【R18】付き合って二百年、初めての中イき

Cleyera

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閑話 支部長(四十路独身)の生き様 1/2

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 妖精族のエルフ〝イェーリンクピロス・エレデティ〟に対して、シンネラン王国が禁忌を犯した。
 その結果、人は妖精族に見捨てられた。

 一報がホーヴェスタッドの街に爆発的に広がり。
 その意味を理解できてしまった者は、絶望に膝を折った。


 件のエレデティ氏は、副都ホーヴェスタッドに二百年住んでいる、シンネラン国内唯一のエルフだ。

 もちろん、ただ住んでいる、だけではない。
 複数の職人互助組合からの依頼を受けて自らの生活費を稼ぎ、住人として暮らしていた。

 百年以上前から(副都に簡易依頼受付窓口も含めて百以上ある支部の内で、最大規模を誇る)冒険者組合〝ホーヴェスタッド中央支部〟に出入りしてしている事。
 初心者向け魔物解体講習の講師を引き受けている事が広く知れ渡っている。

 本人は冒険者組合に籍を置く気はないと公言しているが、なにを言ったとしても、百年以上も専任教員のように講習を請け負ってくれているのは事実だ。

 冒険者組合〝ホーヴェスタッド中央支部〟支部長は知っている。

 〝イェーリンクピロス・エレデティ〟の名前に集客効果がある事を、本人は理解していない。
 何度説明しても、理解する気がない。
 講習に集まった人数を見てもなお、理解してくれない。

 彼は自己認識がおかしい。
 彼は自分をどこにでもいる一般人だと思っている。

 歴代の支部長の間で共有され続けている、公然の秘密としての話だ。


 人の国にたった一人のエルフが普通だろうが変人だろうが、周囲には分からないというのに。
 周囲がどれだけ熱くなろうとも、さも当然と(私はどこにでもいる一般エルフですが、なにか?)と澄ました美貌でやり過ごしてしまう。

 実際、やり過ごせてしまっていた。
 これまでは。

 「あんたのいう所の一般の普通のエルフが、人の国で二百年も暮らす理由はなんだ?」と、現支部長の〝ハッタルベイドナ〟が問えば、彼は涼しげな表情をわずかに血色良く緩めて「ブレーがいるから」と惚気るのだ。

 ハッタルベイドナ支部長は胸のムカつきと共に、口からざあざあと砂糖を吐きそうになり、慌てて苦い茶を飲み下し。

 どう考えても、お前ら、あれだ。
 道とか店のど真ん中で邪魔くさい感じでいちゃついてる、爆発してほしくなる系のあれだ。

 と言いたいのを堪える。

 本人に言うのは堪えるけれど。
 ハッタルベイドナ支部長は、時折、無性にそこらの赤の他人であっても良いから、この感覚を共有したくなる。

 お前らが、いてくれる事にありがとう。
 お前らのおかげで、この街は今日も平和だ。
 でも、お前ら見てると涙が止まらん日があるんだよ。
 胸が引き裂かれて、胃が痛くて吐き気止まんねえ日があるんだよ。
 頼むから、もう少し人の歩みに合わせてくれねえかな!?

 そんな感じのことを、涼しげな美貌のエルフとがっちり逞しいドワーフの襟首掴んで、揺さぶりながら言いたい日があったりする。
 胸の奥がしくしく切なくて、酒に溺れる日もあったりする。


 とにもかくにも、冒険者組合後援の公式企画〝初心者向け魔物解体講座〟は、毎回満員御礼で人数制限の整理券が配られている。

 肉を食わないエルフが魔物を解体すると聞いて、好奇心を持った。
 魔物を食えるように解体する技術があると聞いて、利権の獲得を狙った。

 そんな奴らも多い。
 エルフの技術が知れるのならと、わざわざ冒険者になって、ホーヴェスタッドまで講習を受けに来る肉屋や皮革加工の職人まで混ざっているのだ。

 とはいえ浮ついた理由でやって来た大抵の者は、内側から光り輝くような美貌を備えているエルフが、両手を肘まで血まみれにしながら解体作業を行い、手順を語る姿を見て気が付く。
 これが本当の意味で講習でしかない事を知り、己の短慮を恥ずかしく思うまでが定番の流れだったりする。

 さらに講習の後。
 血まみれになっても美しい、と見惚れた愚か者が(講習のたびに毎回迎えに来る)ドワーフの〝ブライト・イマグルン・シュモクロス〟氏とエルフが寄り添う姿を見て、撃沈するまでもお決まりだ。

 迎えに来る前でも後でも。
 自信満々に声をかけてばっさりと切り捨てられる猛者が、毎年一人は存在している事を、みな期待の目で待っている。
 人の不幸は蜜の味なので。

 そう、他人の不幸は蜜だ。
 自分の不幸は、ただの不幸でしかない。

 今、ホーヴェスタッドが激震に襲われ、いいや、シンネラン王国全体が、屋台骨からぐらぐらと揺れている。



   ◆



 冒険者組合、ホーヴェスタッド中央支部のハッタルベイドナ支部長の元に、小鳥の姿した手紙が飛んできて、絶叫をあげる姿が散見されるようになってから数ヶ月。

 広い会合室の中、ぼそりと別人のようにやつれた顔相で、ハッタルベイドナ支部長が呟いた。

「この街、終わりかもしれん」

 げっそりと痩けたほほ。
 目はおちくぼんで、眠れていないのか黒々とした隈を目の下には飼い慣らし。
 剃り忘れの無精髭には白が増え。
 髪の艶もなくなり、心なしか量も減った。

「そりゃねえわ」

 ハッタルベイドナ支部長のここ最近の変化を知りながら、ばっさりと叩き切るような返事をしたのは、木工師、金工師、彫金師、細工師、魔術道具修理師組合の支部長たちだ。

 (初心者に毛が生えた)冒険者相手に、職人たちが渋い対応をするようになったという訴えが増えたので、対応の緩和を求めての会合だったけれど。
 参加してもらいたかった武具修理師、防具修理師、皮革加工師組合の関係者たちには、繁忙を理由に集まってもらえなかった。
 非参加表明からも、職人たちの冒険者への対応は甘くなりそうにないと分かる。

 参加してくれた支部長たちとも平行線の話し合いが続き、疲れたハッタルベイドナ支部長は会合と無関係な事を呟いていた。

「そうそう、シュモクロス氏の工房は新築依頼が出されて、先日完成しとる」
「支払いも終わっとる」
「帰ってくるだろうよ、あのきれーなエルフの御仁と」
「シュモクロス氏がこの街に工房を構えとる間は、心配要らんわい」
「工房だって、今回で建て替え四度目くらいだろうが」

 本題の会合中より、支部長たちの反応が良かった。
 なにより反論し放題だ。

 経年で建て替えたとかそういう問題じゃねえわ!!、と支部長は心の中で喚いて、実際にはぼそりと泣き言をこぼすのが精一杯だった。

「エルフもドワーフも一切の援助をやめる、って明言されてんのに、楽観できるか?」

 初心者への対応が渋いのも、先を見越してだと分かってはいる。
 余裕がなくなる未来しかないので、甘やかせないのは分かる。
 けれど、もう少し甘くして欲しい。
 そう願っての雑談だ。

 話に登ったドワーフの工房の件だが。
 一応、放火ということでお決まり一連の捜査はされたけれど、犯人は見つかっていない。
 ちょろっと付け火して逃げた奴を見つける技術なんぞ、人は持ってない。

 地道な聞き込みを続けるにしても、被害は工房一軒で怪我人はいない。
 周辺の家々に延焼していない事もあり、他の事件を放り出してまで、長々と追いかけ続ける建前がなかった。

 あと、今心配すべきは新築の工房の話ではなく。
 そこに住人が戻ってきたとしても、今まで通りではないだろうという事だ。

 妖精族が見捨てた人の街に、エルフとドワーフが戻ってくる?
 戻ってきてしまったら。
 戻ってくる事を望んでくれたら。
 どうなるというのか。

 国が、また、ちょっかいを、出してこないか?

「そりゃ、大陸規模の話であろうが」
「これまで、わしらがエルフやドワーフからの援助で直接恩恵を受けとるもんは多くない。
 魔術の理論は魔法とは違うで引き上げられんし、魔石の代替になるもんの準備は終わっとる」
「それも知ってるけどな、そーゆーんじゃねえ」

 ハッタルベイドナ支部長の憂いは別件だった。

 
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