が口を割らないからって「私のおひいさまを傷つけたやつは誰だ!」って怒り狂って里に殴りこむことになってな。
悪いのは小二郎と隆仗だって爺ぃどもに言われて「私がいるのに何やってんのよ!!」って隆仗を折檻するついでにタネ仕込んどったからな。
ああそうだ堯慶、近いうちにお前は伯父さんになると思うから、可愛がってやってくれよ?」
「待てよ、もしかして隆仗をこっちで暮らさせんのか?」
里に戻らねえ!と宣言したおれが、甥っ子姪っ子を可愛がれるとしたら、里の外だけだ。
カナちゃんと隆仗は里で暮らして、子供だけを里の外でおやっさんが育てるのか?
青鬼で、人間迎合派じゃねえ隆仗は、簡単に里から出られないはずだ。
なんかの拍子に人間を殺しまくりでもしたら、今の弱くなった鬼じゃ人間に皆殺しにされるか、実験動物にされんのがオチだ。
弱くなったのと関係があるのか、人に化けられねえ鬼も増えてるらしいから、鬼だって事がバレたらおしまいだ。
「堯慶、お前が隆仗の腰骨を砕いたんだろうが?
今のあいつの姿を見て、暴れるかもなんて思えねえよ、手足曲がっちまった上に松葉杖なしで立てねえんだぞ。
珍宝まで使えなくなっちまってたら、要がお前んとこ殴り込んでたかもな。
まあ、お前が赤鬼ってことを忘れかけてた里の爺ィどもが、戦々恐々してやがるとこは笑えたから、褒めてやるぞ堯慶!」
「好きで暴れたわけじゃねえよ!!」
そういや、勢い余って隆仗の背骨も折ったな。
手足が曲がったってことは、ちゃんと治療しなかったのかよ!?
まさか、砕けたままで放置したのか?
なんでそんなことしたんだ。
鬼の再生能力なら、正しい位置で砕けた膝と肘を固定すりゃ、元どおり歩けるようになっただろ。
曲がったまま固着しちまったら、いくら鬼でも歩けねえだろうに。
まさか隆仗、初めから里を出るために?
自分の手足犠牲にして、無害な鬼だって周囲に認知させてまで、カナちゃんに組み敷かれたかったのか?
いや、この場合、惚れ込んでるって言った方が正しいんだろうな。
おれがタクに惚れたように、隆仗は本当に心からカナちゃんに惚れてたってことか。
手足をへし折られるのを覚悟で、タクをさらったのか?
やりすぎたな、いくらなんでも手足全部と背骨折ったのはやりすぎだったか。
「あーそうだ、お前とおひいさまの荷物、預かってっからな」
「そいつぁ助かるけどさ……っォヒョエッ!?」
怒りで頭に血が上っていたとはいえ、やりすぎだったらしい、と気がついた時には、おやっさんのデカすぎる声が受話器越しで聞こえてしまっていたタクに、凍りつくような目で見られてた。
「んあっ?!どうした堯慶!」
「いや、いや、なんでもねえっじゃあな!荷物ありがとよ!また受け取りに行くからっ」
「おい堯慶、たっ……」
通話を切って、恐々と見下ろしたタクは、ホラー映画のポスターのように、青白い顔で無表情におれを見つめている。
その目だけに、何かの感情を高ぶらせて。
どうやらおれのおひいさまは、本物の鬼嫁になっちまった……ようだ?
鬼として生を受けて三十ウン年、初めて土下座ってもんを経験しました。
しかも自分のおひいさま相手に。
ちょこーっと怒り狂って、ブチギレて弟をフルボッコにしただけなのによー。
っておれが思ってんのをしっかりと理解してるタクは「反省するまで俺に触るな!」と悪鬼の所業を申し渡してきた。
まだ自分で立てねえのに何言ってんだよ!?
自力でトイレに行けない。
握力が戻ってねえから、飯だって自分で食えない。
風呂も着替えも無理。
寝返り……は全身汗だくになってやりきって、ぃよっしゃー!!ってしてんのを、たまんねえなぁって見てたら、めちゃくちゃ叱られた。
可愛かったぁ……じゃねえ!!
って、ダメだろ!
触らせて!!
クッソォ、さすがタクだ、おれが一番ダメージを受ける方法をよく理解してる!
おれが悪いことをする→タクに触れない→タクがヨレヨレになる→タクのヨレた姿を見ておれが落ち込む。
抜けが無い!完璧すぎるっ!おれのおひいさま天才だろ!!
反省する!めっちゃ反省した!
お願いだから、タクに触らせてくれよ!
ちゃんと生きてんのか、一日に百回は確認しねえと落ち着かねえんだよ!
って、半泣きになりながら頼んだら、タクの目が泣きそうになってる。
てっきり実の弟をぶちのめすな!って怒ってんのかと思ってたのに、違うのか?
「弟さんに謝って来てほしい、要さんという女性にも」
「それはできねえ、どんな理由があろうとタクをさらったのは隆仗だ、ぜってぇに謝らねえ」
「違うって、そうじゃない。
俺がいたせいで、二人に迷惑をかけたことを、謝ってきてほしいんだよ。
本当なら俺が行くべきだろうけど、顔を見せたら嫌な思いをさせてしまう」
「……やだ」
「なんで」
「タクはなんも悪くねえ、だから隆仗には謝らねえ」
おれは思い違いをしてたことに気がついた。
タクが怒ってる相手は、おれじゃねえ。
隆仗をフルボッコにしたことを怒ってんじゃねえ。
タク自身に怒ってんのか?
なんでそんな風に考えてんのか、アホのおれには分からねえ。
隆仗が勝手な思い込みでタクを誘拐したのであって、タクとおれは、カナちゃんと隆仗の邪魔はしてねえ。
冗談じゃねえよ。
タクがおれのおひいさまになんのは確定事項だ。
邪魔が入ろうと何があろうと、おれはタクをおひいさまにすると決めてる。
そもそもカナちゃんとの話だって、おやっさんが勝手に言ってるだけだっての。
だから、そんな顔すんなよ。
クッソ、おやっさんと小二郎伯父ぶっ飛ばして解決すんなら、今すぐ行きてえのに、タクのそばを離れると思っただけで冷や汗が垂れてくる。
おれの一番はタクなんだよ。
他の有象無象なんざどうでもいいんだ!
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