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22 帰還

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 ブレーと話しあった結果、この先もここで暮らしていくのは無理と双方で結論づけた。
 かといって、人種族の国を転々とするのも先が見えない。

 ブレーはドワーフの窟に戻るつもりはない、と言うし、ブレーをエルフの里に連れていくのは考えられない。
 となれば、行先は一つしかない。

 数日を過ごして食材を集めた後、私たちは森を後にする事にした。
 立ち去る前に、元ベルストーナで暮らすコボルトたちに燻製肉を届けて、情報も集めた。

 次の目的地は〝ホーヴェスタッド〟だ。

「跳ぶよ」
「おう、頼むっ」

 全身を固く丸めて、目をぎゅうと閉じているブレーを抱えるように腕を伸ばす。

「『レペティデノゥボナレラシオ輪転多重転移ジュンツメタスタジ』」

 目的地は、ホーヴェスタッドの冒険者組合支部だ。

 旅をしている間、毎日毎日とりあえず色々やって魔力を使い切り、収納魔法も使いまくって、魔力容量と魔力制御の精度を高めた。
 転移魔法を使い続けて、国一つなら跳べるように鍛えた。

 母に鍛えられた時以来だ、こんなに毎日魔法漬けの日々を送ったのは。
 頑張った私は、偉い!
 そう言って、ブレーがたっぷり褒めてくれた。

 収納してあった素材や工具を整理して、量を減らした事ももちろん関係ある。
 コボルトたちに進呈したり、ブレーの魔法道具の鞄に入るだけ詰め込んだ。

 魔法は継続発動している間も、それなりに魔力を使う。
 常時鍛錬にはなるけれど、他の魔法に使える魔力も減るので、収納物を減らせば余裕が増える。

「『アイラメンタク遮音結界スティバレラ』」
「どわっあああっっ!?」
「到着した」
「おう」

 どんがらがっしゃん、と椅子から派手に人が落ちる音がして、目の前に冒険者組合のホーヴェスタッド支部長が転がった。
 到着と同時に遮音結界を張ったので、いくら騒がれても問題ない。

 制御は完璧だ。
 支部長の執務室の執務机の前に転移するなんて、私の魔法制御は素晴らしくないだろうか。

 いつか驚かしてやろうと、こっそり転移目的印を刻んでおいて大正解だった。
 心臓が止まりそうなくらい驚いた事だろう、ぐふふふ。

「久しいな」
「ちょおま、いま、ど、どこからっ!?」
「落ち着け」

 私は冒険者として登録はしていないけれど、エルフだからという謎の理由で講師を引き受けている。

 十二代前の支部長が泣きついてきた時に、ブレーが「助けてやれんか?」と言ったせいで、百年以上で何百回以上も受ける羽目になった。
 面倒臭いなと今でも思っているが、私は恋人の願いを叶える誠実なエルフだ。

 なんでも良いから教えてくれ、と言われても。
 私の専門分野は人種族に教えられない。

 仕方なく里に手紙を送って相談した結果、母から教えられた事が占有技術ではなく、教授が問題ないと判明したので、教えた。

 主に魔物の解体方法を。

 魔物を肉として加工する時に気を付ける事。
 獣と魔物の違い。
 倒し方から解体まで。
 毒を持つ魔物の狩り方、素材の利用法。
 群れを作る魔物への罠の張り方。
 魔毒の無効化は他の誰かに習うように、と。

 人種族でも必要だと思ったので教えたのに。
 代々の支部長にちまちまと駄目出しされてきた事を、決して忘れてやるつもりはない。

 人種族は火花を出す魔術すら使えない者が半数以上、なんて知る訳ないだろうが。
 罠を張るなら、未使用罠を解体する手間を惜しむな。
 一撃で倒さなければ肉の味が悪くなる、腹を傷つけてしまった獲物の肉を食べて病気になるのは当たり前だ。

 血を浴びないように麗しく繊細な解体をしてくれ、とか私の外向け心象戦略もどうでも良い。
 エルフは肉に触れないとか、どこからの情報だ?

「おちついてられるかぁ!」
「聞きたい事があって来た」
「話を聞けぇえ……あれ?」

 吠えた支部長に鎮静の魔法をかけてから、私はブレーを長椅子に案内する。
 勝手に座るなよ、とかぼやいている支部長は放置して、私は転移酔いしているブレーに鎮静効果のある茶を差し出した。

「おい今それどっから出した?」
「黙っていてくれ、……ゆっくり呼吸をして、茶の匂いを嗅いで」
「すまん」

 いつもはつやつやと赤い顔が青ざめて見える。
 魔法への激症型反応は、時間経過で治るのを待つしかない。
 ドワーフの多くが放出系魔法を苦手としているのは、こういう体質が原因なのか。

「ちきしょう、行方不明とか聞いてたが、久しぶりに顔を出したと思ったら横暴すぎんだろ」
「話がある」
「……へいへい、分かったよ」

 目の前に薬草酒を一瓶出してやれば、頭痛で頭が痛くて辛い、ような顔をした支部長がため息をついた。

 代々、支部長になった人種族は、薬草種を渡すと同じ顔をする。
 国に睨まれたくないが、受け取らずにもいられない。
 そんな顔だ。

 薬草酒を使えば、話を聞いてもらえるとは思っていた。
 その後の展開が思い通りになる、とまでは考えていないが。

 エルフの薬草酒は、人種族の伝説の蘇生薬とやらには及ばなくても、薬より効能が高い。
 基本から違うからな。

 高値で売れば良いのに、一口の量に詰め直して、初心者専用のお守りとして初心者講習を受けた特典として、手渡している事を知っている。
 貰い物で儲けようとしない代々の支部長の姿勢に敬意を表して、渡している。

「半年ほど前のブライト・イマグルン・シュモクロスの工房焼失の捜査の顛末と、精霊入り精霊石の流入元、魔術道具組合内部の自滅推進派のその後を知りたい、あとは……」
「まてまて、多すぎる」

 慌てて机の上に紙を広げようとする支部長を手で止める。

「文字に残すな」
「……面倒ごとは勘弁してくれ」

 組合に所属する人種族を守るのが支部長の役割だ。
 だから、私はここに来た。
 支部長は信用できる。
 行動から人種族への忠誠が透けて見えるからこそ、態度が悪くても気にせずにいられる。
 たまに仕返しはするけれど。

「良いのか、エルフとドワーフの両方に見捨てられても」
「そこまでの話なのか!?」
「どうかな」

 どこまで大きな話になるかは、私にも読みきれない。
 なにしろ凡庸な一般エルフだからな。



   ◆



 個人的な話、私は人種族の国を後にしても構わなかった。
 仕事は受けていても立場はないし、離れられないほど仲の良い誰かもいない。

 私は、ホーヴェスタッドを定住の地だと考えていなかった。
 けれどブレーは違った。

 複数の組合に所属して仕事を受けていて、人種族の後進育成にも関わっていた。
 一緒に酒を飲める相手がいて、生活基盤の全てをこの街で作り上げていた。

 人種族の街に根を下ろしていた。
 ブレーがここで暮らす事を選んだ。

 私が、赤の他人の悪意に負けて、ブレーに全てを失わせる事を選ばせるとでも?

 半年が過ぎても、火付けをした犯人の印は街の中にある。
 街の住人という事だ。

 私たちが姿を消して、さぞ油断してくれただろう。
 尻尾巻いて逃げたとでも思ったか?

 短命な人種族は知らないのだろう。
 長命なエルフの怒りが、いつまでも続く事を。

 簡単に激昂する人種族は考えないのだろう。
 外に出さない怒りは、いつまでも続く事を。

 私の執念深さを、思い知らせる時が来た。

「ここに、シンネラン国との外交役をしているエルフの里からの警告書がある」
「なんだって?!」
「こちらは、シンネラン国との外交役をしているドワーフの窟からの警告書だ」
「はあっ!?」

 顔色が真っ白になった支部長に告げた。

「シンネラン国の最高責任者に会って、話がしたい」

 言葉を聞くなり、ばたんと気絶した支部長には悪いが、私は一切を譲歩する気がない。
 これまで静かに暮らしていたのに、人種族が一方的に牙を剥いてきたのだ。

 私が自分で動いて実行犯を見つけるなんて、面倒な真似はごめんだ。
 人種族の中で片付けてもらえたら、楽ができる。

 自分達がした事の責任はとってもらう。
 とりあえず、命以外で。

 
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