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17 狩り
しおりを挟む私は薬師だ。
薬草学は好きで学んだ。
けれど、魔法と狩りは生き延びるために学ばされた。
両親の愛情があればこそ身につけた技能とはいえ、したくない事を自ら選択するほど私は自虐的なエルフではない。
「したい事しか、してない、しない」
ブレーは何故か目元を片手で覆い、言った。
「わしのために、してくれるのか?」
「当たり前だろう?」
「……おう、そうか、わしは愛されとるな」
ぼそぼそと口にしても聞こえる。
私は耳の良いエルフだ。
「エルフは愛する者と生涯を共にするのが当たり前だ、私はブレー以外といたいとは考えない」
そんな事、言わなくても知っていると思っていたのに。
「うむ、おう、ありがとうな」
「?、どういたしまして」
なにに対しての礼なのか分からないけれど、ブレーが嬉しそうなので良しとしておく。
再び乳鉢の中身を練りながら、少しずつ蜜を垂らし、炒った種と穀物を混ぜながら練り上げていく。
油紙を敷いた木型に流し込んでから切れ目を入れて、焦げないように魔法で炙って火を通す。
冷めたら、食べやすい大きさに割り、保存食の完成だ。
◆
翌早朝、眠っているブレーに書き置きを残して、狩りに出る。
朝靄の立ち込める暗い森の中を、滑るように走るのは久しぶりだ。
私は母のように魔法弓を使った狩猟はできない。
獲物を狙う事が苦手で、うまく当たらないのだ。
一射ごとに魔法で照準を矯正するのは疲れるし、そこまでして弓矢を使うくらいなら魔法だけで狩ったほうが早い。
けれど、私は攻撃魔法も苦手だ。
と言うわけで、追い込み猟が無難な手段になる。
簡易な罠を複数作り、半円状に仕掛け、そこに獲物がはまるように追い込む。
魔法が使えるエルフだから出来る狩猟法だろう。
後で残った罠を解除しなくてはいけないのが面倒だが、里で母の手伝いをしていたので、私にはこれが一番だと知っている。
地面を柔らかく崩して、獲物が踏んだら沼地のように沈み込む魔法罠を半円状に複数設置。
回り込みながら風上に進み、罠のある風下に獲物を追い込む。
魔毒抜きと肉の保存方法はブレーが知っているようなので、獣でも魔物でも良いだろう。
勝手知ったる森の中。
足音も気配も匂いも魔力も隠して移動するのは久しぶりだ。
魔法と同じで鈍っているな。
生き物の気配と魔力の有無を探りながら進む。
子と一緒にいる獣はやめておこう。
人の子供くらいの大きさの四つ足獣が一頭でいるのを見つけた。
牙があって、毛並みも固そうなので、おそらく成獣だろう。
……似た獣を母が狩っていた。
肉として食べられるに違いない、多分。
生き物は内臓の配置が違っても、捌き方は極端に変わらない。
ほとんどの生き物は胸に心臓があり、内臓を腹側に収めているし、正面や背面から骨を断つのは難しい。
罠の張り方から解体までは教わったが、それ以上の工程には認定猟師の資格が必要だ。
毛皮の鞣し方や臓物の処理の方法、燻製や干し肉の作り方は知らない。
エルフの里では肉を常食しなかったので、必要なかった。
と回想している間に、狩りは終わった。
魔法罠にはまって動けないでいる獣に昏睡の魔法をかけて、木に吊るす。
想定以上に重かったが、なんとか頭部を下にして吊り下げる事に成功した。
ブレーは肉の調理はできても血抜き、皮剥ぎ、解体はした事がない、毛皮や臓物は加工できない、と言っていたので、ここで解体までしてしまう。
母に暴れさせた獣は買い叩かれると教わっているので、鎮静化してから血抜きをする。
待つ間に保存食で朝食を済ませる。
水場が近くに無いので、魔法を惜しまず使おう。
まるごと水洗い、腹を割いて、冷却、皮剥ぎ……と、おしまい。
木々の梢から見える日差しの色が、昼の訪れを教えてくる。
急いで帰らないと。
肉以外の部位は、魔法罠を応用して地面に沈めた。
汚れた服を洗浄して、肉を収納に収めたら完成。
事前に旅装に防汚の魔法をかけておいたので、後片付けはあっという間に終わった。
「ただいま」
「おう、おかえり」
天幕に戻ると、起きてきたばかりらしいブレーが上半身裸で顔を洗っていた。
昼ぐらいに戻ると書き置きしたので、ちょうど良かった。
木漏れ日から降り注ぐ日差しが、ブレーの赤らんだ肌に反射して、なんだか胸が苦しい。
「肉をとってきたけど、どうする?」
「ありがたいが、なんの肉だ?」
「四つ足の獣」
「……そうか、見せてもらえるか?」
収納から工房にあった大型の作業台を取り出して、油紙を重ねた上に肉を出す。
「おう、でかいな」
「大きすぎた?」
「いやいや、助かる、だがこれを今から調理するとなると、今日は移動できそうにないぞ」
「あ、そうか」
防腐処理せずに放っておくと肉が腐るのか。
薬草だって摘み取って半日も放っておくと萎れてしまうから当たり前か。
「教えてくれたら手伝う」
「そりゃ助かるが、肉に触るのは構わんのか?」
「触れるけど?」
「そうか」
ここまで解体したのは、私だよ。
エルフは獣に触れないわけじゃない、肉を安定供給する必要がないから、駆除以上の量を狩らないだけだ。
「エレンはすごいのう、わしがこれまで知らんかっただけで、なんでもできる」
「なんでもは出来ない」
肉の調理法は知らない。
私にとっては、ブレーこそなんでも出来る、だよ。
技術を持った職人で、人種族に自分を認めさせて、自活して、頼りにされて、傷ついても歩みを止めない強さがあって、私を好きになってくれて、繁殖行為を知っていて、調理までできる。
活力にあふれた素晴らしいドワーフだ。
そこから夕方までかけて、肉を調理しやすい大きさに切り分け、塩や香辛料を入れた液体に漬け込んだり、脂身から作った脂で煮込んだり、肉を燻すのに良さそうな枯れ枝を探したり、と、ブレーの本気を見た。
新鮮な肉が嬉しいのか、焼いて塩をかけてつまみ食いもしていた。
全てがドワーフ料理なのかと聞けば、人種族の保存食の作り方も参考にしているとか。
干し肉とは、干せばできるものと思っていた。
ドワーフの窟の周辺は岩山が多く、燃料にする木が得られない。
地の底から湧く熱や、魔石を使った魔法道具で調理する事が一般的らしい。
食べる事に関して貪欲なのは良い事だ。
私が父と薬師の修行で野営した時なんて、本当にひどかった。
寒さで震える中で、そこらの蔦を切って滴る樹液を舐めて終わり、を三日間続けられた時は、母の野草煮込みが恋しくなった。
森の中で火を焚く事は良くない。
獣に警戒させる。
植物に損傷を与える。
後始末を考えなくてはいけない。
そんな理由で、三日間、ひたすら薬草摘みと加工と獣の縄張りの見つけ方、を学んだ。
縄張りに関しては、薬草を摘んでいる間に襲われないように、見る目を鍛える目的だ。
ひたすら寒かった。
エルフは寒さに強い種族だと、ホーヴェスタッドに来て知ったのに。
朝起きると、着ていた外套に霜が降りているのに、平気な顔で動きだす父の姿と、家でのんびりしている普段の姿が重ならなくて困惑した覚えがある。
蔦から労少なく得られる水気と甘味で、三日はなんとかなった。
けれど、食事とは空腹を満たすだけではなく、心も満たすためにも有るものだと知った。
早く帰りたい、と薬草摘みはすごぶるはかどったが。
ブレーがうきうきしている姿は、その時の父にどこか似ている。
父にとって薬草摘みは好きな事だったのだろう。
寒さで震える息子を気遣えないほどに。
ブレーが、肉を脂で煮る匂いに頬を緩ませる姿が、可愛いと思うのは私が大人になったからか。
肉加工技術を少し学べた、とブレー好みの漬け込み液の味を覚えて嬉しくなった。
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