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二、伝えられないまま
19 東鬼 :注意: 痛々しい描写
しおりを挟む気がつけば、目の前に形のおかしな青鬼が倒れてた。
手足がおかしな方向に曲がって、胴体もなっちゃいけねえ形になっちまってる隆仗が、いまにも途切れてしまいそうな浅い呼吸をしてる。
このまま息の根を止めてりたい衝動と戦ってるおれにとって、その姿は哀れでもなければ、やりすぎたと思うもんでもなかった。
殺してねえのは、タクが見つかってねえからだ。
ここまで頭に血がのぼっちまうと思ってなかった。
おれは人も鬼も殺したことがない、だから殺せねえと思ってた。
なのに、なんとも思わねえ。
思ってねえ。
母親に乗られたおれを殴り殺そうとした親父が、全く悪くねえ気がしてくる。
もしもおれが親父だったら、間違いなくおれを引き裂いてただろうから、まだ理性があった方なのかもな。
おれの意思や何が正しいかを確認もせずに、一方的に手を出してきたのは隆仗の方だ。
タクを誘拐しただけで万死に値する。
鬼の流儀で、おひいさまを奪ったやつは殺す、をされるのは当然だろう。
タクの生死が不明だから、まだ、生かしておいてやってるだけだ。
「おれのタクはどこだ?」
自分の声なのに、低く歪んで聞こえねえ。
怒りで目の前が真っ赤になんのなんて始めてだな。
「いうか、よっ」
こいつ、死にかけでヒィ、ヒィって苦しそうな呼吸をしてんのに、喜んでやがる。
気持ちわるっ。
一緒に鬼ごっこをした頃から、何も変わってねえんだな。
おれの後をついて回って、おれの真似ばっかして。
何が楽しいんだか。
おれがおひいさまを得たら、叔父のように里に戻ってこなくなるかもって思ったのか。
それとも本当に、伯父のたわごとに騙されたのか。
なんでこんな事をしたのか気にはなるが、話したくねえ。
「タクが珍宝を咥えこんでたら、そいつらもお前も殺す」
「……っあに、きっ」
「お前に兄貴なんて呼ばれたくねえよ」
鬼の里なんざ、滅んじまえ。
倒れてる隆仗の頭を踏みにじってから、里の中で人を隠せそうな場所、催事用の物置へ向かう。
おれが里の中で知ってて行ってない場所はそこくれえだ。
残りは里長の家だが、里長がタクの誘拐に関わると思えねえ。
我ながら、家族への情が薄すぎることにゾッとする。
鬼の本性の恐ろしさに、血の気が引く。
同時にこれこそがおひいさまを得た鬼の、正しい反応だとも感じる。
身体能力で優れる鬼が、どうしてか弱い人のおひいさまに、これまで出し抜かれて歴史上で殺されてきたのか。
どうしてこの国が、鬼が頂点に立って人を従えた国になってねえのか。
それは、鬼にとっておひいさまが、自分ではどうしようも無いほどに惹かれてしまう相手だからだ。
理屈も理論もそこにはない。
ただ鬼は、己がおひいさまだと感じる相手だけは手放せない。
簡単には殺せない。
だからこそ、さらってきたおひいさまに出し抜かれて、鬼が殺される話が多いんだろう。
物置の引き戸の前で、足を止める。
タクの気配がする。
本当にここだったのか。
開けたくねえ。
でも、開けねえと。
タクがおれ以外のやつに抱かれてるところを見たら、絶対に怒りで狂う。
おれが、傲慢な赤鬼だから。
「……っ……タッ……ん」
「タク!?」
風に紛れて消えてしまいそうな、かすかな声が耳に届いた。
それまで足がすくんでたことも忘れて、引き戸をぶち破って中に入ると、そこには途方にくれたような顔した、緑鬼の兄弟が立ち尽くしてた。
……タクは、どちらの腕の中にもいない。
おれを振り返った兄弟は、一瞬で緑色の肌から血の気を引かせて、ウロウロと視線をさまよわせる。
兄弟の股間の珍宝は勃ち上がってなかった。
「出てけ」
「「はいいっっ」」
唸るように言ったおれの声に返事をして、転がるように逃げ出した二人を、双子でもねえのにハモんなよと見送る。
……タク、おれはこんな時なのに、嬉しい。
最悪な感じ方だって分かってんのに、嬉しくて嬉しくて、叫びてえ。
お前は、オニグルイを飲まされたってのに、おねだりしなかったんだな。
いくらタクが頑固でも、薬には勝てなくて、腰を振ってるんじゃねえかと絶望しかけてた。
板の間に敷かれたゴザの上で、尻をわずかにあげてうつ伏せになっている全裸のタクは、ぜはぜはと苦しそうな呼吸をして、どっか痛えのか低く唸りながらガクガクと震えていた。
「タク、助けてやるからな……って、クソ、何だよこれっ」
仰向けにしたタクのちんぽが、真っ赤、いや真っ黒に腫れ上がってる。
以前に見た、標準くらいの大きさで形は良いけど細めだったちんぽは、皮下で大量に出血でもしてんのか、元の形が分からないほどいびつに膨れてた。
それに触れようとしたタクは、明らかに苦痛のうめきをあげ、それでも衝動に耐えられないのか、赤黒い肉塊を無理やり擦ろうとして、痛みに全身を震わせる。
……まさか、オニグルイの衝動を、ちんぽへの自慰だけで何とかしようとしたのか!?
タクが行方不明になってから、もうすぐ三日目だ。
人間のタクのちんぽが、そんな酷使に耐えられるわけがねえ。
どうしたらいい?
くそ、くそっ!!おれは本当にアホだ。
タクが他の奴の珍宝を咥え込んでんじゃねえかってことばっか考えて、タクの苦しみを全く考えてなかった。
オニグルイの効果はどんだけ続くんだ?
全裸で転がされてたタクを抱き上げ、乾いて冷えきってる体に恐怖を覚える。
十二月の頭だってのに、体の弱いタクを裸で放りだしやがって!!
目は開いてんのに焦点があってねえし、呼びかけても返事がねえ。
乾ききった喉からこぼれる、細い隙間風のような呼吸が、いつ止まってしまうかと恐ろしくてたまらない。
どこへ行きゃあ助けられるか、思いつかねえ。
伯父が助けてくれるわけがねえ。
里の外の叔父は頼りにならない。
親父?何の役に立つんだよ。
今ほど、自分が鬼であることを恨んだことはなかった。
人の病院に連れてきゃいいのか?
オニグルイがどんな薬か知らねえ、説明できねえ。
つまり、治療方法が分からねえ。
タクが、おれのタクが死んじまう!!
優しく抱えて歩こうとすると、それだけで腕の中のタクが悲鳴をあげて、体を痙攣するように震わせた。
どうしたらいいんだ。
タクは頑固で我慢強くてプライドが高いから、おれがこんな姿を見たっつったら怒るだろうな。
くそ、苦しんでる姿なんざ見たくねえんだよ、くそ、くそっ。
でも、タクは生きててくれた。
おれ以外のやつに抱かれる事を望まずにいてくれて、まだ、生きてる。
タクの弱々しい苦鳴を聞きながら、親父に外への連絡手段を聞くために家に行くと、動かない母親を組み敷いてた親父がおれを見て、目を細めた。
「随分と貧相なおひいさまだな」
「殺すぞ」
「へっ、冗談も通じねえのか」
今のこの状況で、そいつが冗談に聞こえるわけねえだろ、クソが。
「何の用だ?」
「里の外に連絡したい、あと、オニグルイの解毒薬をくれ」
「外に連絡してえなら長のとこ行け、オニグルイには解毒薬なんざねえよ」
「……はあ?」
ボコボコと腹の奥で沸騰する怒りが、そのまま体を突き破って噴きだしてきそうだ。
一言でも口を開いたら、親父に殴りかかってしまいそうで、必死で腕の中で掠れた泣き声をあげるタクへ意識を向ける。
こんな痛々しい姿にさせるために、おひいさまになって欲しいって望んだわけじゃねえ。
「解毒薬があんなら、おれだって使っとるわ」
いつでも猛々しい鬼にしか見えない親父の表情が、くしゃりと泣きそうに歪んで、母親の中に突っ込んでた珍宝を引き抜く。
「まあ一回だけなら、なんとかなるかもしれんが、今のうちに殺してやったほうが、お前にもおひいさまにとっても救いがあるぞ。
お前たちまで、二人揃って狂ってく必要なんかねえだろ」
「……一ついいか」
「あんだよ」
「どうしてオニグルイなんか使ったんだよ」
前に「おれが家を継げば」と親父に言われた事を思い出す。
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でもあの時に親父は「母親が死ぬから、次のおひいさまを見つける」とは言わなかった。
今の発言は、過去に親父が母親の薬漬けをなんとかしようと試したことがある、と言ってるように聞こえた。
殺したくても殺せないから、手放せねえから、壊れた母親と過ごす道しか残ってねえから、一緒にいると。
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