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12 焼失

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 ブレーが不在の間、工房は無人だ。
 繋がった住宅に住んでいるのは私だけ。

 工房主のブレーがいる時には、副都中の人種族の工房から職人たちが来ていたけれど、ここ一年はいない。
 それをこの時ほど感謝した事はない。

 誰も巻き込まずに済んだ。
 ……でも。

 ぱちぱちごうごうめらめらと音をたて、黒煙と赤い舌のような炎を伸ばして燃えている建物を見て、居心地良く作り上げた部屋を失った、と悲しくなる。

 ぐ、と目を閉じて鼻の奥の痛みを誤魔化す。
 歯を食いしばって、どうするべきかを考える。
 どう振る舞えば、一番良いのか。

「……」
「……完成したばかりの〝ブレーくん二号〟が……」
「っ、それ以外に惜しいもんは無いのか」

 工房が燃え落ちていく姿に一番衝撃を受けているはずなのに、ブレーは応えてくれた。
 私は、精一杯の労わりの気持ちを込めて、きつく握り締められて震えている恋人の手を両手で握る。

「あれはブレーが完成を確かめてくれたから惜しいと思っただけ、私が一番失いたくない人はここにいる」
「…………そうか、そうだな、体ひとつありゃ、なんとでもなるか」

 返事の遅さから本音は違うと分かった。
 それでも、返事をしてくれたブレーの優しさで胸が苦しい。
 悲しさを慰めきれなかった。
 動揺を誤魔化しきれなかった。

 特注して、使い込んで、手に馴染んだ愛用の工具。
 修理依頼を受けていた武具や防具、鍋に釜、なんだか分からない金属塊。
 特注の寝台、ブレーの身長に合わせた家具、生活用品。

 彼が二百年で手に入れた、自分の城。
 大切な物だけを収めた宝窟。
 それが人の悪意で失われていくのを見なくてはいけない。

 人種族が集まっているけれど消化活動は遅々として進まない。
 燃えている工房を崩して、延焼を防ぐので精一杯のようだ。

 全てが灰になっていくのを、私たちは見ていることしかできない。
 魔法で火を消すだけなら出来るけれど、それをしたら反妖精運動をしている奴らに妖精族排斥の口実を与えてしまう。

 人の国で魔法を使う妖精を許すな、と。
 魔法を人にも与えろ、さもなくば……。

「……と、まあそんな事を、これをしでかした奴らは考えているだろう」
「なんだって?」

 私は恋人を慰めるエルフらしく、そっとブレーの耳元に唇を寄せた。

 家に着く前に隠蔽を解いてしまった事を後悔している。
 姿を見られてからの隠蔽は効果が薄い。
 そこにいる、と分かっていれば、見つけやすいのは当たり前だ。

 誰がどこで見ているにしろ、自然に振る舞う。
 エルフの恋人同士は寄り添う、けれど肌同士の過剰な接触は求めない。

「工房にあったものはできる限り魔法で収納してある」
「……っ!?」

 魔法が使えない人種族は、考えつきもしないだろう。
 家の中の家財道具を、ごっそりまるごとしまっておける規模の魔法が存在していることを。

 見られているかも、と呟くと、ブレーは顔を皺くちゃにして感情を隠した。

「建物ごと収納できなくて、ごめん」
「っいい、いい、十分だっ」

 こんな時、ドワーフはどこに慰めを見出すのか。
 ブレーを守りたい。

 たとえ私財は守れても、建物が燃やされた事実は変わらない。

 人種族の街がどうなろうと関係なくても、顔見知りが死ぬ姿を見たい訳ではない。
 文字通り、誰も巻き込まずに済んだ。

 けれど、私の大事な恋人を傷つけ悲しませ苦しませた事実は変わらない。
 絶対に許さん。
 エルフの怒りは長くしつこいぞ、骨身だけでなく魂の髄まで思い知らせてやる。

 これをしでかした奴らの短慮は、考えるまでもない。
 魔術道具組合の中にそいつらの仲間がいるなら、私が精霊石を入手した事を知っているはずだ。
 家に置いておく可能性を考えなかったのか。

 私は石の中の精霊と交渉して、なにかあった際はそのまま立ち去ってもらう約束をした。
 約束をしていなかったり、精霊が寝ぼけて約束を忘れていた場合、辺り一面が焼け野原になっていてもおかしくなかった。

 工房兼住宅への付け火を成功させた誰かは、してやったりと思っているだろう。
 けれど昨日の今日なのだから、警戒して当たり前だ。

 人種族は、簡単に激昂して自爆したがる種族。
 なにをしでかすか分からない。

 私は魔物あふれる森で育ったエルフ、備えは万全にと両親に叩き込まれて育っている。
 出かける前に大事な物はしまっておく、が習慣だ。
 家の鍵は閉め忘れても、生活必需品は自分の手元に置いておく。

 だから、ほとんどのエルフの家に置かれている家財は最小限だった。
 魔法『収納』を日常使いしているから。

 私の部屋も机と箪笥と寝台しか置いてなかった。

 今朝ブレーが目覚める前に、工房や作業部屋にあるものを容量上限まで収納した。
 本当は事前に伝えておくべきだったけれど、疲れているブレーを起こしてまで一言伝える必要性を感じなかった。

 素材や工具集めが、趣味と実益を兼ねているのは知っていたけれど。
 最小必要なものだけ簡素好きなものだけは違うのだなーと考えさせられた。

 収納魔法の最大容量は、練度と魔力の総量に比例する。
 ブレーの物を優先したら、自室が収納できなかった。

 もっと魔法の練度を高めておくべきだったと思うのは、いつも痛い目にあってからだ、悔しい。
 魔法を使わずに暮らす事に慣れてしまった弊害か。

 代わりのきかない物、調薬や酒造に必要な諸々は元々入れてある。
 けれど、今さっき名付けた〝ブレー君二号〟と、〝ブレー君一号〟は燃えてしまっただろう。
 お気に入りの鍵付き洋服箪笥ごと!

 悲しいが、エルフは自然から必要なものを調達するのが得意なので問題ない。
 いつか、新しい鍵付き箪笥と三号を作ってやる!!

 私にとっての最小は、二人で眠れる寝台とブレー。
 これが揃っていればどこででも心地よく過ごせるので、悔しいけれど問題はない。

 周囲を探る。
 不在確認で住宅の玄関や工房の扉を叩いた者が、その後も一定時間滞在すると印がつくように魔法罠を仕掛けておいた。

 家財をしまうだけで満足する訳がない。
 街の中で魔法を使わない?
 誓約したわけでもないのに、非常時に加害者へ配慮してどうする。

 建物に複数回接触した後で、火事の最中も建物の側に残っている誰か、は多くないはずだ。
 遠くから油を建物まで飛ばして火矢を打ち込んだのでもなければ、見つけられる。

 ……いた。

 今は心痛のブレーを休ませたいから、追跡はしない。
 傷つけられたのはブレーだ。
 私が怒ってはいけない。
 それでも、街一つ二つくらい、吹っ飛ばしてやりたい。
 長く人種族の街で暮らしたから、私も考え方が物騒になってきたな。



 周辺の人々の協力を経て、鎮火を確認してからブレーと一緒に各種組合を回って、工房兼住宅が付け火で全焼した事を告げる。

 付け火だと断定した事に対しては、誰からもなぜそれが分かるのか聞かれる事はなかった。
 街に住む全員が悪巧みの一味だったりするのか。
 それとも、憐れみからなにも言えないのか。

「わしらは街を出ようと思う」

 ブレーの言葉に、誰も反対しなかった。
 頼んだ仕事についての言及もなし。

 怒りのまま街一つ吹っ飛ばしてやりたい。
 うまくできる自信はない。
 となると、一番労力が少なく効果が高いのは、水源に調合した猛毒を流す事。

 ……考えるまでもなく、無関係の他人を巻き込む手は使いたくない
 私の使える手で、悪巧みの一味だけを見つけだして粛正するのは難しいか。

「行こう、エレン」
「ああ」

 ちょっとそこまで、という荷物しか持っていない私たちを、不安そうな表情で見送る人々を尻目に、歩きながら魔法を紡ぐ。

「手紙か?」
「酒場の店主に、薬草酒の納品ができなくなると伝える」

 多分、あの人は一味じゃない。
 用心棒も。
 料理人をしている、顔を知らない奥方も。

 今は、それだけで十分だ。

 
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