【R18】厭人領主の婚約者になった元英雄は、醜い下働きに恋をする

おまけ SS 老家令と領主

　

　辺境の領主にエトレ・レコムフェンセが就任して、季節が一つ過ぎた。

　初めは毛無しが領主ということに、難色を示していた人々も、領主とその夫の訪問と査察を受けて、意見をくるっと変えることが相次いだ。
　ケェアを敵に回したくない、と手のひらを返したとも言う。

　表向きは、二人が丁寧に対応をしたおかげで、領内に何かが起きるかもしれないというような話はない。
　平和な辺境の日常は、のどかに過ぎているように見えていた。

　しかし、長くレコムフェンセ家に仕えるトゥアは、毎日が心労の連続だった。

「大丈夫ですか」
「う、うん……」

　返事はしたものの、今日も疲労困憊という顔をしているのは、当地の領主であるエトレ。
　布を巻いた腰部分を、上肢の指先でトントンと叩きつつ、立ったり座ったりするたびに、イタタ、と呻き声をあげる。

「お休みになった方がよろしいのでは」
「でも、今日中に目を通しておきたいから」

　健気なエトレの言葉を聞きながら、トゥアは複雑な気持ちになる。

　元英雄であるケェアが、男爵家に入り婿として来てくれたのは良い。
　見た目で嫌悪されてもおかしくない毛無しのエトレを、本当の意味で妻として愛し、慈しんでくれていることも良い。

　しかし、夜毎に英雄の体力で抱きつぶすことに、困っていた。

　トゥアとしては、孫のように思っているエトレを大切にしてくれることは喜ばしいことだが、毛無しへ発情できるケェアが理解できない。

　トゥアはエトレを幼い頃から世話しているので、全身に毛がないことを知っている。
　言葉にできぬほど気持ち悪い、ずるむけの全身を何度も見ている。
　知っていても、見慣れるものではない。
　お可哀想に、と思ってしまう気持ちは無くせない。

　何度かケェアに苦言を呈したけれど、エトレから話を聞くと、本人にも制御できないらしい。

　無事に各地へのお披露目が済んだ後だから良いものの、もしも子ができたらどうなるのか、と今から不安を隠せないトゥアだった。

「いっ、あいたっ」

　上半身と上肢を伸ばして、新しい書類を取ろうとしたエトレが、ぎくん、と体を硬直させる。
　歳を重ねて、あちこちの関節に問題を抱えだしているトゥアの方が、よほど若々しい動きができるな、とため息をつきながら執務卓へと手を伸ばして、エトレの代わりに書類を取る。

　早めに、執事になれそうで、毛無しへ偏見を持たない若者を見つけなくては、とトゥアは思う。
　教育ができる者が領主であるエトレ本人しかいないので、選抜が長引くかもしれない。

　新たな領主が決まれば、年齢を理由に職を辞そうと思っていたトゥアの受難は、まだまだ続くようである。

「と、トゥア、痛み止めのお茶をお願いぃ」

　ゆっくりと動き、なんとか椅子の上に腰を下ろしたものの、どこかを痛めてしまったのか、泣きそうな顔の若き領主に、まだまだこれからが大変ですよ、と心の中で忠告するにとどめておくのだった。