【R18】I've got a crush on ogre

Cleyera

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一、片思いから

09 志野木

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 帰りに寄ったスーパーで安くなっていた鶏胸肉と、フルーツ果汁入りの缶チューハイを二つ買って、バンバンジーもどきで酒に逃避しようと決めた。
 完璧なやけ酒の気分だ。

 体が弱いだけでなく酒にも弱い俺は、飲酒は嫌いではないけれど二日酔いになる可能性が高いので、滅多に飲まない。
 でも今だけは酔いつぶれたい気分だ。
 今日は金曜日だから、週末の二日間を二日酔いで寝込んでも、月曜までには復活できるだろう。

 まずは鍋にたっぷりと中華風のだし汁を作り、沸騰したところに胸肉を入れて火を消す。
 鍋をタオルで巻いて保温し、放置している間に、風呂に入ったり洗濯物を片付ける。
 一時間ほどの余熱調理で芯まで火が通った胸肉を取り出し、火傷に気をつけながら手で細かく裂く。
 ラー油を一垂らしとすりゴマ、だし醤油に冷凍しておいた刻みネギをたっぷり。

 車いじりの趣味に金がかかることを除けば、俺はたいていのものをこの味付けで食べられる、安上がりで家計に優しい男だが、元カノには不評だった。
 料理が嫌いだというから、脂たっぷりの外食から逃げるために手料理を振る舞ったのに「お爺さんみたいな食事の好みしてるのね」って失礼すぎることを言われたっけな。
 好き嫌いじゃなくて、焼肉や、脂多めの肉塊、揚げ物ガッツリ系を食べると、腹が緩くなるから苦手なだけだ。

「いただきます」

 鶏胸肉の山盛りネギ乗せと、叩いたキュウリにチューブ入りの味噌だれをかけたものが今日の夕食。
 肉を取り出した後のだし汁で、フリーズドライのたまごスープを作る。
 白飯は、まあ、なくてもいいかな。

 二つ合わせてバンバンジーもどきの完成だ。
 鶏肉ときゅうりの合体は胃袋の中でやってもらうことにする。
 肉の旨味が出ただし汁の残りは、冷めてから冷蔵庫へ入れておけば、明日以降のスープのベースとして使える。

 ラー油でピリ辛の胸肉をつまみ、甘い味噌味のキュウリをかじり、チビチビと舐めるように一本目の缶チューハイを傾ける。
 三分の一も飲んでないのに超気持ちいい~と頭がふわっふわしてきたあたりで、玄関のチャイムが鳴った。

 夜に俺の家を訪ねてくる人は東鬼シノギしかいない。
 酔いが回ってご機嫌になっていた俺は、それを考えもしないで玄関に出た。

「はいー」
「あのさ……え、タク?酔ってんの?」
「んー?ん、ん?」

 「ええと?そうだけど、何の用?」と聞くと、東鬼がぐっと喉を詰まらせたような音を立てた。
 プルプル震えて「なんだこれ酔っ払ってんの可愛いっつーかあざとい、まさかわざと?でもタクが計算でんなことするわけねーし」とモゴモゴ言っている東鬼を見ている内に、すごくイライラしてきた。

 俺は何の用?って聞いているのに、なんで答えないんだよ。
 東鬼の太い手首を掴んで家の中に引きずり込むと、強引に部屋まで連れていく。

 立ったまま缶チューハイをあおって、フゥと息をつき、文句を言ってやろうと振り返ったら、その場でラグの敷いてある床に押し倒された。
 後頭部に回された東鬼の手が、俺を気遣っていると教えてくれる。

 立って歩いたせいか、酔いが一気に回ってクラクラして、蛍光灯の明かりを浴びる東鬼から後光が差しているように見えた。
 神がいる。
 神々しいほどにかっこいいなんて、東鬼は俺の神様だったのか。
 きっと筋肉神にちがいない。
 俺に健康な体と筋肉を分けてくれるんだろうか。

んんぅカッコよすぎるぅ
「んだよこれ、くっそ可愛いとか、狙ってんのかっ」
んん?かわいいって?
「なんなんだよまじで幼児退行でもしてんのかよ、んなエロい顔してっ」
んー?エロいってなにがー?

 東鬼が何を言っているのか良く分からないけれど、全身を抱えるように覗きこまれていると、すごく幸せな気持ちになったので、分厚い胴体に腕を回して、ぎゅっとしがみついた。

 うーすっごい気持ちいい、落ち着くー。
 筋肉分厚くて体温高くて汗臭いの最高だ、東鬼の匂いだー。

「ん……あせのにおいする、すごいすきぃ」
「っ!!」

 東鬼の汗の匂いは、サーキット通いをしている内に覚えた。

 普通に公道を走るのと違って、サーキットでの走行は体にものすごい負荷がかかる。
 つまり、汗だくになる。

 速度を落とす原因にしかならないから、真夏でもサーキット走行中にエアコンをかけないのは常識だ。
 安全のために窓は開けてはいけない。
 サーキットによって多少の違いはあるかもしれないが、フルフェイスヘルメット着用が義務で、服装も上下共に肌の露出禁止でドライビンググローブも必要だ。
 人によってはドライビングシューズも用意する。

 そんな灼熱地獄の車の中で、本格的に走り込む人だと、一夏に十キロ以上痩せてしまうなんて聞いたこともある。
 俺は汗をかきすぎて、軽めの熱中症になって倒れてから、夏は走行練習だけでタイムアタックをしないことにしている。
 集中しすぎて、体調不良に気がつかなかったなんて、二度と経験したくない。

 虚弱な俺と違い、汗だくになって車を走らせる東鬼は、ものすごく格好良かった。
 男臭いのは嫌いなのに、なぜか東鬼の匂いだけは嫌じゃない。

 東鬼の汗の臭いを胸いっぱいに吸い込みながら、酩酊した頭では何も考えられず、しあわせぇ~と溶けていると、顎を持ち上げられた。
 下にいる俺には、光背を背負っている東鬼の表情が見えないので、しっかりと顔を見上げようとしたら、顎を押さえられたままの口がぽかりと開いた。

「……くそっ」

 獰猛という言葉がぴったりの勢いで、口の中にぬるぬるとしたナメクジのようなものが押し込まれる。

「んーっ!、ぅんーっ?!」

 なんだ!なにが起きてるんだよ?!としばらく呆然として、東鬼とキスをしていることに気がついた時には、顔中が汗と唾液でベタベタになっていた。
 やけに暑いと思ったら、酒が入っているから体温が上がって、汗をかいているようだ。
 他人の肌がむき出しの腕に貼り付くのは不愉快なはずなのに、汗で滑った時に自分のものではない体温に快感を覚える。

「……タッくん、すき、だいすき」

 酔っ払いの戯言だから、今ならきっと、言える。
 そう思った通り、口からポロリと言葉がこぼれた。
 いつも素直に言えたら良いのに、と思ったら目の前がぬるく滲みだした。

「すき」
「ああ、くそっ、なんだよタク、泣くなよ。
 おれも好きだから、泣くなって」

 好きだから泣くなとか意味が分からない、と言いたいのに勝手に喉がヒクヒクと震えて、小さな子供のようにしゃくりあげてしまう。

「ごめ、よってる、からっ」
「うんすげー酔ってるな、こんな風になるって知らんかったし、酒は飲めないって言ってたから誘わなかったのに、缶チューハイ半分でこんな可愛くなるとか反則だろ」

 また可愛いとか、何が?と思わず顎を上げて見ると、ああもうそんな目で見んなよ、これが据え膳なのか、喰っちまって朝になって記憶ないとか言われたら死にたくなるぞ、どうしろってんだよ、とかモゴモゴ呟いていた東鬼が、俺の首元に頭を埋めた。

「恋人が可愛くて禁欲生活がつらい」
「こいびとっておれ?」
「他にいるわけねえだろ!」
「……」

 俺には良いところがない。
 虚弱で貧弱なもやしの同性愛者で、臆病な卑怯者で、東鬼に釣り合うところなんて一つもない。
 ……それでも、東鬼が望んでいてくれる間だけでも良いから。

「タッくん、シよ?」

 肩越しに、東鬼が喉を鳴らしたのが聞こえた。
 
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