【R18】I've got a crush on ogre

Cleyera

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二、伝えられないまま

20 東鬼

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 ぐったりして意識のない母親の体を、胎児のように丸めて自分のあぐらの上に乗せた親父は、宝物を守ろうとするように腕で包み込んだ。

「どうしてもサトを我のものにしたかった。
 あの日、登山道で出会った瞬間に分かった、お互いに運命を感じたのに、人里に親の決めた許嫁がいるだの、家業があるだの、鬼と人間だの、男同士だのあんまりうるせえもんで、頭にきてオニグルイを飲ませたら……狂っちまって戻らなくなった」
「……戻らない?」
「ああそうだ。
 常用しなけりゃ問題ねえって話だったのにな。
 たった一回で狂っちまっても、サトが我のもんだって想いは変わんなかったから、テメェの首を絞めてんのを承知の上でおひいさまにした」

 親父と母親の間に、意思を疎通する時間がわずかにでもあったことに驚いた。
 ずっとどっかで誘拐してきて、そのまま薬漬けにしたんだと思ってた。

「我もサトと一緒に死ねりゃいいのに、鬼ってのは生き汚くて業深いからなぁ。
 ……もう行け堯慶タカヨシ、お前はクソみてぇな衝動に負けんなよ」
「言われなくてもそのつもりだ」



 絶対にオニグルイの解毒法を見つけてやる。
 そう決めて里長の家へ向かい、声もかけずに家の中に入っていったおれを、なぜか数人の鬼たちが迎えた。
 里長の黒鬼が、光る瞳でギロリと睨んでくるが、数百歳は年上の鬼だってのに、これっぽっちも怖いと感じねえ。

「……里を滅茶苦茶にかき回しやがって、これからどうするつもりだ?」
「おれの意思で来たわけじゃねえし、もう来たくねえ。
 邪魔すんなら、首だけになってでも殺し尽くしてやる」

 里長の震える声を聞いて、直感的に理解した。
 おれが本気で何もかも、それこそ自分の命まで犠牲にすりゃあ、この里のほとんどの鬼を殺せる、と。

 ただでさえ肉体が大きくて無尽蔵の体力を持つ、身体能力の高い赤鬼の体に加え、おれは人の形の相手を効率よく破壊するための武術である、柔道を習っちまった。
 型も駆け引きもない〝殴りあい〟しか知らない、ただ図体がでかくて馬鹿力だけが取り柄の鬼と違い、効率よく、自分のダメージを最小にして相手を破壊することができる。
 少ない手数で、効率的にぶっ殺せる。

 隆仗タカヨリをぶちのめして骨をへし折った時に、あまりにも手応えがねえのがおかしいと思ったが、おれの手際が良すぎたらしい。
 絞め技から逃げられねえとは思わなかった。

 競技用の技を魅せるための柔道ならともかく、破壊衝動を発散するためにと、本格的な当て身や禁止技にまで手を出しすぎたか。
 これまでに人の形をしたもんを壊したことがなくて、気がつかなかった。

 人間や鬼を殺すのはおれには無理だと思ってたのに、タクを守るためなら、タクが望むなら、なんでもできる気がする。
 タクがんなこと望むわけねえけど、殺しなんてなんでもねえって、本心から思う。
 これが、親父の言ってた鬼の業か?

「そうか、何を求める」
「電話してえ」
「使え」

 おれが持ってきた荷物は、伯父の家に放ってきちまった。
 買いかえたばっかのスマホも入ってんのに。
 伯父が怒りに任せて、おれの荷物をめちゃくちゃに壊してなけりゃ良いが。

 里長に固定電話を借りて、おれは独身寮の住人で、白蛇の大妖の眷属である爬虫類系河童の妖〝加川カガワ 丈太ジョウタ〟通称ガワさんに助けを求めた。
 独身寮の固定電話番号を覚えといてよかった。

 ガワさんは薬を作ることのできる河童らしく、これまでも怪我をした同僚に薬を渡してるところを見たことがある。
 里に来る前に「薬がいるなら」と声をかけてくれたってことは、頼っても良いはずだ。
 他に頼れる相手がいねえのが、マジでクソだ。
 自分の体ばっかり丈夫な鬼であることが恨めしい。

『鬼の里はウラ様の縄張りの外だろ、ウヌは入れんし、場所も分からん』

 タクを診て欲しい、解毒薬が欲しい、と泣きついたおれに、困ったようにガワさんが答える。

「お願いします、タクを助けてっ」
『落ち着け、まだ、陰茎から血や膿が出てるとかじゃないんだろ?』
「……っはい」
『そんなら間に合うだろうよ、問題は〝オニグルイ〟ってやつの方だ、こっちで調べてみたいからもらってきてくれ、気を付けて戻ってこいよ』
「はいっ」

 かっぱらった毛布でタクを巻いて、おれは走った。
 人間に鬼の姿を見られても構うもんか、タクより大事なもんなんて、この世にはねえ。


  ◆


 独身寮に駆け込むと、何もかも準備してくれてたガワさんが、苦しむタクを眠らせてくれた。
 腫れ上がったちんぽの治療も済んだが「無事に治ると保証できない」と言われた。

 血行を促進する薬、炎症を抑える薬、痛みを和らげる麻酔薬、化膿を防ぐ薬、包帯、油紙。
 たくさんの容器や治療道具を並べて、いかにも医者らしい、目元以外を隠す格好まで用意してくれたガワさんには感謝しかねえ。
 おれの借りてる部屋を治療できる環境にしてくれた、管理人や住人にも感謝だ。

 きっと普段の格好で出迎えられたら、相手がガワさんでも、タクに触れるな!って殴りかかってたはずだ。
 ガワさんが薬を作るってのは知ってたが、まさか医者みてえなことまでしてるとは。

 タクが眠ってる間に、里長を脅してだけ融通させた、里外不出の〝オニグルイ〟の成分を調べてもらったが、最悪の結果が告げられた。

「オニグルイのオリジナルは、おそらく薬を作る種族が鬼にもたらしたもんだと思う。
 この成分内容では解毒薬が作れん」
「……」

 ガワさんが適当な口実で、主人の白蛇に薬の解析を頼み込んでくれたらしい。
 ヘビだから、毒や薬にも通じてるってことか?
 それとも長生きすりゃ、なんでもできるようになんのか。
 種族が違うとはいえ、大妖なんて呼ばれる相手ほど恐ろしいもんはいねえってことか。

 白蛇の話では、かなり前の話だが、鬼の里の付近に薬を作る種族が住んでたらしい。
 鬼に優れた調薬知識と技術があるなんて聞いたことねえから、おそらくそこからもたらされた薬が、オニグルイの大元だろうと言われた。

 一瞬ガワさんを疑ったが、ガワさん自身はもっと人里に近い場所の出身だと言う。
 鬼の里は蛇の縄張りから距離がある。
 当時は周辺に住む人間はなく、蛇の縄張りも今より狭かったので、どんな種族なのかまで詳しく分からねえってことだ。
 一体、何百年前の話だ?

 薬を作る種族は、鬼に一族を保護してもらう代わり襲われないように、さらってきた〝おひいさま〟に珍宝を突っ込んでも、痛みや恐怖で狂わない薬を用意したのだろうと。
 考えられる効能としては筋弛緩剤に鎮痛解熱、そして何よりも精神安定剤として作ったのではないか、と言う話だった。

 精神?と首をひねるおれに「まともな前戯もなしで男の拳みたいなものを突っ込まれたら、痛みを感じなくても心が受け入れられはしねえよ」って、ガワさん、なんか見たことあるような言い方するんだな。
 ガワさんがかなり長く生きてんのは知ってっけど、鬼のお披露目を見たことがあんのか?

 今現在、里で使われてるオニグルイは、筋弛緩剤の成分と、強度の中毒を引き起こす麻薬成分がほとんどだと言う。
 痛みや苦しみを麻痺させられても、同時に一度の使用で正気を失うような処方だと。

 初めから改悪された状態で伝えられたのか、鬼の里で必要な材料を得られずに、結果として改悪になったのかは分からないそうだ。
 母親が狂ったのも、麻薬成分が多すぎたからだろう、と。

「じゃあ、タクはどうなる」
「薬効が無事に抜けるかどうかは、賭けだな。
 うまくいっても後遺症が残る可能性が高いぞ……どうする?このまま苦しめずにねむ」
「ぜってぇやだっ!!!」
「そうか、だがよ、お前のおひいさまだろ?長く苦しませることになってもいいのか?」
「……くそっくそっくそぉぉおおおっっっ!!」

 ガワさんがおれとタクを思って、安楽死を勧めてくれているのは分かる。
 それでも、嫌だ!
 タクを失うのは嫌だ!!

 親父が言ったように、殺してやるのが、タクにとっては、一番苦しまない方法なのかもしんねえ。
 くそったれ!!
 タクの苦しみを、全部おれが背負ってやりてえ。

 おれはタク以外におひいさまなんざいらねえ。
 
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