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35 山エルフ
しおりを挟む「フェンシック様、お待ちください!」
長い外套の男性が、慌てたように駆け寄ろうとしたが。
山エルフは、風を撫でるように軽やかに指先を伸ばした。
「待っていなさい」
周囲の人種族たちを、魔法で通訳された一声で控えさせた山エルフは、人種族へ見せられる最上位の盛装を身にまとい、色の濃い杖と額冠で所属を示していた。
山の世界樹は森の世界樹と違う、と聞いていたそのままに、滑らかな樹皮も葉も細く色濃く、見た目は違えども祝福に満ちている。
となれば、このエルフは外交役なのだろう。
人種族を従えて控えさせ、なにをするつもりかと見ていれば、山エルフは私へ向けて正式な礼をとった。
無言で。
エルフの礼儀だ。
こちらから名乗って良いのか?
この場でエルフの様式を通して良いのか?
人種族の階級社会では、目上の者が先に名乗るのが正しいはずだ。
目上の者というのをどうやって見分けるのか、知らないけれど。
まあ、エルフ式で構わないなら、それで良いか。
礼を受けたので、正しく自己紹介しないわけにいかない。
盛装に着替える場所がないので、額冠と杖だけ『収納』から取り出して着用してから、こちらも正式な礼をとった。
【王役を引き受けたエレデティの里の、イェーリンクピロス・ベリュー・ウィステリア・オゥルクゾル・エレデティ・キライヴィェルヴォナラだ】
で、このエルフはどこの誰?
山エルフという事しか分からない。
深緑色の目は、これっぽっちも笑っていない。
なんのためにホーヴェスタッドにいるのか。
私の礼を受けた山エルフは、周囲に見せつけるように口を開いた。
【外交役やってるフェンシックの里のクゼリィ・オルダル・レアンデール・メシェモンドゥ・フェンシック・タルギャロ=スザミィだよぉ。
ちょーっと人種族の泣き言がしつっこくて、絶交宣言が出てるのに、わざわざ遠路はるばるこんな低い所まで来る事になっちゃったのさぁ】
……なんか、うん、分かったかもしれない。
【フェンシックの里のクゼリィ外交役か、よろしく】
【よろしくね、それでここまで会いに来た理由だけど、早く帰りたいから、エレデティの里のイェーリンクピロス王子さまに、手伝いを頼みたいんだよぉ】
やっぱりか。
山エルフは、他の種族を等しく見下している。
……あれ?、見下ろしているだったか。
たしか、山エルフ以外の全てを同族すら含めて、どいつもこいつも幼子扱いしてくる、みたいな話だった気がする。
口が悪い爺様が【あやつら、低い場所に住んでる種族はめごい扱いしよる】と言ってた。
母は【住む場所が違うだけ】と切り捨てていたし、父は【どこも同じ】と呟いていたけれど。
とりあえず、早く帰りたいという事は伝わった。
むしろ個人情報除いて、それしか言ってない。
「フェンシック様」
【ほーら、この子たち大人しく待てもできないんだよ、絶交の意味が分かってないの!、面倒みきれないよー、ほんっと今すぐ帰りたいぃぃぃ】
住んでいる場所と同じように、山ほど高い郷土愛を持つらしい山エルフの、半泣きとか見せられても困る。
フェンシックの外交役クゼリィの機嫌は最悪か。
家に帰りたい、と初対面の私に駄々をこねるほど。
里が必要だと判断したから、解決しないと帰れない、のか。
人種族を嫌っているわけではないのだろう。
大抵のエルフは里と世界樹が大好きだから、何日も外泊したくないー、遠くまで出張行くのいやだー、なのだろう。
気持ちは分かるが、私の一番大切はブレーなので、協力は最低限しかするつもりはない。
クゼリィ外交役は私よりも若く見えるが、外交役を引き受けているだけあり、公私はしっかり分けているようだ。
少なくとも、人種族に「おうち帰りたい」の泣き言と愚痴を理解させない点は、評価しよう。
私の知っている外交役の仕事は、人種族に友好的な態度をとる、くらいだ。
一人で仕事してくれ、と思いつつも、両親を巻き込んでしまった諸悪の根源である私が、そんな事を言える訳がない。
肩書きとか責任とか、本当に面倒臭い。
【私に何を手伝わせたいのか、フェンシックの里のクゼリィ外交役よ】
【わー助かる、とりあえず、流出した精霊石を特定する手助けが欲しくてねぇ。
一人だとちょーっと色々ときつくってさぁ】
思いもよらない所から仕事が入ってきた。
母からも同じ事をやれと言われているけれど、正式に外交役の仕事になったのかもしれない。
これは人種族との関係を絶っていても、解決しておかなくては不味い事だからな。
と言うか、クゼリィ外交役一人でシンネラン国の全土をなんとかするのか?
外交役とは、なかなか厳しいな。
【それは、三流魔法師の私でも手伝えることか?】
「もちろん、エレデティの里のイェーリンクピロス王子」
唐突に通訳魔法を発動させたのは、周囲に聞かせるためだろうというのは、考えるまでもなかった。
どこにでもいるおじさんエルフを捕まえて、王子呼びするのは本当にやめてもらえないだろうか。
自己紹介で王子だとか言いたくない。
人種族向けの挨拶は、これまでと同じように名前+里の名だけにしておこうと決めた。
「フェンシックの里のクゼリィ外交役、私は王族として要とされる助力以外はできない」
私が王族として個人的に働く事は受け入れても、必要以上に引っ張り出されるのは困る。
ブレーの側から離れない。
絶対に。
と伝えておく必要性を感じた。
言葉にしなくても、ぴったりと今にも触れんばかりに寄り添っている姿を見れば分かるだろう。
森の世界樹がブレーを認め、枝を与えた事を、感じとれない訳がないのだから。
「……了承した、後は任せるよウトマルケッツ」
「はい、フェンシック様」
私に向けて、もっと動いてくれよぅ、お願いぃ、と視線で訴えてきたものの、クゼリィ外交役は素直に引き下がった。
人種族の国に来てどれだけ経つのか知らないが、郷愁病にかかっているのかもしれない。
貴方が早く帰りたいように、私もブレーの側を離れたくない、と訴えた事は正解だった。
王族としての仕事を減らしたければ、外交役の共感を得られるように訴えろ、と父が言っていた通りだ。
策を練らせたら父はすごいからな。
長い外套をばさりと跳ね上げて、普人族の男性が腰を折った。
「シンネラン王国で外務外交官を拝命しております、アーデル侯爵バル・ウトマルケッツと申します」
あー、そうそう、これだよ。
これが人種族の挨拶だよな。
肩書きと名前の他に、よく分かんないやつがくっついてくる名乗り。
がいむ外交かんってなんだろうな。
私たちの言う外交役とは違うのだろうけど、人種族ってそういうの説明してくれないんだよ。
今までに読んだ本も、あんまり役に立ってない。
こうしゃく、ってのは人の国で偉い人って事だろう?
アーデルはどんな意味?
えーと、これって次は私が名乗る流れか。
人種族に合わせて、肩書きと名前と里の名前だと。
「王の子、イェーリンクピロス・エレデティ」
「拝謁の機会を頂き感謝致します、単刀直入に申し上げます、我らは此度の件を人類存亡の危機であると重く見ております、一度、会合の機を願えませんでしょうか」
周囲に人がいる前で〝精霊石〟や〝精霊石もどき〟と口にしない。
つまりこの人は、もどきとの違いを知っている偉い人だ。
がいむ外交かん、それはどういう立ち位置なのか、と思いながら、ブレーに視線を向け、頷いてくれたのを見てから口を開いた。
「私たちは旅装を解いてもいない。
明後日、また来るが良い」
「畏まりました、失礼致します」
……王子の肩書きのおかげか?
ものすごく簡単に話が終わった。
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