【R18】付き合って二百年、初めての中イき

Cleyera

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閑話 常緑のエルフ 2/2

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「無塩炒豆を頼む」
「はい、少々お待ちを」

 スミールは声をかけられて胸が弾んだ。
 お通しで出した炒り豆を、気に入ってくれたらしい。
 妻が喜ぶ姿が目に浮かぶ。
 つまみとしても扱っているので、酒と共に楽しんでほしいと願うは贅沢だろうか。

 出来立てを出したい、と欲をかき。
 厨房に量を二割増しにしてくれ、と言いつけて戻れば、初見の冒険者らしき男がエレデティの行く手を塞ぐよう天板に手をついて声をかけていた。

「こんばんは、良い夜ですね」

 ゆるりと優美な仕草で顔を上げたエレデティの美貌に、男がごくりと喉を鳴らしたのが見えた。
 さらりと流れた前髪が藤色の燐光を残し、ふわりと泳ぐように揺れた。

 空気の軋む音が聞こえた。
 欲を見せた瞬間、男が酒場中のエルフ推し仲間に敵認定された事をスミールは悟った。

 情欲を灯した瞳に気づかぬのは、性欲を持たぬと言われるエルフのみ。
 これまで男女問わず何百人もがエルフの美貌に心撃ち抜かれ、惨敗していった事を知っていても、神に欲を向ける新参者を許容できる理由にはならない。

「こんばんは、見知らぬ人」
「これは手厳しい、初めまして美しいエルフの君」

 凍ったような冷たい口調と、柔らかな声音は共存する。
 情欲など見たことも聞いたこともない、と言わんばかりのエレデティの清らかな美貌に魅せられ、男はぺらぺらとおべっかを口から吐き出すが、その返事はにべも無かった。

「なにか用か?」
「美しいエルフの君に声をかけたいと願う事に、理由など必要ありましょうか?」

 エレデティがシュモクロス以外に素っ気ないのは、周知の事実だ。
 エルフに粉をかける以上つれなくされる事は予見していたのか、高嶺の花を望み慣れているのか、男は鷹揚な笑みを浮かべてやれやれと肩を寄せた。

 同性のスミールが見ても腹が立つほど顔の良い男だが、エレデティの美貌に比べれば霞む。
 相手の緊張をほぐすようなおどけた態度が、女性を扱い慣れていると感じさせるのも気に入らない。

 すっぽん一美しいと讃えられていても、月と並べられはしない。

「用が無くば立ち去れ」

 男が遊ぶ相手に困った事がなさそうな事は、自信たっぷりの様子と男振りから察する事ができたが、今回は相手が悪すぎたようだ。
 エレデティの口調が、初めのものよりも一段階冷たくなる。

 客としてブラ・エンに来てくれるまでに、十年かかった。
 いやな思いをしてほしくない。
 スミールは介入しようか悩みつつ、会話が聞こえる距離を保った。

「……そのように仰らず、今夜の無聊の慰めにお側に侍る事を許して頂きたい。
 せめて、酒の一杯だけでも」

 男がスミールを指で招くので、努めて穏やかな表情で近づき、心の中では散々に毒づいておく。
 お前のような新参者で頭の中が軽そうなちゃらっぽい男に、我らの麗しきエレデティがなびくものか!、と。

 男は女を手早く酔わせる目的で注文される事が多い果実酒を頼み、自分は飲みやすい麦酒を頼んだ。

 スミールは店主としての精一杯の妨害をする事にしたが、エレデティがそれをどう受け取るかまでは確信がない。

「こちらは注文頂いた果実水です」

 頼まれた酒を用意しないのは店主失格だが、命の恩人のエレデティを邪念たっぷりの男の元に行かせるわけにもいかない。
 とっさに見た目だけ似せて酒精の入っていない飲み物を用意できるほど、機転は利かせられないし器用でもない。

 苦肉の策で、すでに注文を受けていた体で果実水を出した。
 天板上の一杯目が飲みかけである事に、男が気づかないことを願いながら。

 目の前に並べられた大きさの違う盃に、エレデティの表情が動かぬ美貌が揺れたのを見た。
 意図を確認するように視線を向けられて、胸が音を高めるが、必死で穏やかな笑顔を心がける。
 背中が冷や汗でびしゃびしゃになるなんて、いつ以来だろう。

「……ありがとう」

 わずかな沈黙の後、エレデティは視線を外して、盃の持ち手に指を寄せた。
 白く長い指が細く形良いだけでなく、爪の先まで磨き上げられたように完璧である事に気付いたのか、男が再び喉を鳴らしてから麦酒を高々と上げた。

「乾杯!」
「……乾杯」

 喉を鳴らす男に興味がないのは確かだが、果実水を飲む姿はどこか物憂げだ。
 やはり、どこか調子でも悪いのかと不安になりながら、エレデティが果実水を選んだ事に安堵したが、男は策がうまくいかない事に苛立ったようだ。

「こちらも美味いですよ、どうぞ」

 てめぇふざけんな、と言いたくなった。

 我々は、ドワーフとエルフが寄り添って、ふわふわと微笑んでいる姿を見る事が好きなのだ!
 スミールが店主の役割を越えて、男の邪魔をしようと覚悟を決めたその時。

「酒の礼に私の作った酒を馳走しよう、店主、出してくれ」

 歌うように柔らかく冷ややかな声が耳から入って、スミールの胸を撃ち抜いた。

 エレデティの作った酒と言われたら、あれしかない、と狼狽えるスミールはなんとか店主としての姿を保って返事をした。

「よろしいのですか?」
「支払いは現物納品で良いか」

 月に大瓶800mlくらいで二、三本、多くて四本。
 それがエレデティがブラ・エンに持ち込む薬酒の量だ。

 珍しい薬草が手に入らないと作れないので、量が安定しないと聞いた。

 国の偉い人に献上数を増やしてほしいと脅迫まがいに言われ、一応伺いを立てた時に言われた。
 スミール自身は二度と飲む機会を得たくないが、薬酒を必要とする者、求める者は多い。

 開けてしまった分を補填されるなら、問題ないだろう。

「分かりました」

 地下の酒倉庫に降り、店で出せるように保存している一本を手に取る。
 エレデティが出せと言った時に、一本もないと言いたくないと、取りよけておいてよかったと過去の自分の判断を誉めた。

 瓶の中身が見えない黒く濁った薬酒。
 開けた時の匂いは天上の花々を思わせるが、味はとんでもない。

 スミールが持った瓶を見た男が、逃げ出したそうに視線を動かし、気がついたらしい。
 逃げ道は客の冒険者たちが塞いでいて、親の仇のように睨まれている事に。

 新参者が調子に乗った罰を受けろと言わんばかりに。

 薬酒は罰ではないが。
 一本で城が建つ金額が動く代物だ。
 それをこいつに払わせてやれば思い知るか、とスミールは一瞬だけ考えた。

「エルフの薬酒、の名前を聞いた事があるなら、一度飲んでもらいたい」
「……エルフの」

 断りたい。
 と男の顔が訴えているが、目の前のエレデティが赤紫の果実酒、通称〝女殺し〟の盃を手にした事で、絶望にも似た表情を浮かべた。
 どうやら、エルフの薬酒が目玉が飛び出るほど高価だ、と言う事は知っているらしい。

 封蝋を割り削り落とし、栓を抜く。
 一口で飲み干せる小さな器に薬酒を注ぐと、店の中が花畑になったような香しさが立ち上った。

「乾杯」
「か、かんぱいっ!」

 エルフを口説くために覚悟を決めたらしい男は自棄の勢いで薬酒をあおり、そのままばたんと仰向けに倒れた。

 よかったな、寿命が伸びたぞ。
 そう心の中で声をかけている間に、ずっと出番を待っていた用心棒が、手慣れた様子で男を引きずって壁際へ転がしていく。

「薬酒を私にも一杯」
「はい」

 本気か。

「それと、豆はまだかな」
「はいっ」

 忘れてた!

 襟の隙間から白い喉をさらして、とろりと黒い蜜のような薬酒を飲むエレデティの姿は、普段の清純さからはほど遠く、多くの客がすぐには帰れなくなっただろう。

 高級娼婦とて、ここまで妖艶に振る舞う事は難しいのではないか。
 酒で頬に血色を乗せた姿は、どこか人待ち顔であり寂しげで、誘われるような色香を立ち上らせている。

 ブラ・エンの長い夜は始まったばかりだ。

 
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