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二、伝えられないまま
15 東鬼 :注意: 人をモノ扱い描写
しおりを挟むおれは〝鬼〟だ。
人ではない、妖っていう生き物なのかも怪しい存在だ。
そんなおれが、人間のタクに本気で惚れた。
おれにとってのこの数日間は、タクが手の中に落ちてくんのを待つ時間だった。
タクが本気で悩んでたから待てた。
おれだけの〝おひいさま〟を得るために待つ時間はひどく甘美で、ひどい苦痛で、毎晩のように朝まで自分を慰めて過ごした。
初エッチの日にセフレを全部切っちまったから、久々にオナホでなんとかしたが、体温のねえ一人遊びはあんなに虚しいもんだったか?って虚しい。
おれがタクに惚れ込んでんのはガチで、タクもおれに惚れてるのは間違いねえ。
それが、人間の世界を捨てるほどの想いかは、まだ分かんねえけどな。
タクがおれを受け入れてくれたら、その後はできる限りタクの望み通りにするつもりだった。
もともと、おれ達みてぇな〝鬼〟には、自分だけの大事な〝おひいさま〟に突っ込める〝腔〟さえあれば、相手が男女どちらでも関係ねえ。
鬼の女、鬼女は産まれる数が少なく、さらにおとなしく子供を産み育てる性格をしていないことがほとんどだっつーから、必然的に他の生物に子供を孕ませることになる。
本性の姿が人の形に似ているから、人を相手に選ぶことが多いだけで、動物や非生物を選ぶ奴だっている。
親兄弟が住む里には、木のうろにガキを仕込んだ奴までいる。
朝から晩まで巨木にしがみついて腰を振ってる鬼の姿を見て、子供心に(こうはなりたくない)と思ったのに、今のおれは相手がタクってだけで、同じ状態だ。
生物非生物問わず相手がなんであっても、子を育む空洞さえあれば孕ませることができる種なんざクソだな。
はるか昔、おひいさまはさらってきて使い潰すのが普通、って時代から考えれば、鬼には生きにくく住みにくく世の中になった。
種族としても小さく弱くなり、人と争わないようになった。
それでもおれは鬼で、人にはなれない。
今は我慢できても、いつかはおれの、鬼の子供を産ませたくなる、本性の姿でタクを抱いて孕ませたくなる。
〝鬼〟であるおれの本性を、そのまま受け入れて欲しい。
だからこそ、タクを力ずくで手に入れたくなかった。
古くから人をおひいさまとしてさらい続けてきた鬼には、望まない相手が望むようにしてしまう手段がある。
相手が男の猛者であろうと、本物の姫君であろうと、先祖伝来の薬〝オニグルイ〟で、鬼の珍宝以外欲しがらない、知性も知能も無くした淫獣にできてしまう、から。
タクに、そんなもん使いたくねえんだ。
おれの生みの母親は人間の男で、親父のおひいさまになることを拒否したせいで〝オニグルイ〟漬けにされた。
育ての親である叔父に、そう教わった。
起きているときは常に、鬼の巨大な珍宝が尻に入っていないと、正気を失ったようにわめき散らして暴れる母親では、我が子が鬼でも育てることができなかったようで、おれは人里で暮らす叔父の家で育った。
叔父は変わり者の黄鬼で「これからの鬼は人の中で暮らさないとね」とよく言っていた。
里で行事があるたびに、親父に呼び出されて鬼の里に行くたびに、家の大黒柱に鎖で縛り付けられた母親を見せられ。
人間の成人男性の手ほどの太さの珍宝の張形を、尻に突っ込んで狂ったように腰を振ってイき狂う姿に、おれは落ち込んでがっかりしていた。
いつか、母親が正気を取り戻して、おれを息子だと気がついてくれる。
そう信じていたかった。
子供が抱くわずかな期待は、精通してから初めて家に帰った時に、狂ったように笑いながら珍宝をねだる母親にまたがられたことで潰えた。
鬼は自分のおひいさまに手を出す奴を、決して許さない。
それがおひいさまから乗っかったのだとしても。
おれの助けを求める声を聞いて畑から飛んできた親父に、おれが半殺しにされている間、母親はけらけら笑っているだけだった。
隣家の鬼が騒ぎを聞きつけて来ていなければ、おれは親父に殺されていただろう。
これが絶望なのか、と思い知った。
鬼をやめることはできねえ。
人が鬼になることはあっても、鬼は人にはなれねえ。
人に近い場所で、人の中で育ったおれは、人にもなれないのに鬼の常識が受け入れられない。
半殺しにされて鬼の里に見切りをつけた。
この先も人の社会に紛れて暮らしていこうと決めたが、おれを丸ごと好きになってくれるやつがいないと、正気を保てないと気がついたのはすぐだった。
体が育つと共に、日に日に強くなっていく性欲に振り回されて、一日中、穴に突っ込むことしか考えられなくなっていく。
鬼が種族として生まれ持つ、性豪と呼ぶにふさわしい性欲を、一人で解消するのは無理だった。
初めて、巨木のうろに珍宝を打ち込み続けていた鬼の気持ちを理解した。
男でも女でも、妖でも人間でも、なんなら動物だって構わない。
おれの珍宝を受け入れて欲しい。
おれのおひいさまになって欲しい。
惚れた相手をおひいさまとして手に入れるなら、おれの本性ごと受け入れて欲しい、そう思っていた時に、タクと出会って……欲しくなった。
すれ違っていた道が再び交わり、タクと両思いだって分かったら、止められなくなった。
おれの気持ちが重すぎて、タクに失踪を選ばせたなら、おれはどうしたら良い?
腹の奥で不安と抑えられない怒りが渦巻きながらその日が終わる。
タクからの連絡を待って過ごした二日目の終わり、なぜかコナカ行政書士事務所の所長の田貫さんに呼び出された。
「申し訳ありませんでしたっ!!」
完璧で見事な土下座と共に差し出された封筒には、東鬼 慶尚の名前が差出人欄に書かれていた。
今の状況では、一番見たくなかった親父の名前だ。
「まさかこんなことになるとは……今ならまだ、間に合うでしょうか?」
全身を冷や汗まみれにして、ツンと鼻を刺して臭いほどの恐怖の匂いをさせて。
おれの顔を見上げる勇気もなく、こっちの反応を伺ってくる狸ジジイの顔は、緊張と恐怖から変化が解けかけて、鼻先が細くとがって毛深くなっていた。
おれの三倍は生きてるって聞いてんのに、こんなに簡単に化けの皮が剥がれて大丈夫なのか?
まあ、詰めが甘くて間が抜けてる種族の化け狸としては、怒り狂う鬼を相手に駆け引きなんざしたくねぇんだろう。
そう思いながら手紙の内容を読み込んで、沸騰してわめき散らしてしまいそうな怒りをどうにか堪えて、言葉にした。
「……おれのタクの居場所、とっといてくれよな」
「もちろんですっ」
人間社会で田貫と名乗っているこのおっさんの本性は化け狸で、人の姿をしているときは文字通りの狸親父だった。
だが、人に変化している時の飄々とした雰囲気を、怒りで理性と変化が切れかけているおれの前で出せるほど、図太くはねえのか。
本能的に、強い相手に弱いのか。
特におれは赤鬼だから、鬼の姿になると他の奴よりもでかくて強い。
さっきから制服がきついってことは、変化が解けかけてんのかもしんねぇ。
ずっと、なくなっちまえばいいと思ってた血のせいで、おれは大事なもんを手に入れ損なうのか。
実際のところ、本性を晒してしまいそうなくれえ、頭に血が上ってる。
人の社会での地位や生きてきた年月の違いなど、生まれ持った能力差の前では紙のように薄っぺらい。
目の前で、怯えから本性を出しかけているこの狸親父は、おれが怒り狂ってこの場で暴れ始めるんじゃねえか、お節介をした化け狸を引き裂いてむさぼり食らう気じゃねえか、と恐れてんだろう。
自分の肩から、熱湯が気化するように蒸気が立ち上ってるのを見ながら、歯をくいしばる。
ここで理性を失って本性を晒したら、身動きが取れなくなるだけだ。
「おれのタクの席、無くしたらガチであんたら皆殺しにすっから、覚悟しとけよ」
「ひっ、わ、わかってますっ、どうかお許しをっ私はこんな大事にするつもりではなくて……」
「黙ってろ、ウルセェ」
「ひぃいっっ」
もう言葉を紡ぐのも面倒だ。
目の前の化け狸は、完全に頭が狸に戻っちまってるし、袖から覗く指先にも細い鉤爪が生えた。
獲物にされると思い込んでんのか、恐怖で縮こまって漏らしてることに気がついたが、今はそんなもんどうでもいい。
警備会社の制服を爪で引き裂いて、今すぐ駆けつけたい気持ちをこらえることに全力を傾けないと、変化が解けてしまいそうだ。
いいや、落ち着け、大丈夫だ。
タクは弱い。
弱い人の中でも、特に体が弱い。
ただ、体が弱い代わりなのか、めちゃくちゃ頑固な上に意思が強い。
あんまり頑固すぎて、何度、力ずくで犯しちまおうかって悩んだかわかんねえ。
おれが見初めたおひいさまが、おれの可愛い頑固なタクが、二日であっさり他の鬼に堕とされるような尻の軽い男なら、はじめっから人間になんざ惚れてねぇ。
自分に言い聞かせて、タクを連れ戻す準備を済ませるために深呼吸をする。
このまま屋外に出たら、間違いなく逮捕、いや、化け物扱いされる。
田貫と名乗る化け狸を追い出して、呼吸を整える。
自分の姿が、ちゃんと日本人の男に見えることをガラスに反射させて確認してから、急いで警備員室へと向かった。
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