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一、片思いから
13 志野木
しおりを挟む変な夢を見て目が覚め、気がつけば枕元のスマホが鳴っていた。
「はい?」
「あーごめん、おれだけどさ、やっぱ寝てたか、玄関、開けてくんないか?」
「ああ」
ゆっくりと起こした体は、かなり軽くなっていた。
しまった、寝ぼけていたから普通に返事をしてしまったけれど「オレオレな詐欺師に知り合いはいない」って言っておけば……あれ?
「通話?」
切ってから気がついたけれど、俺は東鬼のスマホらしい番号もメアドも知らない、そして見直した画面には知らない番号が表示されている。
寝ぼけて知らない番号に出るとか、俺はなにをやっているんだ。
朝、カーテンを開けた窓の外は、いつのまにか夕焼け空だった。
「……帰ってくるの早くないか?」
もしかしてサボって帰ってきたのか?と思いながら玄関を開けると、いつものカバンを持った東鬼が……ずぶ濡れで立っていた。
雨でも降ったか?と足元と空を見上げるけれど、夕焼け空は雲ひとつない快晴だ。
「ただいま」
「……おかえり?」
ハアハアと息を荒げて、なぜか両腕を広げて迫ってくる東鬼だが、すごく汗臭い。
もわっとした熱気を全身にまとっていて、まるで炎天下のサーキットで走った後のようだ。
「とりあえず、シャワー浴びてこいよ、臭いぞ」
「……!?」
なんで、ショックを受けたような顔をするんだ?と重たくて痛い腰をさすりながら考えた。
東鬼がシャワーを浴びている間に、机の上に買ってきてもらった惣菜を広げる。
おにぎりが六個……って、多いな。
まだ胃痛は治っていない。
食事を買ってきてもらったけれど、つまむくらいしかできそうにない。
東鬼が選んできた、揚げ物は少なくて和惣菜と野菜系ばかりのスチロールトレイを見て、顔が緩む。
なんだかんだで、あいつは俺のことを見てるな、と思ってしまって、嬉しい。
さすがに惣菜を見てニヤニヤしているのは、自分でも気持ち悪いと思ったので、二人分の取り皿と箸、あとはお茶は……作り置きがないから、パックで作る温かい緑茶でいいか。
趣味の車いじりに金がかかるので、普段の俺は節約も兼ねて麦茶と緑茶で過ごしている。
昼も自作の弁当だ、大抵中身が茶色と白で埋まっている。
俺が食べたいと思う、作れる料理なんて、油の使用量が少ない手抜きで簡単な和食ばかりだから、そんなところも元カノは不満だったのかもしれない。
辛いもの、揚げ物やイタリアンとか焼肉とか、消化に悪い食事はしたくないって言い過ぎたか。
でも、消化不良で腹が緩くなるから譲れないんだよな。
惣菜を皿に移して電子レンジに入れ、電気ケトルが湧いてお茶の用意ができた頃、東鬼が頭を拭きながら出てきた。
「買ってきてくれてありがとな、食べられるようにしたけ、どっ!?」
一瞬振り返って声をかけてから、座卓上に視線を戻すと背中に熱気を感じて、体に回された腕の弾力と力強さを感じた瞬間に、胸のどこかでキュウッと音が鳴った気がした。
や、なんだよ、これ。
心臓がおかしい。
頼む、気がつかれるの嫌だ、心臓、これ以上暴れないでくれよ。
「な、なに?」
「悪かったな」
「何が?」
「いや、さっき、臭いって……」
「??、なんの話かわからないんだけど」
「あー、汗臭くてごめん」
「俺、お前の汗の匂いは嫌いじゃないぞ?」
「え……でも、さっき臭いって」
「食事するのに、汗だくは無いだろ?」
「あー、そういうことな」
なんだ、おれの勘違いかー、と深く息を吐いた東鬼は、背中から俺を抱きしめたまま動かない。
昨日、もっとすごいことをしたのに、心臓が暴れてうるさいから離して欲しい。
抱きしめられただけで、心臓が口から飛び出しそうなほどドキドキしているなんて、知られたくない。
「なんだよ」
「シたい」
「は?何を?」
「突っ込まないから、タクの肌に触れたい」
……もしかして、俺は意識せずにやる気スイッチでも押してしまったのか?
昨日あれだけ何回も出したってのに、一日で復活したのか?
さすが絶倫鬼畜な東鬼、俺には真似できそうにない。
タフすぎる。
「いや、俺は無理かな、今日は勃ちそうにない」
ここは諦めてもらうしかない。
自分でする時だって、月に二、三回で十分だ、体調不良もあるのに二日連続なんて無理だ。
「……握ってくれるだけで良いから」
「へー、お前は俺をオナホ扱いするのか」
「あ、え、いや、そうじゃねえよ!」
「それなら今日は自分でなんとかしろよ、俺は気分じゃないし、まだ体もしんどい」
しょんぼりとしてしまった東鬼の、盛り上がった背中を平手で叩いて「食事にしよう」と誘ったら半泣きの顔で頷かれた。
背が高くて筋肉質なごっつい男なのに、行為を断っただけで泣きそうな顔をするなよ。
なんだか自分が極悪人になったような気がして、思わず口を開く。
「元気になったら付き合ってやるよ、でも一晩で何回もしないぞ。
毎回倒れてたら仕事に行けなくなる」
「や、約束か?」
「……うん」
一瞬で機嫌がV字回復したらしい東鬼の背中を見ながら、早まったかな、と後悔した。
このままだと、本気で尻穴を開発されてしまいそうな気がする。
夕食を終えて、軽くシャワーだけを浴びる。
まだ湯船に入ると熱がぶり返しそうな予感はするが、寝汗まみれのままで過ごしたいとは思えない。
何よりも東鬼が一緒にいるのに、汚くて臭いと思われたくない。
頭をタオルで拭いていると、ふっと目の前が暗くなった。
目の前に、大きくて暖かくて大好きな人がいる。
こいつが俺の部屋にいるのが、嬉しい。
「貸してみろよ」
「自分でできる」
「いいから」
タオルを取られて、小さい子供のように髪の毛をわしゃわしゃと掻きまわされた。
こいつ、人の面倒見るのが好きなタイプなのか?
東鬼の力強くて太い指が気持ち良い。
「タク」
「なんだ?」
「……」
首にタオルをかけ、冷蔵庫から作り置きの麦茶を出していると、背中に声がかけられた。
顔を向けないまま返事をしたけれど、それから東鬼が無言になってしまったので、振り返る。
「……」
「……?」
真面目な顔をして無言で見つめられ、反応に困っている俺の手をとって、東鬼が膝をついた。
「志野木 丘さん、好きだ、一緒に住もう、これから先ずっと一緒にいたい」
「……」
なんでこいつは、いつも猪突猛進なんだろうか。
もっとロマンティックにしろとは言わないが、風呂上がりにちゃー飲むかーってところで言い出す話題ではないだろうに。
しかも婚約指輪を差しだす代わりに、その手の中にあるのはスマホだからな?
俺じゃなくてもイエスって答えづらいだろうよ。
「……」
なんて返事をしたら良いのだろう、と悩みながら、手に持ったままのマグカップに冷たい麦茶を注ぐ。
腹を冷やさないように、麦茶のカップを電子レンジに突っ込んでから、ふと、夕方のことを思い出した。
「スマホ、登録して良いか?」
「っ、おう、登録してくれ……タクのもこっちに送ってくれないか?」
電話してきたくせに何を言ってんだ、と思いながら膝をついたままの東鬼からスマホを受け取ると……中身がまっさら状態だった。
アプリの並び方がどう見ても初期状態で、まるで購入したての新品だった。
「今まで、スマホを持っていなかったのか?」
「あー、その辺は説明が難しいんだが、まあ、そうだ」
その一言で気分が上を向くんだから、俺は単純だ。
これまで東鬼がパソコンのアドレス(だと思う)以外を教えてくれなかったのは、持っていなかったからなのか、と。
現実的に考えれば、今のご時世にスマホを持ってないなんておかしいし、嘘だ、と思う方が簡単だ。
それでも昨夜の幸福な気持ちが胸に舞い戻ってきて、許しても良いかなと思ってしまう。
「なんで今まで、言わなかったんだよ」
「いや、スマホ持ってないって、恥ずかしくて」
「働いてるんだから買えば良いだろ」
「取り上げられて、おもちゃにされるんだよ!」
誰にだよ、と思いつつ、東鬼の部下兼同僚のおっさんたちのことを思い出す。
うん、やりそうだな、と。
東鬼がおっさんたち以上にスマホなどの機器を扱い慣れていないとは思わないが、それでもおっさんたちに翻弄されそうな気はする。
こいつは頼り甲斐があるから、人をまとめる立場を押し付けられやすいし、本人もまとめることができてしまう。
でも、これまでの付き合いでは、自分から上に立ちたいタイプではなさそうだとも感じていた。
向き不向きじゃないんだよな。
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