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11 とばっちり
しおりを挟む私が酒場に納品した薬草酒は、人種族の中で地位のある人々の元に届けられる、と聞いている。
つまりあの酒場の店主は、人種族の国の偉い人たちと繋がりがある。
怒らせてしまったのは良くないだろう。
魔術道具組合の偉い女性に酒場にいた人たちにも謝った方がいいよ、と伝えたので、ブレーを引っ張って組合を後にした。
部屋の外から来た人が扉を叩いた時だったので驚かれたけれど、引き止められなかったので大丈夫だろう。
私は魔術道具組合と仲良くなりたくない。
これは、他の組合も同じ。
仕事は引き受けていても、私は人種族の組織に組み込まれるわけにはいかない。
人種族とエルフの外交に関わっていない私は、余計な事をしない。
私はただの一般エルフだ。
森を飛びだした親不孝な息子が人種族の街で大暴れしました、なんて勘違いでも里に伝わって欲しくない。
ふらふらと森の外に出て行って、おじさんになっても帰ってこない息子を心配している両親が、勢い余って森を飛び出してきたらどうする。
「ブレーは、組合に用があったのか?」
「暴れた男の魔術道具を見てくれと言われとったが、出されんかった」
もしかして、帰ろうとした時になにか持ってきた人が、そうだった?
引き止められなかった、けど。
「魔術道具は専門外で分からん、と言ってある、問題なかろう」
ブレーは魔術道具の修理は専門外だけれど、簡単なものは治せる。
依頼として受けたものを参考に、私が魔法道具を作れるくらいには治せる。
一瞬だけ見えた魔術道具は武器の形をしていた気がする。
どんな武器かは分からないけれど、振り上げたという事は近接武器であり、魔術道具であってもブレーの専門分野に近いと思う。
気づかなかったふりをしても、後々まで忘れられずに気になるだろう。
私は、面倒臭いエルフだ。
うじうじしている自分が面倒臭い。
「ブレー、その魔術道具だけど……」
「『えすくりゃ』っ、ぎゃあっっ!」
発動の句は聞き取れなかったけれど、魔力の動きが隠されていなかったので障壁を張った。
私とブレーを守るように並べて二枚。
相手の位置確認をしていないので周囲の人々まで守るのは無理だったけれど、初めから私たちに向けて発された魔術だったらしい。
障壁が干渉を受けて、そのまま全反射したのを感じた直後、悲鳴が聞こえた。
昨日、同じような事があった気がする。
既視感ではないよな。
この街の治安は、どうなっているんだ。
「ブレー、怪我は?」
「ない、エレンは」
「大丈夫、全反射した」
もうもうと舞い上がる砂埃の中で、痛い痛いと喚いて暴れている者がいる。
発動句の発音が舌足らずで聞きとれなかったけれど、魔術が魔法を限界まで簡略化、威力固定された物なら、威嚇、攻撃両用魔法の『エスクリシャ』の劣化版か。
人種族が使えるようにすると、ここまで弱くなるのか。
これが魔法の『エスクリシャ』であれば、無発声発動の弱い障壁で全反射するのは無理だった。
ブレーは攻撃も防御も不得手なので、守れて良かった。
「ふざけやがって、エルフぅっ!!」
地面でのたうち回ったからなのか、砂埃に全身を覆われた男らしきものが、大声で吠える。
昨日からなんなのだろう。
私はエルフだけど、全エルフの代表でも無ければ、エルフの人種族担当外交役でも無い。
見知らぬ人種族に敵意を向けられる事をした覚えもない。
困ってしまう。
声をかけるべきか立ち去るべきか。
下手に助けようとしたら攻撃されそうだ。
「なにをしているのよぉっ!?」
ばたばたと魔術道具組合の偉い女性、その他大勢が走ってくる。
汗だくで顔色も悪いのに、走って大丈夫だろうか。
「え、エレデティさまっ」
偉い女性は蒼白の顔色で、地面に伏せた。
一緒にその他大勢まで。
「どうか、平にご容赦お願い申し上げますぅっ!!」
滑り込むように滑らかに地面の上に丸くなって、ずびずび鼻を鳴らして嗚咽を漏らしている姿に、困惑しか覚えられない。
どうして、私が怒っている、みたいな反応をとられるのだろう?
なにが起きているか分からなくて、困ってるだけだよ?
「エレン」
「なに」
「とりあえず、場所を変えさせるか」
「ああ」
呆然としていたらブレーが助けてくれたので、頷いて周囲を見回す。
その場に居合わせた人種族たちからの注目が集まり、魔術をぶっ放したらしい男は偉い女性が連れてきた大勢に押さえつけられて、ぐるぐる巻きにされた。
ブレーが一緒にいてくれるなら、もう少し付き合っても良い。
そう現実逃避しながら、集まってきた衛兵たちに案内されて詰所へと足を進めた。
「……反妖精運動?」
「左様です」
初めて聞いた単語を思わず繰り返すと、目の前の衛兵隊長が重々しく頷いた。
「……なんぞ変な事になっとるの」
「ああ」
ブレーが自慢のひげを扱きながら、ふむん、と鼻から息を吐く。
連れていかれた詰所に、責任者だと言う隊長が現れて説明を受けた所、どうやら私、いいや私たちは、人種族間の派閥抗争に巻き込まれていた。
反妖精派とは、ここ数年で台頭してきた新勢力らしい。
詳細は不明だが、人種族の中に、与えられる知識や技術を制限されている事が許せない派閥があるらしい。
密輸した妖精石が見つけられた、反妖精派閥を知られた、殺してしまえ、と暴走しのか??
なんだそれ。
襲ってきた者たちは、エルフの私は魔法が使えて当たり前、と考えなかったのか。
妖精族が人種族へ与える内容に制限をかけているのは、自分たちで発展してもらうためでもあるけれど、過去を繰り返さないように、が一番だ。
ゆえに自滅推進派、と呼ぼう。
魔法は人種族の手に余る。
なぜ制限が必要か、伝えてあるはずなのに。
分別つかぬ子供に燃え盛る松明など必要ない、与えるわけがない。
里を出る前に、人種族にエルフの技術も魔法も教えない、と誓約しているから、その辺は詳しく教わっている。
人種族の種族特性なのか突然暴れ出すし、自爆が好きなのも知ってたけど。
薬草酒の原液ガブ飲みしてブっ飛ぶの好きみたいだし、人種族って怖いなぁ。
「お二人がエルフやドワーフである事で敵視する者がいます」
「……」
「そりゃ、街を出ろっつー意味か?」
獣人種の衛兵隊長が、頭部に突き出している耳をぺたりと折った。
ブレーがいなくなったら困る人が多いだろうから、出て行かれては困る。
でも、私たちは国賓などではなく、ただの一般人だ。
街の治安を守る衛兵を、護衛のように動員する事はできない。
自滅推進派が手に入れた精霊石が、なぜ市場の石売りの元に来たのか。
派閥がどこまで広がっているのか、全てが後手に回って調べられていないらしい。
「ただいま、上層部と掛け合っております」
私は知ってる。
それって、返事が出るのに一ヶ月くらいかかるやつだ。
「ブレー、別荘行こう」
「そうだな」
「えっ、それは一体どこの」
「命を狙われているのに、どこに行くのか伝える事はできない」
当たり前ではないか、と言うと、衛兵隊長はがっくりと両肩を落として、了承しました、と返事をした。
詰所を出ても、護衛がいるわけでもない。
とりあえず狙われているらしいので、『隠蔽』の魔法を使った。
目で見えず、魔法での捜索も撹乱する代わりに効果範囲が狭いので、ブレーとはぐれないように手を繋ぐ。
……恥ずかしいのは何故だろう。
「別荘とは?」
歩きながら声をひそめて会話をする。
人通りが多い時間だから、少しくらいなら見つからないだろう。
「ここに来る前にいた国にある、王族の伴侶になれとか言われて出てきた、二百年経ってるから大丈夫だろう」
「王族は好かん」
私も人種族の王族は好きではない、と返事をしながら工房兼住居までを歩いた。
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