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三、歩み寄りたくても
25 東鬼
しおりを挟むタクに「やる気出せよ!」と本気で叱られた。
しゃあねえから、真面目に人化の術を思いだそうとするが、どうにも思いだせねえ。
これまでのおれは、どうやって人の姿になってたんだ?
ずっとうまくいかなくて、ある日突然、コツを掴んでできるようになったから、できる気がしねえ。
唸りながら困って過ごしてた所に、休職申請の書類が届いた。
手紙が入ってたけど〝書いて送れ、連絡しろ〟しか書いてねえ、手抜きすぎだ。
差出人は五鬼助 完篤。
直接の血縁はないが同じ里出身の黒鬼で、五鬼助警備保障の社長。
つまりおれの雇い主だ。
年齢は親父よりもだいぶ年上だっていうが、人間大好きじゃねえのに、なぜか里から出てる珍しい鬼だ。
その上、人相手に何十年も商売を成立させてんだから、破壊衝動を隠せるほどしたたかで、計算高いのは間違いねえ。
そういやあ、何の連絡もしねえで一ヶ月以上休んでたな。
今になって連絡してくるとか、なにがあったんだ?
里から情報を引き出してるだろうって思ってたから、連絡すんの忘れてた。
個人的な感覚でしかねえけど、関わってこなかったことには理由があって、今回の件に関係してるからじゃねえのか?っておれは思ってる。
雇ってやる代わりにと、妖系従業員の給料を中抜きするような腹黒黒鬼だから、裏で何しててもおかしいとは思わねえよ。
タクに手紙を見られたのは不味かった。
「……職場に行って謝ってこい」
おれを見上げるタクは、正気を取り戻した直後より、うまく話せるようになっていた。
やっぱタクはすげえ。
一人でコツコツとリハビリしてっからな。
ずっと痛そうに顔をしかめているところを見ると、筋肉を増やすリハビリってのは相当つれぇんだろうな。
おれの筋肉を分けてやりてえが、そんなことできねえもんな。
声がまともに出るようになったタクは、一番に実家に連絡して「理由は言えないけれど、年末年始には帰れそうにない」と話してた。
鬼に薬漬けにされかけて、足の筋肉が萎えちまって立てないから帰れない、なんて説明しようがねえとは思うけど。
どんな嘘をつくかで悩まずに、嘘をつかないところがタクらしいなと、胸キュンしちまった。
薬漬けにされかけたのが原因なのか、前よりもタクの格好よさが上がった気がする。
前から男前なところがあるのは知ってたが、言動がさらに強くなったっつーか、おれに手厳しくなった。
そんなタクに惚れ直してんのは、おれがクソだからだ。
苦痛に耐えて、一人きりで努力してるタクを横で見てることしかできなくて、おれは本当にクソでクソすぎるって、毎日落ち込んでるところだ。
そういや、もう十二月も終わりか。
普段から人の暦をあまり気にしてねえから、お盆だの年末年始だの、忘れがちなんだよな。
職場に連絡する前には少しためらってたが、覚悟を決めた後のタクは格好良くて、受話器越しにクソ化け狸が、へどもど言い訳してる声が漏れ聞こえた。
病気連絡を受けてるとか、有給の上限や傷病休暇がどうとか。
「所長に何をした?」というのが、電話を終えた直後、じっとりとした視線と共におれに向けられた言葉だ。
一ヶ月以上も無断欠勤をしてしまって、今もいつ復職できるか分からないのに、クビになっていない、ならないということが素直に信じられないらしい。
まあ、あの化け狸は、タクをクビにしたらおれが事務所まで殴り込みに来ると、本気で思ってるだろうな。
あの時は本気で殴り込みに行くつもりだったからよ。
今はそんな気分じゃない、つーかむしろタクの側を離れたくねえから、どこにも行くつもりはねえよ。
だからな。
「行きたくねえ」
「東鬼?」
「い、行ってくる!は無理だから電話する!今すぐ、今すぐすっから!!」
「ここでな、側にいてやるから」
「うぇ……な、何でもねえよ、はい、今すぐっ」
前よりもめちゃくちゃおれに厳しくなったタクが、前みたいにごまかされてくれねえのは、おれが鬼の姿のままだからかもしんねえ。
早く人の姿にならねえと。
……タクがこの先、ずっとこの鬼嫁状態だったら、どうしよう。
鬼嫁のタクもかっこいいと思うけど、いつも怒ってんのはいやだな。
あれか、衝撃的な出来事で性格が変わるってやつか?
よりによって、おれだけに厳しくなるなんて、ひでぇよ。
無人の管理人室から、子機を拝借しておやっさんに電話すると、スピーカー越しでもわかるほど、疲れた声のおやっさんが出た。
「おやっさんすか」
「あー堯慶か?」
「はい、書類届きました、連絡しなくてすんませんでした」
「あー、いや、こっちこそ悪かった」
「はい!」
「……お前な、そこは〝いいえ〟って答えるところじゃないのか?」
「いいえ、タクの側から離れられるんなら殴りこみに行きてぇくらいは、まだ怒ってるんで」
「そうか、そうだよな」
おやっさんがタクの誘拐に関わってるかは知らねえが、隆仗はおれに縁談が持ち込まれてることを知ってた。
その情報が、どっから隆仗に与えられたのか。
タクのことを知ってた伯父が、おれの縁談のことを口にしなかったことに違和感を覚えた。
隆仗が知ってる縁談を、伯父が知らねえなんておかしい。
おひいさまの存在を知って、隆仗に嘘を教えたって言ってたのに、縁談だけ知らねえとかおかしくないか?
縁談の話を知ってたから、タクを誘拐させたと思ってたが、違うのか。
そう思うと、何かがおかしい気がした。
おれは物事の裏を考えるのは苦手だし、分析とかできねえけど、それでも誰が関わってるかなんて、一人ずつ消してきゃすぐ分かる。
伯父にだけ、正しい情報が届いてない(かもしれねえ)。
伯父の家だけ、周囲から浮いていた(伯父の手作りっぽかった)。
考えられるのは、隆仗をそそのかしたのは別の誰かってことだ。
伯父が、嘘を教えた。
誰かが、縁談話を教えた。
村八分状態の最底辺に置かれてる可能性が高い伯父を飛ばして、隆仗だけにカナちゃんとおれの情報を渡せる鬼、つったら、おれが知る限りでは五鬼助のおやっさんしかいねえ。
おれがタクをおひいさまにしたら困るのは、おやっさんだけだ。
タクがいなくなることで、おやっさんの他に、利益を得る鬼が思いつかねえ。
叔父とおやっさんの他に、里の鬼が外にいるって話は聞いたことがねえ。
となれば、おやっさんが無関係ってことはないだろうって考えるに至るわけだ。
ただの推測で証拠もなんもねえけど。
「随分と短期間で赤鬼らしい言い方するようになったな。
お前のおひいさまに隆仗がオニグルイ使ったって聞いて、血の気が引いたもんだが、その言い方なら無事なんだな」
「無事じゃねえ」
「……悪かった、悪気があったわけじゃねえが、隆仗に要とお前のことを話したのはおれだ。
隆仗がお前を説得してくれんじゃねえかと思ったんだ。
それでな、うちの要をお前の嫁にって話だが、白紙にしてもらいたい」
「……」
やっぱり隆仗に情報流してたのはおやっさんだったのか。
白紙って言われても、おれはそもそも了承してねえ。
カナちゃんには好きな奴がいて、おれにはタクがいるんだよ!
他のやつなんか男も女も鬼女もいらねえよ!
と思っている間も、おやっさんは勝手に話を進めていく。
「どうも、隆仗が要のおひいさまだったみたいなんだよな、いや、もう決定してんだけどな」
「ぅえ?カナちゃん鬼女だよな?おひいさまの方じゃねえの?」
イライラしてた気持ちが、おやっさんの一言で吹っ飛んだ。
それくらい衝撃的な言葉が聞こえたんだが?
鬼女のカナちゃんが、おひいさまを組み敷いて抱く方?
相手が青鬼の隆仗なら、珍宝を突っ込まれるのはカナちゃんだろうけど、むしろ相手を襲って……えええ??
隆仗が、カナちゃんのおひいさま!?
「おう、いろいろあってな……満身創痍の隆仗が要にぶん殴られてそのまま乗られた。
うん、我が娘ながら壮絶な鬼女に育ったもんだよ、久々に怖気をふるったね」
おいおい嘘だろ、とその場に崩れ落ちそうになった。
鬼女に一方的に組み敷かれて、犯される青鬼って構図を想像しちまったダメージも受けたが、それ以上に、弟がおれにぶちのめされても嬉しそうだった理由が分かっちまった。
あいつ、初めからカナちゃんが、自分を組み敷く鬼だって知ってやがったのか。
前にカナちゃんに聞かされた好きな奴って、隆仗のことだったのか。
あー、あー!だから兄貴のおれに教えてきたのか!!
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