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危機的状況を救ってくれたのは?
しおりを挟む傀儡の王になる予定の第二王子殿下には、三つの親衛隊がある。
守護の第一。
操作の第二。
諜報の第三。
普段は護衛要員としての第一、武を極めた上位貴族家子息たちがついているのに。
なんで第二?
外交特化メンバーだって聞いたのに、違うのか。
情報操作する時にしか、第二が出てくるはずがないのに。
この夜会で、何をする気だろう。
俺は途端に不安になって、周囲を伺う。
知らされていないのに、何かの作戦が進んでいるんだろうか。
ふと、両親と目があって、小さく目で合図された。
え、何もキイテナイヨ!?
よく見てみれば、駆けつけてきた第二親衛隊の子息たちは、息を荒げているし汗もかいている。
外交特化で、いつもカッコつけてないといけないはずのメンバーが、汗垂らしてる姿なんて初めて見たよ。
殿下が一人で暴走した、事態の収拾をつけにきたのかも。
「ええい、聞け!わたしは、婚約者と決められて以来、ご機嫌伺いにも来ない女を妃にするつもりはない!!」
……俺はこいつのために二年間も軟禁されたのに、もしかして、解放された!?
ヤッバイ、嬉しい。
ご機嫌伺いに来ないって……殿下から会いにいくって気にはならなかったのか?
俺だったら、どんな子かな、会いたいなーって思うけどな。
「殿下、このような場所でおやめください」
「うるさい!わたしは次期国王だ!妃は自分で決める!!」
「殿下、どうか」
「黙れ!!」
親衛隊の皆さんが、殿下を気絶させてでもどこかに連れて行きてえって顔してるけど、国の内情を知らない下位貴族にそんなところは見せられないもんな。
これを収められるのって、もう、陛下くらいしかいないんじゃないの?
段取りだと、もう少し後にならないと王族は出てこないはずだけど。
そんなことを考えていたら、ざわり、と夜会会場内がざわめいた。
「失礼」
ズシンと腰に響く、甘くて低い声が会場内を通り抜けて、俺はその場にヘナヘナと座り込んでいた。
あ、あれ?今、なにが起きたの?
足に力が入んないんだけど?
靴が石床を打つ音がして、人波が割れた。
「こんばんは、兄上」
人々の波の間を、なんの障害もないように歩いてきたのは、初めて見た人だった。
なのに俺は、どこかで会ったことがあるような、会いたい人に会えたような、そんな気持ちになった。
背で揺れる漆黒のたてがみと美しい尾を見て、一瞬で誰か察したのか、周囲の貴族たちが場を開けていく。
漆黒のたてがみを持つ妃の存在を、誰もが思い出す。
「……誰だお前?」
ヲイ、第二王子殿下、何でお前が分かんねえんだよ!!って、絶対みんな思ったはずだ。
「ふふ、久しぶりすぎて分かりませんか?
貴方の異母弟、バフバ・シダン・ロイスタバ第三王子ですよ」
武の左妃の息子、体が弱いと言われて、姿を見せたことのなかった第三王子が、にっこりと微笑んだ。
そんでさ、なんで俺、泣いてんの?
青毛のバフバ第三王子は、ぐるりと周囲を見回して、そして端正な口元を吊りあげた。
「まもなく立太子の儀が始まる、皆、静粛にその場にて待つが良い」
誰もが思ったはずだ。
この人には逆らったらいけない気がする、って。
俺も思っちゃったもん。
そんな俺の前にコツ、コツとやって来た第三王子が、優雅に手を差し出してくる。
「ラプ、大丈夫?」
周囲に聞こえないような小さな声をかけられて、優しく引き起こされた。
……え?
たった一人だけに許した愛称で呼びかけられて、思わず第三王子の顔をまじまじと見つめてしまう。
真っ黒な毛並み、真っ黒なたてがみ、真っ黒な瞳。
こんなに精悍な姿じゃないけど、こんなに立派な体格じゃないけど、俺は知ってる。
真っ黒で小さくて細い、二歳年下の彼を。
「……シッダ、なのか?」
「そうだよ、バフバ・シダン・ロイスタバ、君だけのシッダだよ」
お互いに愛称しか知らなかった、ガリガリで病弱だったはずの幼馴染の変貌に、俺はぽかんと口を開けるしかなかった。
「ま、待て、いつからシッダが俺のものになったんだよ」
「君が会いに来てくれないから」
いや、それは軟禁されてたから、って言えない。
俺が聞いたことへの返事でもない。
なんでうちの庶民街屋敷の近くに、療養中のはずの第三王子が住んでるんだよ!
シッダは貴族じゃないと思い込んでた。
住んでる家だって、どう見てもちょっと裕福な一般人、くらいだったのに。
「意味がわかんない」
「会いたかった、パルのもふもふをもふもふしたくて辛かった」
手を強く引かれて、気がつけばシッダの胸元に抱きつくように倒れ込んでいた。
「パル、君は僕のものだ」
「意味わかんないし!」
二年の間、会えなかったせいでおかしくなったのか、と俺よりもデカくなってしまったシッダを見上げれば、にっこりとした笑みが降ってくる。
「大好きだよ、ラプ」
それは、友達として、だよな?
不安な俺の気持ちを後押しするように、国王陛下と三人の王妃の入場が高らかに告げられた。
静まり返った夜会会場に、国王陛下の声が響く。
本当に顔と声だけは良いよな。
「今宵、我が国の次代の王となる王太子を発表する」
その言葉に、全てを知ってるはずの上位貴族も、国の運営には関わってない下位貴族も深く礼をする。
ちらりと見れば、第二王子殿下はぼーっと突っ立ってる。
何それ、自分は王太子に任命されるから、頭下げなくて良いとか思ってるの?
まだ任命されてないから!
公の場では他の王族へ対して謙虚にって習ってないの?
次期正妃を押し付けられる俺は習ったよ!
ニヤニヤとしている第二王子殿下は、隣で礼をしている下位貴族らしい家の娘さんに、ひそひそと何かを囁いて、二人でクスクスと笑っている。
めちゃくちゃ目立ってる。
嫌だー、逃げたい。
ここで正妃になるパルヨンでーす、なんて紹介されたくないぃ!!
「大丈夫だよ」
俺が震えているのを、何と勘違いしたのか、臣下の礼をとっているシッダが小さく囁いてきた。
何がどう大丈夫なんだよと聞きたくても口をひらけない。
アホ陛下でも、国王なのは事実。
公の場では畏まって敬って、うまくコロコロ転がせるように!って訓練を受けさせられた俺は、頭の中では逃げたくてたまらないのに、逃げられない。
「王太子は、バフバ・シダン・ロイスタバ第三王子とする。
今より王太子としてバフバ・シダン・イクイセスティと名乗るが良い」
「へっ?」
「嘘でしょおっ!?」
陛下の声にかぶせて叫ぶというとんでもない不敬をやらかしたのは、第二王子殿下とそのお連れの娘。
足が丸出しの恥ずかしいドレスを翻して、第二王子殿下を見上げると「どうなってんのよ!!」と貴族令嬢らしからぬ勢いで絶叫した。
うわ、どこの誰か知らないけど、すごい怖い。
今の女の子ってあんなんが普通?
「ね、大丈夫でしょ?」
小さく囁きが聞こえ、そして、カツン!と高らかな足音が響いた。
「バフバ・シダン・イクイセスティ、王太子の拝命を賜ります!」
かっこいい……じゃない!!
シッダの声がかっこよくて膝が震える、どうなってんのよ、俺の足ぃ!
「貴様、何をしたあっ!!」
素敵すぎるシッダを、再び腰が抜けて床にへたり込んだ俺が見上げていたら、第二王子殿下が突撃をかまして来た。
そうだよ、どうなってんだよ?!
俺は、王太子は第二王子殿下だって聞いてたぞ。
ちょっと妄想癖があって扱いづらいけど、他に国王に適当な王子がいないからって。
外見詐欺の上に、頭がお花畑で扱いづらいって、裏を担う上位貴族子息の間では第二王子は悪い意味で有名だった。
どうにかして上手く転がして在位期間を短くしてくれ!って俺に重圧がかけられてた。
俺の才能を知ってる親世代からは、婚姻後は早く子供を産みなさい、たくさん産みなさい、って笑顔で脅迫されてきた。
さっさと病死か事故死させてしまいたいって、言いたいのはよく分かったけど。
こんなまんまるデブでも、俺は男なのに。
男とくっつくなんて嫌なのに。
今日、二年ぶり以上に見た第二王子殿下は、姿だけは完璧だった。
灰色のような青色のような美しい髪の毛。
濃い茶色の瞳。
長くて綺麗な尾。
これだけ見た目が良くてアホなら、外見詐欺って言われるだろうな。
でもこいつの子供を俺が産むのかと思ったら、気持ち悪くて吐き気がして、逃げたくて逃げられなくて。
死んでしまいたいほど自分が惨めになった。
整った顔は、話で聞いていた以上に凛々しいけど、俺には素敵だなんて思えない。
だって、俺が好きだなって思う顔は……。
最低な気持ちをごまかそうと、甘味を口に突っ込んでいる間に、第二王子殿下が妹相手にやらかした。
俺の可愛い妹に何やってやがる!って思ったけど、同時に哀れだと思った。
何も知らされていない王子殿下が。
子供が生まれたら、さっさと玉座から落とされる、未来の夫が。
第二王子殿下を愚かに育てたのは、この国を運営する上位貴族たちの総意。
過去に国が揺れに揺れたことを教訓に、王家は子沢山を推奨され、次代の王と有能な者以外は国外に嫁や婿に出される。
国を守るために。
国を強くするために。
王族が、家畜みたいに扱われているって、周辺国に知られないようにしていても、きっといつかは露見する。
いつまで、こんな茶番を続けるんだよ。
俺も第二王子殿下も、無様で惨めだ。
「ラプ、どうしたの?」
「シッダ、ごめん」
俺は、第二王子殿下に嫁入りするんだ。
もう二度と一緒に遊べない。
王様を上手く転がせそうにないから、正妃として子作りするんだ。
……あれ、正妃?
王太子が未来の王様で、王太子は……シッダ?
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