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王太子発表の夜会で起きた珍事
しおりを挟むもぐもぐすると口の中に広がる甘味に夢中だった俺は、気がつくのが遅れた。
いつの間にか、夜会会場に姿を見せた第二王子、ユクシンケルタイネン殿下。
キラッキラにシャンデリアの光を反射する、ブルードミノの長い髪をなびかせる姿は、若くして威厳たっぷりなのに美しい。
……あ、あれー?
王族、しかも主役が来るのは、まだまだ後の予定なのに?と俺が首をひねったその時。
「……婚約を破棄する!」
少し離れた所でそれを見て、聞いてしまった俺は、絶叫を口の中の美味しい焼き菓子と一緒に、ごっくん!と飲み込むだけで精一杯だった。
何がどうなって、こうなった!?
◆
俺の名前はパルヨン・ラプシア・リーケットイミンター。
生まれも育ちも貴族のご子息様だ。
俺の家は国を代々支える裏家業に命をかけている、侯爵。
貴族の中でも、裏国家運営に関わってる中ではトップクラスの、忠臣で狂臣という評判だ。
家族構成は両親と子供が四人。
遠方に父母方の祖父母が全員存命、でも会った事はない。
父母らも、みんな国家鎮護の裏家業に精を出していて、家族団欒をする暇なんてない。
先祖代々総出で営々と、家族で裏家業に邁進する家出身の俺は、貴族には珍しく兄弟仲が良くなるように育てられた。
ちなみに俺は次男。
三人の兄弟妹一緒くたに育って、四人ともそれなりに出来が良い。
みんな得意なことが違うから、余計に仲が良かったのかもしれない。
貴族は絶対に受ける、五歳児才能検診。
神に与えられた才能を調べる儀式で、兄弟妹四人ともに天の才能があると判明した。
国の存続に忠を尽くすべく、裏家業貴族同士で婚姻を結び続けてきたリーケットイミンター家でも、こんな快挙は初めてだった。
才能ってのは、百人に一人が持っていれば多いくらいなのに、四人とも才能もち。
でも、うちの両親は歓喜して周囲に言いふらしたりしなかった。
裏家業だから。
兄には魔術の才能があった。
弟には剣術の才能があった。
妹には文官の才能があった。
そして俺には、子沢山の才能があった。
……どうやら、俺は子沢山になるらしい。
子沢山って、貴族にとって役に立つ才能なんだろうか。
裏家業の役には立ちそうにないよな。
意味不明な才能だからと、神殿で過去の才能記録などからしっかり調べてもらった結果。
子沢山の才能を持っている者は、相手が男女関係なく子沢山になるらしい。
男、女、関係なく?
男の俺が、男相手に子沢山?
どうやって?
その辺りは、大人になってから、と父様にはぐらかされたけれど、数年もしないうちに、俺は男なのに子供が産めるらしいと知った。
好奇心なんて持つんじゃなかった。
なんでそうなるのか、さっぱり分からない。
男が子供を産むメカニズムを、誰か教えてくれ。
俺の腹の中はどうなってるんだ。
そしてまあ、色々あって、現在、王家の血が途絶えそうになってるから、サクッと捧げられた。
俺に子沢山の才能がある、と判明してすぐの六歳の時には、男なのに第二王子の婚約者候補の筆頭になっていた。
知らされてなかったけど。
なんで、成人祝いの十五歳の誕生日まで秘密にしてたんだよ!と両親に言ったら。
「教えたら、お前は逃げるだろ?」
って言われた。
うん、知ってたら逃げたと思う。
捕まるのは確定でも、逃げたと思う。
だってさ、突っ込まれるだけでも悪夢なのに、子供何人も産めとか地獄だろ。
俺は女の子をハグしたい方なんだけど、って言ったら「正妃になってから、愛人を作って良いか聞いてみろ」だって。
正妃……そうか、俺が正妃になるのかー、この国やばくね?って思った俺は正しいと思う。
話が変わるけど、この国の国王陛下は、三人の妃を娶る。
これは確定事項で、王様本人が嫌がろうがなんだろうが、絶対に三人の妃を迎えないといけない法律になってる。
正妃が一人、これが一番権力持ってる妃(って建前なのを俺は知ってるぞ)。
右妃が一人、これが文官系トップで、宰相と討論できる頭が必要。
左妃が一人、これが武官系トップで、将軍と戦える強さが必要。
これだけ聞けばわかるだろ?
国王陛下は、無能の方が良いってことが。
右妃と左妃は能力で選ばれるから、王様の意見なんか通らない。
つまり、実質王様が選べるのは正妃だけ。
でもこの正妃だって、王様が自由に選べるわけじゃない。
何人かの候補の中から、選べる。
と言っても、本物の妃候補はたった一人だけで、他の候補は盛り上げサポート要員だったりする。
国を運営する、裏家業や表家業の貴族たちの総意で選ばれた、たった一人の正妃候補が王子殿下を懐柔して、恋愛結婚(だと思い込ませる)に持っていくわけ。
恋愛結婚だと思い込んでるのは次期国王陛下のみ。
つまり、正妃に選ばれるのは、命令を全部イエスできる人か、使命のために自分を捨てられる人。
俺にはどっちも当てはまんないなー。
正妃が子沢山じゃ無くても良いと思うんだけど。
基本的に王様候補はアホだから、当たり前のことだけど、お飾りの王と結婚したい貴族子女なんていない。
上位貴族のほとんどの家が、国の裏か表に関係してるから、世襲貴族家の子女ならみんな知ってる。
みんな、自分の家の得点になるから、と喜んでサポート要員に手を挙げる。
知らないのは王子殿下のみ。
次期国王はどの妃の子供でも良いけど、可能なら王様を抑える任務に人生を捧げた正妃の子供が最良。
え、ご褒美じゃないよ、もちろんこれも仕事だ。
幼い頃からデタラメな帝王学を学ばせて、しっかりと教育すると見せかけて、単純で愚かな王様に育てる。
ちなみに、王子殿下が自力でおかしいと気がついた場合は、継承権を下げて、本物の知識と技術を与えて育てる方向に変わる。
有能な者は有能に育てないと、国の未来のためにもったいないからな。
そんで俺の婚約者の第二王子殿下は、今の正妃様の子で、アホ育成用帝王学をしっかり学ばれた。
自分が学んでいるのが、全くのデタラメだと気がつかないまま、成人後もぶらぶらしてる。
十五歳の成人と同時に傀儡王に確定!で、俺が婚約者。
もう、泣いていい?
第一王子殿下は右妃の子で、天の才能はないけど頭は悪くないから、文官系に進ませて、宰相を目指して調整中。
第三王子殿下は左妃の子で、生まれつき体が弱くて、療養地で育てられてるとかで、姿を見たことがない。
現在、王子が三人しかいない王家。
本来なら王家の血筋を維持するための公爵家も、今はない。
まあ、いろいろあったって、父様に教えてもらった。
国の未来を思えば、王様に子沢山を望むのは分かるけどさ、男の俺が婚約者って、さすがのアホ殿下もかわいそうだ。
男相手に腰を振る運命を、殿下は受け入れてるんだろうか。
俺は嫌だ。
ちなみに俺は、デブだ。
なんか、うん、才能の影響らしい。
男なのに子供をたくさん産めるようにって、体がそうなるんだとさ。
この体格のせいで、ずっとバカにされてきた俺としてはただ一言。
全部放り出して、逃げ出したい。
兄はインテリ(ヤクザ)な雰囲気の、線の細いイケメン。
弟は気は優しくて力持ちな、マッチョ濃いイケメン。
俺の癒しであったふわっふわな妹は、成長期でメキメキ伸びて、ボイン、キュウッ、ボイ~ンッになってしまった。
これまでのパステル系ふわふわ娘は卒業します!と、どっからか用意した三角形のメガネをかけて、赤い口紅をキリッと引いた女カテキョな妹の姿に、男どもが股間を押さえてんのが腹たつ。
俺だけが、デブでまんまるだ。
顔が母親そっくりだから、血が繋がってない拾われ子だ!とか疑いようがないのがきつい。
◆
十五歳の誕生日に、お祝い?で俺が王子の婚約者(本命)だと知らされ、軟禁されていた俺も十七歳になった。
貴族街の屋敷と、庶民街の屋敷を往復しながら俺は育った。
王族になる前に庶民の生活を学ぶように、ってことだったらしい。
街で仲良くなった庶民の幼馴染との文通だけは許されたけど、俺が将来の国母で正妃になるのは秘密だから、軟禁されてるなんて伝えられない。
毎回、手紙にも検閲が入るんだ。
仕方なく、ちょっと家業を継ぐ準備で家を離れられない、って書いた。
次男なのに?って返事には、兄上の補佐をするから、って書いた。
嘘ばっかりだ。
大事な幼馴染なのに。
今の唯一の癒しは、幼馴染が手紙に書いてくれる平凡な毎日を、俺もスローライフしたいなーって想像することくらい。
まあ、俺を軟禁した両親はファインプレーだ。
さすが両親。
俺の考えることなんてお見通しだ。
軟禁されてなきゃ、とっくに逃げてる。
国への忠誠心なんて、ケツ掘られるって知った日に消えた。
俺は所詮その程度の男なんだ。
侯爵家にふさわしくないんだ。
そして今日、第二王子殿下の立太子が決定したから、婚約者お披露目の夜会だぞ、と両親と護衛(という名の見張り)に囲まれ、泣く泣く夜会にやってきた。
もちろん二人の兄弟と妹も一緒だ。
兄弟妹たちは、俺が本気で殿下と結婚したくないと考えてることを知ってる。
けれど侯爵家の者として、国の裏を支える家として、俺の味方はしてくれない、できない。
兄弟妹たちが、俺を助けられない、と辛い思いをしてるのは知ってる。
逃げられないならせめてって、心を砕いてくれたのを知ってる。
兄貴は、男同士のあれこれを調べて、本や必要な諸々を山ほど用意してくれた。
本は読んでないし、諸々は封印したけど、気持ちだけはありがたく受け取った。
弟なんて、男同士を実地で体験してきた!ってめちゃくちゃ詳しく教えてくれた。
何が悲しくてそんな話を聞かないといけないんだ。
本読まなかったのに、詳しくなっちまったよ!
妹に関しては、よく分からない。
でも、なんか、男同士に対しての世間の目を変えます、とか言って、友人たちとなんかやってるらしい。
妹の友人たちが俺を見て「中兄様が総受けよ!」って言ってるけど、どういう意味だ。
俺は家族が大好きだ。
侯爵家の息子として、与えられた役を演じないといけないって、理解してる。
両親だって、きっと貴族で侯爵家って括りがなければ、国の裏を知らなければ、俺が子沢山とかいう才能じゃなければ、助けてくれたはずだ。
家を出る直前に父様に抱きしめられた。
「すまない」
たった一言だけど、そのおかげで諦めがついた。
王子に抱かれて、子供をボッコボコ産んでやるって決めた。
夜会会場に入る前に、母様に抱きしめられた。
「顔を上げていなさい、何があっても」
そんな泣きそうな顔しないでよ、って思える余裕ができた。
何も知らない下位貴族や平民に男同士を責められるって、知っていて俺にこの役目を与えたんだろ。
そうやってさ、めちゃくちゃ覚悟決めたのに、これ、どういうことよ?
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