【R18】I've got a crush on ogre

Cleyera

文字の大きさ
上 下
25 / 72
二、伝えられないまま

23 東鬼

しおりを挟む
 
 ゴンゴンと部屋の扉が叩かれた。
 振り返ると同時に、二メートル以上の高さのある引き戸が開かれていく。

「入るぞ」
「ああ、ガワさんか」
「おいおい、ひっでぇ顔だな。
 は見ててやるから、ちょっと寝ろよ」
「おれが寝てる時に、タクが起きたら困る」
「そんときゃウヌが世話してやるって」
「……信用できねえ」
「一ヶ月も不眠不休でやっと本音を口にしたか。
 鬼ってのは本当に難儀なもんだな」

 飲め、とガワさんに手渡された手に乗る大きさの寸胴鍋の中身は、お茶か?
 何リットルあるんだか知んねえが、こんなにいらねえよ。

「お前用の栄養剤だ、あと、性欲を抑える効果もある」

 それを聞いて一息で鍋の中身をあおった。
 いくら母親を抱いても気持ちを向けられず、酒に逃げる親父の気持ちが分かりすぎて、死にたくなるほど落ち込んできた所で、少しだけ救いに思えた。
 逃げた先が酒じゃなくて、ガワさんの薬ってだけだ。

 正直、自分の手で慰め続けんのも限界だと感じ始めてる。
 いくら射精しても、満たされねえ。
 体で快感を追ってどれだけ吐きだしても、タクを求めることが原因の性欲だから、タクに突っ込まねえと鎮まんねえ。
 タクの匂い、タクの体温、タクの声、タクの存在の全てが、おれを狂わせる。
 おれを見てくれなくても良いから、突っ込みてえ。
 タクのハラワタに包まれたい。

 でもな、それをやったらおしまいだって、分かってんだよ。
 際限なく、珍宝をタクに突っ込むようになる。
 親父が母親にやってきたことと、全く同じことをするわけだ。
 この先何十年も、タクがズタボロになって死ぬまで。
 おれがタクを使い潰すまで。
 クソだ。
 おれはクソな鬼だ。

 親父をクソだと思ってたが、血は争えない。
 油断すると、クソみてぇな衝動に屈してしまいそうだ。

「……少し休め、根を詰めすぎても碌なことねえぞ」

 ガワさんの声を聞きながら、急に重たく感じ始めた体をマットレスのすぐ横の板間に横たえる。
 手を伸ばせばタクに触れられるように、マットレスに半身をくっつける。

 だるい。
 眠い。
 しんどい。
 まぶたが重てぇ。
 タクの様子を見てねぇといけないのに。
 タクが苦しんでもがいて起きたら、薬を飲ませてやらねえといけないのに。

 ディルド突っ込んでやらねえと。
 発散してやんねえと。
 助けて、くれ。
 おれがタクを助けてやらねえと。

「なんか眠くなってきた、ちょっとだけ頼んでいいか?」
「おう、お前のおひいさまは、ウヌの趣味じゃねえから心配すんな。
 嫁はもっと甘えん坊じゃねえとな」
「うっせえ、クソガッパ……」

 泥の中に沈むような眠りに落ちていきながら、ガワさんが、不出来な子供を見るような目でおれを見ていることに、ようやく気がついた。
 独身寮の妖たちに、おれがどう見られてるのかなんて、これまでは考える余裕もなかったな。

 あんだけビビって怖がってたくせに、今になってガキ扱いしてくるって、どういう事だ。
 ガワさんだけは、初めっから変わんねえけどよ。

 ガキでも若くても、おれは鬼だぞ。
 妖の中のぶっ壊し屋、何もかもめちゃくちゃに破壊する、クラッシャーだってのに、なんで「しょうがねえなあ」って言いそうな顔してんだ、フザケンナ。
 おれがタクを助けるんだ。
 タクはおれのもんだ。
 おれだけの、タクに、してえよ。

 ずぶずぶと沈んで溺れてく途中で、タクの声が聞こえたような気がした。
 怒ったような、拗ねたような声で「泣くなよアホ!」って。
 なんだよ、泣いてねえよ。
 鬼は泣いたりしねえんだよ。


  ◆


 目が覚めると、体がいつもよりも重かった。
 自覚はなかったが、疲れきってたのか。
 いいや、これは一服盛られたな、なんのつもりだあのクソガッパ。
 栄養剤と性欲を抑える薬じゃねえのか?

 髪の毛を掻き毟ろうとしたら、腕が上がらない。
 なんだ?と思いながら、腕を使って体を引き起こそうとすると、気づかねえうちにマットレスに乗り上げかけてるおれに、何かがくっついてた。

 元から痩せてたのに、今では骨の凹凸までくっきりと浮き上がる、細すぎる体。
 鬼の手ではちゃんと洗って乾かしてやれなくて、元はサラサラだった黒髪は、ぼさぼさになってる。
 筋肉が減ってしまった体は体温が低く、無意識に抱きしめようとして、それが何か、いや、誰なのか気がついた。

「……タク?」
「なんだ」
「タク?」
「そうだよ」
「タク、なのか?」
「しつこいぞ、なんどもよぶなよ、さむいからうごくなアホ」

 応える声はささやきのように小さくて、たった少し話しただけで呼吸を荒くする。
 げっそりと頬がこけた顔の色も、青白いを越えて土気色だったが、まぶたを上げたタクの目にはおれがうつってた。
 瞳だけが、以前のタクと変わらない光を放っている。

 おれを、見てる。
 タクが。

「た、タクぅっっ」
「ぅおっまて、くるしっ」

 ぼすんとマットレスの上に押し倒したタクを抱きしめようとして、おれは自分が鬼の姿のままだってことに気がついた。
 なんで、タクは今のおれと普通に会話してんだ?

 姿が違う、声が違う、何もかも違うはずだ。
 三メートル以上ある朱塗りみてえに真っ赤な筋肉の塊と、人間の警備員を同一人物だと繋げられる奴なんて……いねえだろ?

「タッくん。
 〝おに〟のコスプレでもしてるのか?」

 力なく伸びきった仰向けの姿勢で、おれを見上げるタクの目には、静かな光が小さく燃えてる。
 無残にやつれて痩せてしまった顔の中で、強い意志を持つ瞳だけが一等星のように光ってる。

 この感じは知ってる。
 前に、興奮しすぎてタクを抱きつぶした時に、おれに向けられた目だ。

 とっさの反応を外に出すのが苦手で、表情が動きにくいタクだが、形の良い切れ長で一重の目には、分かりやすく感情が出る。
 音もなく静かに、ものすごく温度が高くて圧力を高めた怒りが、研ぎ澄まされた憤怒が、タクの中で噴火寸前になってんのが見えるようだ。
 きれいだ……って見とれてる場合じゃねえよっ!!

「……す」
「?」
「すいませんでしたぁあああああああっっっっっ!!!!」
「……アホか!!あやまるまえにいう、っ、けほっぇほっっけほっ」

 声を張ったのが負担になったのか、力なくむせる骨ばった背中を撫でる。
 大きく息を吸って咳ができないからなのか、なかなか咳が止まらない。
 指に触れる背中が、骨に皮膚をかぶせたような状態で、胸をえぐられるように辛えけど、目をそらすわけにはいかねえ。

 タクが、正気を取り戻してくれた。
 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、目の前がぼやけた。

「なくなよ、おまえ〝おに〟なんだろう?」
「鬼は泣いたりしねえっ」
「あ、そ、かおぐっちゃぐちゃにされていわれてもな、けほっ」

 ほんの少し話しただけで、苦しそうにふぅふぅと呼吸を荒くしている背中を、優しく優しく撫でる。
 人にならねえと、人の姿じゃねえと壊しちまう。
 あぁ……なんだよクソッ、うまくいかねえ。
 人の姿になれねえ。

 タクだ、タクだ。
 おれのタクだ。

 おれが言った言葉に対して、こいつ仕方ねえなって感じで、呆れたような言葉が返ってくる。
 言葉では呆れてんのに、おれに向けられる瞳には、怒りとなんかよく分かんねえもんが、ぐるぐると渦巻いて見える。

 こちらに向けられた顔は痩せこけてしまってんのに、その目が、感情をうつしてめまぐるしく色を変える瞳が、おれを見てくれてる。
 おれだけを見てる。

 何もかもおれのせいだ。
 責任取らねえと。
 おれが、タクを幸せにしないと。
 誘拐する気も起きねえくれえ、タクに匂い付けしねえと。

「なんでもするから嫁になってくれ!!」
「……ほんとうにアホだな」

 今にも死にそうな顔色のタクが、疲れたように言い、そして笑う。
 照れたような、怒っているような、照れ隠しのような、なんとも言えないぎこちない笑顔で。

「俺がよめになるんじゃなくて、おまえがむこにくるんだよ」
「ふへ?」
「俺はひとりっこなんだ」
「……おう、わかった」

 目を細めるタクの拗ねたような笑顔が、掠れたささやき声の告げた内容が、おれの止まってしまった時間を、再び動かし始めた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

邪神入れ食い♡生け贄の森

トマトふぁ之助
BL
邪神(大蛸)に魅入られた男ばかりの村人5人。異教の神が支配する美しい地下の物語。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

偽物の僕。

れん
BL
偽物の僕。  この物語には性虐待などの虐待表現が多く使われております。 ご注意下さい。 優希(ゆうき) ある事きっかけで他人から嫌われるのが怖い 高校2年生 恋愛対象的に奏多が好き。 高校2年生 奏多(かなた) 優希の親友 いつも優希を心配している 高校2年生 柊叶(ひいらぎ かなえ) 優希の父親が登録している売春斡旋会社の社長 リアコ太客 ストーカー 登場人物は増えていく予定です。 増えたらまた紹介します。 かなり雑な書き方なので読みにくいと思います。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

【R18】ミスルトーの下で

Cleyera
BL
クリスマスから新年にかけての時期が嫌いな院家さんの話 :注意: 創作活動などをしていない素人作品とご了承ください 人外です タグを一読ください、苦手な方はすいません 性描写有りは題名に※あります 同名でお月様に出没しております お月様では、公式ミニ企画に参加しており、本編後に1万字ほど追加しております

処理中です...