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難病の特効薬だと言われると……

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「ラプが僕に謝ることなんてないよ」

 そう言って微笑むと、シッダは目の前で喚いている第二王子殿下と、その腕にくっついている娘の前に立った。
 まるで俺を守るように。

「兄上、僕がこの国の王になります、どうか以後は与えられた領地で心安くお暮らしください」

 ちらりと俺を見たシッダに、もしかして?と思ってしまう。
 国王が飾りだってこと、次期国王は知らされないはずだ。
 でも、シッダはデタラメ帝王学を学んでない気がする。
 ずっと療養のために庶民街で暮らしてたなら、帝王学を学ぶはずがない。

「ふざけるな、わたしが王になるのだ、いきなり出て来てどういうつもりだ!」
「どうもこうもありませんよ、王になるために努力をしない兄上には、婚約者殿が勿体無いと思ったのです」
「そ、それだ、わたしの婚約者は、誰なんだ!
 なぜ、この場に出て来てわたしにひれ伏さないんだ!!」
「兄上、おやめください、お前たち頼む」
「はっ」

 いつのまにか距離を詰めた第二親衛隊が、ささっと第二王子殿下と謎の娘を取り囲む。

「わたしは次期国王だぞ、こんな真似をして許されると思うのか!すぐにでも首をはねてやるからな!!」
「やだ、こんなの知らない!なんでこんなことになるの!私はイケメン犬獣人王のお妃様になるのよっ!!
 ちゃんと貴族のマナーとか学んで、やり過ぎないようにしたじゃない!!
 死にかけ王子にハメられるとか聞いてないわよ!」

 なんかよく分からないことを叫びつつ、第二王子殿下と謎の娘が夜会会場から連れ出されていく。

「ラプ」
「……」

 再びへたり込んでいる俺に、シッダが手を伸ばす。
 いいや、もうシッダなんて呼べない。

「王太子殿下、このような姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」

 なんとか手を借りずに立ち上がると、伸びて来た手に指が捕らえられた。

「パルヨン・ラプシア・リーケットイミンター侯爵家子息殿」

 なんだか、突然嫌な予感を感じた。
 俺を見つめる漆黒の瞳からの真剣な眼差しを、受け取ってはいけないような気がして。

「僕が王になった治世には、あなたが必要です、半身になってください」
「え」

 ポツンと声が溢れて、あとは何も言えなかった。

 半身に望まれる。
 それは、一生を二人で過ごしたいって意味。

 ごまかしも何もない、求婚の言葉だ。
 今時、どストレートすぎて使わねえよ!ってやつ。

 国王主催の夜会で、王太子から求婚を受けて、こ、断ったら、侯爵家がお取り潰しになったり?

 ちらっと両親を見る。
 兄と弟、あ、妹も一緒だ。
 ちょ、待て、おまいら。
 なんでだ!!
 なんでめちゃくちゃ良い笑顔で、ゴーゴー!ってハンドサインを送ってくるんだよー!!

 男同士でしょ!ってここで声を上げる人とかー、いないんかい。
 頼むから、誰か止めてよー。


「ねえ、ラプ、僕じゃダメ?」


 腰が抜けて、膝が砕けた。
 気がついたら、がっちりと硬い腕に抱きとめられていて、夜会会場のあちらこちらで黄色い悲鳴が上がっていた。
 なんだよシッダ、こいつ、いつからこんな美声になったんだよ!

「ま、待って、俺」
「皆の者よ、聞くがよい」

 凛とした女性の声に、人々の視線が王族へと向けられる。
 右妃様だ、と思った直後。

「第三王子は体が弱く、療養地から出られぬと聞いていた者も多かろう、しかしそれは真実ではない」

 なんか、嫌な予感再び。
 聞かない方が良いんじゃないかと思っても、体をがっちりとシッダに抱かれていて、動けない。
 腰と膝はまだガックガクだ。

 ガツン、と力強く一歩を踏み出したのは、左妃さま。

「我が子、第三王子は〝先天性ツガイ欠乏症〟であり、番を探していた。
 そして数奇な運命に翻弄されることなく、自らの手で半身を見つけて病を克服したのだっ!」

 ざわめきが会場内に広まり、そして、パラパラと拍手が打たれ、すぐに波が押し寄せるように会場中に反響するほどの拍手が送られた。

 何これ、なんなのー?と見上げた漆黒の瞳は、柔らかく細められていて、そっと耳元に寄せられた形の良い口から、拍手の波をくぐり抜けた言葉が耳に届く。

「僕の番は君だよ、ラプ」

 ショックで気絶しても許される令嬢なら良かったのに、って生まれて初めて思った。



  ◆



 第二王子殿下は、継承権を剥奪された。
 それ以上の情報をシッダが教えてくれなかったので、どうなったのか知らない。

 王太子殿下の婚約者として、王城に居を移されて。
 時々訪ねてくる父さん以外には知り合いもいない毎日。
 王太子妃として詰め込み教育を受けて来たから、今更学ぶことはそんなに多くないけど、俺にお妃様生活は無理だ。

 シッダは王太子として仕事をしてるから、ほとんど会えない。
 会ったとしても落ち着かないから、会いたくない。

 人の顔を見るたびに満面の笑みになって「大好き、早く結婚したい」とか腰砕けの声で囁かれる俺の心臓は、いっつも破裂寸前だよ!

 元第二王子は、もう王都にはいないし、戻ることもない。
 って父さんが確約してくれた。

 そういうのを知りたいんじゃなくてさ、あの人、あんなことして大丈夫だったのかなーってのを知りたいんだよ。
 だって、もしかしたら、俺も同じ目にあってたかもしれないだろ!

 父さんに俺の立場はどうなってんの!?と訴えたその日の夜、シッダが王太子妃(笑えない)の部屋に来た。
 今まで、夜に来たことなんてなかったのに、と怯えながら迎えた俺に、シッダが満面の笑みを向けてくる。

「ラプが不安になってる、って聞いた、何が不安なの?」
「……お前の考えがわかんないのが、やだ」

 シッダが王になりたくて、俺を利用したのだとしたら。
 婚約者になってから、ずっとそう思ってた。
 街での出会いも仕組まれているものだったら?
 俺がずっと大事な幼馴染だと思ってたシッダなんて、初めからどこにもいなかったんだとしたら。

 子供を産むためだけに、俺はここにいる。

 もしもそうなら、言って欲しい。
 変な期待を持たせないで欲しい。
 シッダへの気持ちは……友情……で、それ以上になるかなんて、今は分からない。
 体の弱いシッダが、俺と一緒にいると楽しい、って言ってくれるのが嬉しくて、デブな俺をバカにしないのが嬉しくて。

 何もかも全部、嘘だったのか?
 かっこよくなっちまったシッダの側にいるのが、辛いんだよ。
 誰もが俺を見て、あんなデブで男が王太子妃?って目で見てくる。

 声に出して言われなくても、わかるんだよ。

「ラプ、僕は本音しか言わないって、約束する」
「……」
「君が欲しくて、王になるって決めた」
「……」
「君が来てくれなくなって、体調が落ち着いてた僕は寝込む日が続いたんだ。
 君に僕の父親だって伝えてたヴァンヘンマは、僕が赤ん坊の頃からの護衛で従者で、ラプが僕にとっての番になったってわかったみたい。
 彼が一族郎党巻き込んでまで、ラプが侯爵家の息子で次期正妃、王は傀儡だってことも全て教えてくれた」

 それを知っているのに、王になるのか?と背の高くなってしまったシッダを見上げると、優しく抱きしめられた。

「僕は全部知っていて、それでもラプが欲しい、だから王になるよ」
「……」
「ラプ……ふふ、可愛い」
「か、可愛くない!!」

 色が白い俺の顔は、一度赤くなるとなかなか元に戻らない。
 訓練したけど、顔に出せないようにできなかったから、普段は興奮しないようにしてるのに、こいつの声が良すぎるのがいけないんだ!!

「ラプ」
「な、なんだよっ」
「抱いていい?」
「はああ!?」
「御典医がね、結ばれれば僕の症状はもっと安定するって」

 シッダが、体調が悪い日でも王太子として、公務を休まないように、って頑張ってるのを知ってる。
 子供の頃から一緒に遊んで来たから、こいつの顔色を見間違えるはずがない。

「これまではラプのくれた手紙とか、お義父様が送ってくれた使用済みの下着とかで解消してたけど、本物のラプがいるんだもの……」

 ま、待て、なんか、ものすごく変態的なことを言われたような。
 気のせいじゃないよな。
 父様がシッダに何を送ったって!?

「大好きだよ、ラプ」
「ま、待って、俺は」
「……僕が嫌い?」
「ちが、違うっ!!」
「……結婚しないとダメ?」
「好きだよ、シッダが好きだけど、俺は男なんだよ!準備いるだろおっっ!!」
「ラプっ」

 感激した、って言いたそうなシッダに、そのまま俺は押し倒され、そして。



  ◆



 シッダは稀に見る賢い王になって善政を敷いた。

 貴族たちの意見を受け入れて、その上で国益と庶民と貴族のバランス感覚を取れる王なんて、そうそういないはずだ。

 俺は……シッダの子供を十三人産んだ。
 ちなみに、右妃と左妃にも子供はいるけれど、シッダの子供じゃない。
 公認の愛人(という呼び名の夫)の子供で、それぞれの妃の出身家の養子になっている。

 ずっと妊娠しっぱなしの王妃とか、節操ない淫乱って国民に思われてるんじゃないのか、と怯える俺に、城に来た妹が「王の寵愛を一身に受ける美妃と評判でしてよ」と言う。

 俺が美しいってのは、なんかの間違いか、もしくは盛大にもりもりされた虚飾まみれの姿だろう。
 毎晩のようにシッダに潰されて、常に悪阻と授乳を繰り返して、げっそりとやつれたのは間違いないけれど、美しいはないわー。

 遠い目になっていると、従者や護衛と共に国王陛下が部屋にやって来た。

 あれ、まだ仕事中じゃないの?
 気のせいかな、もうすぐ授乳の時間なのに、どうして乳母が来て十三人目の我が子を抱っこして去っていくのかな?

「ラプ」
「……おかえり、なさい」
「ふふ、ただいま」
「それでは私はこれで、お兄様、失礼いたしました」
「え、待って、ええええ」

 そのままの流れで、十四人目を仕込まれたのは、言うまでもない。

 時々思う。
 第二王子殿下の妃になって、今と同じ暮らしをしないといけなかったら、本当に地獄だったなって。

 時々黒い笑顔を見せるシッダだけれど、俺を救ってくれたのは間違いない。
 逃げられないし、公認の愛人が欲しいなんて思えない。
 認めるしかないだろう。
 俺もシッダを愛してる。

 言わないけどな。
 今以上に潰されるのは嫌だ。










  了

 
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