【R18】I've got a crush on ogre

Cleyera

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一、片思いから

01 志野木

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 :注意:

今作は〝ミスルトーの下で〟〝マグロとヘビ〟と登場人物の重複があります
14話目以降が不穏です、残酷描写は削りましたが、自己判断でお願いします
人外にオリジナル設定を含みます、創作であることを御了承下さい
登場人物たちの口が悪いです、暴言吐きます
男性妊娠、お披露目、公開プレイに関する発言はありますが、描写はありません
巨根(フィスト並み)がキーワードにありますが、具体的な拡張の描写はありません(諸事情)

菩薩の心をお持ちの方は、よろしくお願いいたします
残酷は無理!な方は、12話までなら大丈夫です(※なシーンもあるよ)

 よろしくお願いします



  ◆




 
 ほら、とナットを差し出してきた男の大きな手は、俺と同じように黒く汚れていた。

 目の前で笑っている男は、俺の内心なんて知るはずもなく、呑気に朗らかに笑っている。
 ……こいつの笑顔を見ていられるだけでいいんだ。
 恋人になりたいとか、この恋心に気がついて欲しいとか、考えたらいけない。
 頭では理解しているのに、心が悲鳴をあげる。

「来月の休みもサーキットくるか?」
「ああ」
「今日もいつものラーメン屋に寄ってから帰るよな?」
「ああ」

 サーキット用のスリックを公道走行用のラジアルに変えながら、男の言葉に相槌を打つ。
 全神経を男の声に向けていると、とても情けない気持ちになるのに、この上なく幸せだ。
 手元のトルクレンチをカチカチ鳴らしながら、こんな上の空でタイヤを交換していて、帰宅途中でタイヤが外れたら無様だろうな、と他人事のように考えた。

 俺たちよりも軽くひと回り以上は上の世代で流行った、峠を違法改造車で攻めるとか、港湾でゼロヨン走行、なんて今はできない時代だ。
 違法改造車や二輪車の取り締まりは年々厳しくなり、違法改造の車両への世間の目は冷たくなるばかり。
 合法の改造範囲内の車に乗っていても、街中で向けられる目は冷ややかだ。

 そんな流れに逆らうように、俺はサーキットを走ることに傾倒している。

 タイムアタックメインのグリップ走行しかできないけれど、車ごと吹っ飛びそうな中で、壊れるのではないかと思うほどに震えるハンドルを押さえ込んで、つま先の感触を頼りにアクセルとクラッチを踏みながら、頭の中で思い描く通りに車を走らせるのは、ものすごく楽しくて大変だ。
 プロのライン取り、ハンドル捌きやペダルワークを、素人が真似できるわけがないとしても。

 一度、試してみたいとは思うけれど。
 練習の場がないのに、ドリフト走行なんてできない。
 どう操作すればドリフト走行になるのか、原理はわかっていても、技術が伴わないので即スリップしてクラッシュするだろう。
 金銭的な理由もあり、練習しようとは思わない。

 七、八十年代ならともかく、昨今のハイテクを満載した車の改造できる範囲など、たかが知れている。
 素人ができることなんて、ほとんど何もない。
 何もかもをコンピュータで制御された車は、改造車好きの心を遠ざけていると思うし、玄人の手でさえも扱いにくいのかもしれない。
 だからカスタマイズよりも、ドレスアップが流行るのかもしれない。

 そんなことを考えながら、男と再会した時のことを思い出した。



 就職してすぐに、少し無理をして、状態の良い中古車をローンで手に入れた。
 半年前、社会人生活も二年目に入って、月々で自由になる金の把握もできたことで、定期的にサーキットに通う余裕ができた。
 その頃には、素人が合法の範囲内でチューンナップすることに限界を感じていた。
 フルで働きながら、プロの整備士の技術や知識を手に入れるのは無理だ、とも。

 自分で今以上に手を入れることを諦め、本格的な足回りに変えようかと訪れた、愛車を合法範囲内で改造してくれるカスタムショップで、男に出会った。
 いいや、再会してしまった。

「あれ、おまえ志野木シノギか?」
「……」

 入店してすぐ、男の顔を見た瞬間に、学生時代の姿が脳裏をよぎった。
 一番会いたくなかった奴に、どうしてこんなところで出会うのか。
 こいつが車好きなんて、聞いたことなかったのに。

 健康的に日焼けした彫りの深い顔。
 短く刈り込まれた黒髪。
 詰襟の学生服のボタンは上から二つが外されて、時折覗く喉仏が動くのを見られることが、何よりも楽しみだったことを思い出してしまった。

 同級の男は、あの頃よりも筋肉がついて、服の上からでもわかる大人の体になっていた。
 短い黒髪はそのままでも、髪型はもっと大人っぽいクルーカットで、ボタンが外された濃紺のポロシャツの喉元には、あの頃ときめいた喉仏が見えている。
 縦にも横にも幅のある分厚い体は、学生の頃よりさらに背が高くなり、たくましくなっていた。

 いい意味で成長した男の姿は、無理して努力して付き合っていた異性の恋人に、手厳しい意見とともに捨てられて、やはり同性しか愛せないのだと思い知り、鬱屈した気持ちを抱えていた俺には眩しすぎた。

「おれのこと覚えてないか?
 東鬼シノギだよ、高校の二、三年で同じクラスだったろ、ほらよくお前と名前似すぎ!つってさ間違えられただろ?」

 覚えているかって?
 ふざけるなよ、ずっと忘れたかったのに、どうして再会してしまったのか。

 俺の名前は志野木シノギ タカシ
 こいつの名前は東鬼シノギ 堯慶タカヨシ

 文字に書けばまったく違うのに、声に出してしまうとひどく似ている、そんな男のことなんて、忘れてしまいたかった。

 初めは喧騒の中で名字を呼ばれるたびに、自分のことなのかこいつのことなのか、判断できずに苛立った。
 内心で苛立っている俺に気がついてないのか、この男はいつもヘラヘラと笑って「二人でお笑いコンビやろうぜ」とか呑気なことを口にしていた。
 友人でもなかったのに。

 そうだ、なんて、存在しない。
 こいつと俺の接点は、ただの名前の発音が似ているクラスメイト、ってことだけだった。

 ずっと能天気すぎる、と苛立ちを覚えていたはずなのに、いつからかこいつの姿を目で追うようになった。
 東鬼と志野木、文字にすれば赤の他人なのに、口にすればあまりにも近い。

 だから、近づきたくなかった。
 忘れてしまいたかった、同窓会にも出なかった。
 ……こいつが、俺に、同性への明確な恋心を、初めて抱かせた男だから。

 頭では、中途半端な知り合い以上、友人未満の関係を続けてはいけないと理解している。

 同性を好きになってしまう俺と、同性を恋愛対象にしない男。
 叶わないと知っている願いなのに、この先があるのではないかと期待してしまうほど、こいつはいいやつだ。

 いっそのこと、酒で潰して一晩の行為に及ぼうかと思ったこともあるが、俺は安い缶チューハイ一本あれば二日酔いになってしまうから、二人で飲むという選択肢がない。
 生中一杯で酔いつぶれたことがあるとか、知られたくない。

 再会した男に、アパートの場所を知られてしまってからのことは、思い出したくない。
 何が楽しいのかしょっちゅうやってきて、次はいつ休みなんだ、次はいつサーキットに行くんだ?とうるさい。
 サーキット通いは、金も時間もかかるから毎週行くものじゃない。

 ……違う、これは言い訳だ。
 頼むから、もう振り回さないでくれ。
 お前との間に未来があると勘違いしたくない。

 そう考えてなおざりな対応をしていたことが、男のカンに障ったらしい。

 サーキットから戻り、借りているガレージにスリックタイヤと携行缶を降ろし、車を置いて、1Kのアパートに戻ってきたことで気が抜けていた。
 いくら四点式のベルトで体を固定していても、サーキット走行で体にかかる重力加速度は公道走行の比ではない。

 普段なら玄関で挨拶して帰る男が、室内に入ってきたことを、おかしいと思わなかった。
 疲れて油断していた。

「なあ志野木」
「……なんだ?」

 なんで、こいつが家の中に?と思うと同時に、視界が男の体で塞がれて世界が回った。
 背中にベッドのマットレスが当たるが、背に回された手で勢いをころされたのか、痛みはない。
 目の前には煌々と光るシーリング、逆光になった男の顔。

「な、んだ?」

 驚きで硬直して、もう一度声を上げる俺を、影になった男の瞳が見下ろしているのを感じた。

「……気に入らねえ」
「……っ?」

 普段まったく他人の悪口を言わない男からの、突然の言葉に固まっていると、男が唇を片側だけ吊り上げた。
 犬のように鋭く尖った犬歯が覗くと、凶暴で獰猛さを感じる表情に見えた。
 男が怖い、とはじめて思った。

「そうやって、自分には関係ないみたいな顔で澄ましてるところとか、本当に腹がたつ」

 言われている言葉の意味がわからない。

「何を言って……っ」

 男の言葉の真意を知ろうと震えそうになる声を発すると、下半身に痺れるような刺激が走った。
 視線を下げてみれば、男の手が俺の股間へと伸ばされて動いている。

「な、何してるっ!?」
「んー、強姦?」
「は??」
「だから、お澄まし顔の志野木シノギ東鬼シノギが食べるんだよ、ってオヤジギャグか?」

 意味がわからない、いいや、言葉の意味はわかるけれど、ごく普通の異性愛者である(と考えられる)男が、俺にそんな猟奇的なことを告げる理由が分からない。
 混乱して動けないでいると、両腕をまとめられて頭上で押さえられた。
 手首に触れる手のひらは分厚く、指先は硬くなって荒れている。

 ちょっと待った!
 がさがさした指に触れられて、ときめいてる場合じゃない!!

「おい、待てよ、やめろ、なんでこんなことをするんだっ」

 俺は同性愛者かもしれないが、マゾじゃない。
 好きになったらいけない男を一方的に好きになっただけで、犯されたいわけじゃない。

 何より俺には同性との性交経験がない。
 恋人だった女性の協力で経験自体はあるが、彼女との行為は自慰の延長線上だった気がする。

 こんなのは、望んでない。
 
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