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26 再会
しおりを挟む布団の中で百面相していたら、部屋の扉が外から叩かれた。
私が起きた時に遮音結界は解除してある。
「階下にて出立の用意が出来ておりますので、お早めにお越し頂けますでしょうか」
「了承した、少し待っていてくれ」
扉の向こうから護衛の声がした。
もう昼らしい。
護衛たちか侍従たちか。
どちらがこの旅路を指揮しているのかは知らない。
彼らはホーヴェスタッド出発当初は、朝から夕方までの移動を行程として望んでいたが、朝に弱いブレーが体調を崩して途中で休憩を必要とする事が続くと、昼過ぎの出発に変えた。
移動時間や距離を重視せず、確実に野宿を避けようとする意図が見えた。
道中の安全確保が一番なのだろう。
柔軟な判断力と決断力。
彼らは職務に忠実な人種族だ。
私たちを王都へ連れて行く、という目的を果たすために必要な事を、きちんと考えて実行できている。
朝から夕方まで移動できない以上、計画から遅れているだろうに、文句を言われたことはない。
言えないのかもしれないが。
予定が狂ったとしても、たどり着いた集落に宿の確保はされている。
つまり、私たちと行動を共にしている彼ら以外にも、動いている誰かがいる訳だ。
私たちの移動速度を見て、臨機応変に計画を変更できる誰かが。
ベルストーナで私を王女の前に連れて行った兵たちは、いろいろと練度が低かった。
比較対象を知ると、人種族というのは個々人で能力差が大きい種族である事がよく分かる。
有能な人種族は、本当に怖い。
どういう思考回路をしているのか、刹那的に思いもよらない行動をとる事がある。
できれば、お近づきにはなりたくないな。
種族としてのドワーフが早起きできないのだろうか。
ブレーは朝には弱いけれど、寝起きは悪くない。
「起きて、ブレー」
昨夜、私を散々おかしな目に遭わせてきたのだ。
少しくらいやりかえしてやりたい。
頬に唇を寄せる。
寝起きに口づけされたら、絶対に驚くだろう。
「……ん、えれんか?」
「おはよう」
ちゅ、と頬に唇を落とす。
ごわごわのひげがくすぐったい。
「おう、おはよう」
「ん、んぅん~っっ!?」
伸ばされた腕に頭を抱えられて、口の中を蹂躙された。
お、起き抜けになんて破廉恥なっ!
びしばしとブレーの肩を叩いて引き剥がす。
「出立の催促がされているっ」
「おう、かおが赤いぞ、えれん」
寝ぼけた口調で、おかしな事を言うな!
「気のせいだ」
寝台から降りて、続き部屋に足を向けた。
これはせんりゃくてきてったい、というものだ。
人種族の本で読んだ!
居間になっている続き部屋で顔を洗う。
火照ってなどいない。
気のせいだ。
なんなんだ、あの起き抜けの色気は!
おかしい、ブレーの寝起きなんて二百年近く見ているのに、こんなに動揺するなんて。
昨夜、自覚してしまったからなのか。
どうにかして、なにもなかった様に接しないと。
私は、里の代表!
むしろ全エルフの代表!
落ち着けわたしぃ。
『鎮静』を使って自分を落ち着かせ、着替えて、軽く保存食をつまんで、二階建ての宿を後にする。
ブレーから視線をそらしたまま。
宿の従業員らしい獣人族が、私とブレーをまじまじと見つめていたが、なにも言われなかった。
くんくん鼻を鳴らすな。
なにを嗅いだとしても、それを口に出さないと言うことは、まともな従業員だ。
つまり、良い宿ということだ。
だが、二度と来ない。
なにがあったか知られていると知りながら、訪れられる訳がない。
こうして、私たちは特筆する事もない旅の果て。
十日ほどでシンネラン国の王都〝ホイ・ビフォルクニン〟にたどり着いた。
やけに疲れた。
歩いて野宿旅の方が、何百倍も気が楽だった。
あと一つ、人種族が家畜化した馬は頭も良く愛らしいけれど、飼うのは大変だなと思った旅路だった。
◆
王都に着いたら、即日、最高責任者だという国王に会えると思ったが、音沙汰がない。
「こちらでお待ちください」と城内の客間に案内されて、ごてごてと飾り立てられて落ち着かない部屋で過ごす事三日。
私が先に音を上げた。
「外に出たい」
王都の側に森はあるのだろうか。
閉鎖空間に閉じこもっていると、どうにも気が滅入って仕方ない。
木々が生い茂った森はまったくもって閉鎖空間ではない。
森の中に木々はあっても、壁はない。
風は吹くし、雨は滴る。
命は芽吹くし、死を迎える。
なに一つ変化しない室内とは大違いだ。
「外でございますか?」
「森はないか」
「……森は、王都の近くにはないかと存じます」
「ない、のか」
私が諦めたのを察したのか、普人族の召使いは壁際に下がった。
分厚い化粧のせいで、なにを考えているのかよくわからない、
職務に忠実なのは間違いない。
私のいる部屋に来る奴らは、みーんな同じように壁の一部になろうとする。
ごてごてと金属の飾りや、なめした皮革素材が使われた家具に囲まれ、エルフとしての居心地が悪い事以上に、一人でいる事が問題だ。
ブレーと部屋を分けられた。
会いに行こうとすれば理由を聞かれる。
眠る時以外、常に室内に召使いとかいう人種族がいるのも落ち着かない。
なんなんだ、この拷問は。
私は、ブレーのために頑張れる。
ブレーが側にいたら頑張れるのに。
森が、ブレーが、足りない。
こんな最悪の精神状態の時に最高責任者に会えと言われたら、なにかしでかしてしまいそうだ。
吹っ飛ばしちゃうぞ、この城を。
ああでも、一応、エルフの代表として来ているから、仕事しないと。
里や両親だけでなく、顔も知らない同族たちに迷惑はかけられない。
おのれ人種族め、私の弱点を突いてどうするつもりだ。
鬱々とした様子を見られるのも癪に障るので、適当に本を持って来てもらい、読んでいるふりで時間を潰しているけれど、そろそろ本当にもう無理だ。
毎日の夕食をブレーと一緒に過ごすだけでは、足りない。
外交役から伝えられたエルフ向けの食事が用意されているから、食べる事はできても。
用意された席は、手を伸ばしても届かない距離だ、一体、これにはどういう意味があるのか?
周囲に召使いたちがずらっと並んでいるから、ブレーの横に座りたいと思っても動けない。
遠すぎて、会話すらまともにできない。
他人が多すぎて、香水臭くて、ブレーの匂いも嗅ぎ取れない。
これが本当に人種族の礼儀作法なのか、嫌がらせなのかを調べているのに、本には食事の作法や席次はあるのに、具体的に離しておく距離は記載されていない。
泣くぞ、このやろう。
うううう、私が打たれ弱いのを、知られているなんて。
「失礼致します」
扉の外からの訪いに、本に落としていた視線を上げる。
召使いが扉に赴き、言葉を交わしているが。
「お待ちくださいっ」
【エレン、レシリオゥヴィエ】
開かれた扉の奥に。
ゆったりとした長衣を揺らしながら立つ二人。
白金の長い髪には、緑葉輝き魔力燐光揺らめく額冠、白く光る枝に葉の茂った長杖。
人種族よりも背の高い肢体を魔蚕の絹布に包み。
【おお、エレン】
【エレン、デゥゴセニスモヴィディアリ】
入室を押し止めていた召使いは、呆然と二人を見上げ。
案内して来たらしき召使いは、背筋を伸ばして棒立ちしながら、私の向けた視線からそっと顔をそらした。
召使いたちがいる事を、まったく気にしていないように足音をたてずに歩み寄った二人は、私に言葉にし難い表情を向けて言った。
【オドヴァラティスヴォムルヴァニク、ゴスポディネブレー】
【イデモ】
【モイロディテリ、……デゥゴセニスモヴィディアリ】
……どうして両親が、人種族の国シンネランに?
それ以上に「おお、エレン」、の次の言葉が「ブレーくんに会わせな」は、どうかと思うぞ、母よ。
父も、「さあ行こう」って。
なぜか、揃って不機嫌に見える。
突然現れて、どうしてめちゃくちゃ不機嫌なのか?
二百五十年ぶりに会ったうちの両親は。
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