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〜妹視点〜 自称第二王子殿下に婚約破棄を告げられましたわ

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「聞けパランナ・シビイリア・リーケットイミンター、わたしは、ユクシンケルタイネン・ヤ・ティフマ・プゥテ第二王子。
 今この時、この場で、そなたとの婚約を破棄する!」
「…………それは、わたくしに言っておりますの?」
「当たり前でしょう!」

 突然近寄ってきて、誰かしらこの人?と思った男に、名前を呼ばれて。
 それ、私に言っているのかしら、と思わず、目の前の自称第二王子を見下ろして応えてしまいましたわ。
 ついでのように、自称第二王子の横にくっついているのは、突然叫び出したぶち模様の女。

 成長期で背が伸びすぎてしまい、そこらの男並みの身長になった上に、今は夜会用に高いヒールを履いているから、完全に自称第二王子よりも背が高い私。
 でも、女として発達すべきところもしっかりと育っておりますわ。

 変な宣言をする自称第二王子の視線ですけれど、私の胸に釘付けで寒気がしてしまいます。
 気持ち悪いので見ないでくださいませ、と言っても良いかしら。

 自称第二王子の横にいるぶち女が私を見る目が、すっごい嫌な感じですわ。
 膝まで丸出しの娼婦のようなドレスを着たこの方は、どこの誰かしら。
 これまでに見たことのない方ですけど、こんな下品なドレス、どこで仕立ててもらったのかしら?

 自称第二王子とぶち女に睨まれ、怒鳴られて。
 成長期に入る前の私なら、怯えたふりをしていたでしょうね。
 でも。
 今では、ふわふわ要素を残したキリリクール系カテキョ美人なんて言われる私は、目の前の気持ち悪い自称第二王子と、ぶち女から逃げる気になれませんわ。

 そうですの、私は今、とても怒っていますの。
 逃げるなんてもったいない、やり返してやりますわ。
 この気持ち悪い上に非常に愚かで救いようのない阿呆自称第二王子が、よりにもよって、私と、大好きな中兄様を間違えるなんて許せませんもの。

 あんたの嫁になりたい女なんてこの国にいないわよ、中兄様だって国のために我慢してるんだから!と言いたいのを我慢して、端的に言わせていただきましょう。
 隣のぶち女を、黙っていなさいよ、と視線で威圧しておいて、淑女の武器である西洋扇を広げて、口元を隠しましたわ。

「できません」
「なんだと!?」

「できません」
「それはもう聞いた!!」

 あらら。
 聞き返してきたから、お若いのにもう耳が遠くなってしまわれたのかしら、と親切心でもう一度言って差し上げましたのに。
 前評判以上の阿呆なのかしら。

「婚約破棄はできません」
「なっ」

 念のためにもう一度言って差し上げると、自称第二王子がぐぬぬ、と顔を歪めた。
 その横でぶち女も顔を赤くしております。
 ウププ、笑えますわ。

 あらあら、ぶち女さん、一応貴族の基本礼儀は知っているみたい。
 紹介もされていないの上位貴族に自分から話しかけるなんて、軽蔑されるべき行いですものね。
 でも先ほど叫んだのは、すでに聞かれておりましてよ。

 この様子ですと、沸点の低そうな自称第二王子は、近いうちにストレスで禿げるかしら。
 あら、でも、むしろ綺麗に禿げあがってくださった方が、外見で騙される下位貴族のご令嬢のために良いのではないかしら。

 下位貴族の娘にちやほやされて、調子に乗っている第二王子が阿呆過ぎて辛い……って、側近になる予定の上位貴族の子息たちが嘆いていると聞いておりますもの。
 いくら傀儡の王でも、扱いにくい傲慢王では困りますわ。

 きっと隣のぶち女が、噂の下位貴族の娘なのでしょうね。
 貴族でも下位になると、あんな風に下品に足を出すものなのかしら?

 ……他には見当たりませんわね。

 流行っているわけでは、なさそうですわね。
 あんな下品なドレスが流行ったら困りますもの、少しだけ安心致しましたわ。

 私には天から与えられた文官の才能がありますけど。
 これは他者を会話でやり込めることのできる才能、ではないんですのよね。

 私は第二王子の婚約者ではありませんし、あなたと中兄様の婚約は(国王を除く)王家と上位貴族の総意ですわ。
 と言えたらどれだけ良いか。
 自称第二王子には、言えませんけれど。

 どう立ち回ったらこの場を乱さずに、情報を流出させずにうまく伝えられるかしら、と思っていたら、自称第二王子が吠えた。

「婚約破棄ができないわけがないだろう!!」

 自称第二王子と私は婚約しておりません。
 ですから婚約破棄はできません。
 そう口にする前に、ぐい、と背後から腕を掴まれました。

 ふんわりとして暖かい指の感触に、誰が来てくれたのかすぐにわかり、顔が笑みになってしまいます。

「笑うな!この淫乱女が!!」
「……それは、どういう意味でしょうか」

 怒りを堪えているような、低い声で自称第二王子に返答したのは、私ではありません。
 私が最も敬愛していて、そして私とその友人たちに新しい世界を与えてくれた救世主アイドル

 国の忠兎たるリーケットイミンター侯爵家、三兄弟の次男、中兄様パルヨン・ラプシア・リーケットイミンター。

 つまり、殿下の本当の婚約者ですわ。
 今日も中兄様のふわふわほっぺは素敵ですわ。
 年上の男性だってこと、忘れてしまいそうですもの。

 背が伸びたおかげで、中兄様のアウターの襟首の中まで丸見えなので、いつだったか、そこに熱烈なキスマークをつけてきたことを思い出してしまいましたわ。

 兄様が王子を嫌がるのは、意中の相手がいるからなのでしょうか?
 名前とか聞いたことはありませんけど。

 でも兄様、大丈夫でしょうか。
 基本的に穏やかな中兄様は、ことを荒立てることを望まれずにいて、いつも微笑んでおられます。
 それをいいことに周りが兄様を嘲笑するのを、私や大兄様、小兄様は許せないのです。

 私たち、兄弟妹だけが中兄様をいじって良いんですのよ!!

 優しい中兄様が、こんな風に怒っておられるような顔をするなんて、と思うと胸がときめきます。
 兄様の妹でよかったですわ。

 そんなことを、私をかばうように前に出た中兄様の、つむじを見下ろしながら考えていたら、いつのまにか自称第二王子が興奮しまくっておりましたわ。

「なんだ貴様は、無礼だぞ!」
「我が妹は淫乱ではありません、そして現在、婚約者もおりません!!」
「何をい……なに?」

 あらあら中兄様。
 勘違いをあっさりと阿呆に教えてしまうなんて、がっかりですわ。
 これが大兄様なら、もう少しからかって怒り狂わせておいてから、突き落とすのでしょうに。
 本当にお優しい中兄様ですわ、そんなところも大好きですけれど。

 相手がこの阿呆でなければ、ふわふわ可愛い中兄様が困っているところを見ていたいですわ。

 さてと、よだれが垂れていないかチェックはしましてよ、中兄様はどうやってこの阿呆自称第二王子を言いくるめるつもりなのでしょう?
 そろそろ、注目も集まりきっておりましてよ。
 自称第二王子が、うまく汚名を返上できるか見ものでしてよ。

「リーケットイミンター家には、娘が他にもいるのか?」

 困惑したような自称第二王子の言葉に、中兄様は丁寧に答えてさしあげております。
 私なら「いません」で済ませますのに。

「いいえ、我が家におりますのは、この可愛い妹一人でございます」
「それなら、わたしの婚約者はその娘で間違いないではないか」
「いいえ、違います」
「わ、わたしを愚弄しているのか!!」
「いいえ、違います」
「ふ、ふ、ふざけるなこのデブっ」

 何も知らない下位貴族も呼ばれている夜会の会場で、中兄様が殿下の婚約者だと明かすわけには参りません。
 何しろそれをお披露目するのが、本日のメインイベントなのですから!
 え、立太子の儀式?そんなのもございましたわね、おまけですわ。

 そんなことよりも、中兄様に、この阿呆はなんておっしゃいました?

「殿下、こちらにおられたのですか!」

 ぞろぞろと現れたのは、自称第二王子と良い勝負のキラキラ上位貴族子息たち。
 ちなみに、阿呆を操って国を運営していかなくてはいけないので、完全に能力と性格で選ばれておりますわ。

 それなのにキラキラしているのは、そうなるように演出され、矯正され、振る舞うように教育を受けているからでしょうね。
 多分この方達の外見は、仕事が終わって寝巻きに着替えて気を抜いたら、そこらのお坊ちゃんと同じですわ。

 うちが裏で良かったですわ。
 表の仕事をなさっている方々は、気苦労が多そうですもの。
 小兄様が白い歯をキラッとして「可愛いお嬢さん」なんてやり出したら噴飯ものですわ。

 あらあら、いけない、中兄様がどうしようって顔をなさってますわ。

「ごきげんよう、皆様、ご挨拶をお願いしても構いませんかしら」
「これは、申し訳有りません、可憐なお方への無礼をお許しください、我々は第二王子殿下の側付きをしております、第二親衛隊の者です」

 あらまあ、大変ですわ。
 何かあったのかしら。

 そう思いながら見下ろした、中兄様の顔色も青白くなっておりました。

 
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