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閑話 副業
しおりを挟む人種族の国に住んでいるエルフのイェーリンクピロスには、趣味と実益を兼ねた副業がある。
副業とは言え、金銭報酬を産むものではない
さらにイェーリンクピロス本人は、副業になっている事を知らない。
正確に言えば、それを行うことでエルフの里からの援助を受けやすくなる趣味、とでも言おうか。
その趣味は、読書だ。
事の初めは、イェーリンクピロスが人種族の街ホーヴェスタッドで読んだ本に感じた疑問を、手紙に書き連ねて両親に送った事。
これこれこういう本を読み〝人種族の考えとる事がよーわからん、教えてくれ〟くらいの軽い手紙だった。
手紙を読んだ両親も、人種族の価値観を知らないため返答に困り、外交役の里へ相談という形で手紙が送られた。
イェーリンクピロスは、子を心配する親が疑問に答えようと全力をもって情報を集めようとする事態を、想定していなかった。
当時、初めてを捧げられたシュモクロス氏が喜び勇んで、物理で押しつぶされて記憶が飛ぶ日が続いており、余裕がなかったともいえる。
そして外交役の里では〝エレデティの里長から手紙が届いたが、人種族にそんな風習あるとか知らんけど?〟となり。
外交役が人種族の国に滞在して、実地研修をする必要性が話し合われた。
数年おきに、無作為に選んだ人種族の国へ様子を見に行き、普段は遠くから見守っていてはいけないのだろうか、と。
当時の外交役の里の者たちは、頭を悩ませた。
基本的にエルフは里の外に出たがらない。
そういう種族だ。
引きこもりではなく、郷土愛が強すぎて。
他のエルフの里の先達の元へ弟子入りしたり、嫁入り婿入りならともかく、人種族の国は遠すぎる。
日帰りならともかく、年単位で出張が必要な実地研修なんて、参加したくない!
外交役を引き受けていたエルフたちも、そう考えた。
実地研修の案は不可避なのに、全会一致で却下したい、だった。
けれど、役目を次に引き渡した時に手付かずの案件を残しておくと里の名が落ちる。
他の里のエルフたちに、あそこの里のやつらは駄目だ、と言われてしまう。
そのような事態は見逃せん。
うちの里は、一番やで!
エルフは自分の里が大好きなんやで!
家族と家族の住んでる場所をいっとう愛しとるんや!
と奮起したエルフたちの話し合いの結果、イェーリンクピロスは知らないうちに人種族風土風聞の情報収集役に任命された。
どんだけ話しあってもやっぱり外に出たくないので、情報収集は外にいるエルフに任せてしまえ、と。
どうしても必要な時は、外交役の里の誰かを派遣するけれど、それ以外はイェーリンクピロスに任せよう、となった。
里に戻ってきた時にでも息子さんに伝えといてくださいね、と軽く伝達されて。
帰省時でいいのか、と両親は人種族風土風聞の情報収集役に任命された事を手紙に書かず、その後、伝えたつもりになってしまった。
両親から、イェーリンクピロスから聞いた事が外交役の仕事で使えた、と褒める手紙が届き。
その頃、イェーリンクピロスは思っていた。
……驚くほど、手紙に書く話題がない、と。
日々が平穏なホーヴェスタッドでする事は、いつも同じ。
シュモクロス氏に甘やかされているので、やりたい事しかしていない。
やりたい事だけで暮らせてしまう。
食材を買い、料理し、本を読み、草を取り、金を稼ぎ、酒を造り、飯食って、寝る。
真冬の森で震えながら野営して薬草採取したり、習いたくもない魔法の練習をしなくて良い。
楽園だ。
世界樹の恩恵かな。
このまま、この暮らしがいい。
けれど、手紙に書く話題がない。
里とこまめに連絡をとる必要があると考えていたが、これは手紙の行を埋めるのにちょうど良いのではないか?、と考えた。
自分が情報収集役だと知らないまま。
そこから、こつこつ坦々とした作業が嫌いではないイェーリンクピロスは、調薬と同じようにこつこつ本を読んで、気になる内容を坦々と書き記した。
人種族の本でも、男性と女性が求める本はかなり違うようだ、という性差における嗜好から。
年齢によって買い求められる本の違い。
娯楽本に正誤を求める必要性は無くても、実用書の中身が誤っていた場合、どうなのか。
本を書いているのは、どんな人なのか。
人種族の中でも特異な視点を持っている者なのか。
それともごく普通の一般人なのか。
本を多く読めば読むほど、疑問は湧いてくる。
人種族は頭数が多く、国も多く、流通している本を読むだけでも趣味も嗜好も多様化している事が知れる。
里に送る手紙は、安否報告を除いて疑問文だらけになった。
◆
二百年近くに渡り、長々と人種族風聞の情報収集役を果たし続けていても。
イェーリンクピロス本人は、読書の感想を手紙の体で送っているくらいのつもりだった。
エルフの外交役を受け持つ里は、交代のたびに情報の申し送りを続けて、人種族すげー、人種族パネェ、人種族ちょれー、人種族おそがぁい、と阿鼻叫喚している。
人口の少ないエルフの里では、情報伝達は口伝がほとんどで、本は自作する必要がある。
本を作ったとしても、読んでくれる者を見つけなくてはいけない。
エルフは自叙伝を書き記す代わりに自分の木を育てるので、需要がなければ供給もない。
人の街で、イェーリンクピロスは読書が好きになった。
文字を目で追う事は面白く、くだらなく、わくわくして、興奮して、嬉しくて、悲しい。
時間を作ってもらい話を語ってもらうのではなく、自分が読みたい時に楽しめる事の利便性に中毒性を覚えた。
共感はできなくても、自分の知っている事を精査するのではなく、知らない事を知りたい。
生きている他者には向きにくいが、それがイェーリンクピロスの知識欲だった。
本屋で本をまとめ買いするので、イェーリンクピロスは有名だ。
実用書から娯楽本、果ては児童書や魔術書まで、あるものをあるだけ買おうとするので。
人種族の国で売っている本は一枚ずつ『複製』された紙を装丁したものか、手書きで写本されたものなので、値段が高い。
それをまとめ買いするのだ。
さすがエルフだ、学びに対して貪欲なのか、と陰で言われていても興味はなく。
人社会の風俗や風習に疑問を抱けば、それを手紙に書いて両親の元へ送るという習慣ができた。
〝 私は元気です。
そういえば、===という本を読みました。
この本の中で、人は==で==であるという記述がありました。
エルフも同様でしょうか? 〟
このように、イェーリンクピロスは手紙を疑問で埋めた。
両親から外交役へ転送された疑問は、外交役が日帰り研修で人種族の国へ派遣されて実地で聞き取り、話し、調べられて情報としてまとめられる。
その後、公開できる範囲の情報が両親からイェーリンクピロスへ手紙で送られる。
手紙を受け取ったイェーリンクピロスは、いつも(うちの両親は、さすがなんでも知ってるな)と感心していた。
そんなわけねえよ!、と突っ込んでくれる者が不在のまま、二百年近く。
里と文通をして繋がっているおかげで、魔法道具作りの本や工具の送付が可能と判断されていた事を、知らぬは本人ばかりなり。
今日、イェーリンクピロスは爆買いした中に手書きの艶本を発見した。
こそこそと自室で読み「ええ?、ブレー相手にこんな事できないぃ」とうろたえているのだが。
この数年後に騒動に巻き込まれて王子に任命され、それなら都合が良いと、これまでの情報をまとめた風俗本の執筆を頼まれ、まとめるの楽しくなさそうだから嫌だ、と断った結果。
とあるエルフの里で口伝されていた〝(尻の穴専用)潤滑液〟の処方箋を報酬に引き受けさせられるのは、まだ先の話。
===
8月が終わりますが、まだまだ暑いので、いのちだいじに!
次からは書き溜めて投稿、の予定です
次回投稿は未定ですが、キリの良い所まではなんとか、後生デス、書きたい欲湧き出てこいぃ
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