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しおりを挟む……け、ケェア様が、とても幸せそうに笑っておられる。
怖いくらい。
エトレは変な緊張感を覚えてしまい、後ずさりそうになる。
「あの、ケェア様こそ、お疲れではありませんか?」
「だいじょぶさー、俺氏パワーましましチートもってっから!」
興奮したケェアが、よく分からない言葉を口にするのは珍しくないので、エトレはそうですか、と頷いた。
大丈夫……なのだろう。
た、多分、そう多分……本当に?
いまいち自信がもてないエトレがケェアを見上げると、穴が空きそうなほど見られていることに気がつき、全身を引きつらせてしまう。
ケェアの目が、エトレの全身を舐めるように、何度も何度も動く。
妙にギラギラとした目は、儀式に挑む前とは思えない。
「やはり、似合いませんか?」
ケェアが用意してくれた衣なのに、とエトレは肩を落とす。
似合うから!と褒められて調子に乗って、着てしまった自分を責めることしかできない。
醜い姿を隠すために巻く布を、ケェアは美しい衣にしてくれた。
エトレのために注文して作らせたのだと言われ、嬉しくて、戸惑って、困って、それでも喜びが消えなくて。
やはり、醜い姿に相応しいの、ただの布にするべきだったのかな、と落ち込むエトレに、うろたえたような言葉が降り注ぐ。
「違う、す、素敵すぎ、可愛い、かわいしゅぎてっ、グフっ!!」
ボロボロと正気を疑うような失言をこぼした後、ケェアは硬い蹄で自分の頬を殴った。
とても痛そうな音が、周囲に響く。
「……すまなかった、もう、大丈夫だ」
(あかんわ、エトレしゃんがかわいしゅぎて、wktk止まらん、全部ダダ漏れてしまったー!!)
「……ふふっ」
エトレはキリリと顔を引き締めたケェアを見て、吹き出した。
なんとなく、これまでにケェアがエトレを見るたびに、神妙な顔をしていた理由に、思い当たったのだ。
エトレを見つめてから、キリッと顔を引き締めるのは、醜さへの嫌悪を表情に出さないためかと思っていた。
逆があるのかも、なんて、思いもしなかった。
もしかしなくても、初めて出会ったその時から、ずっと好ましいと思ってくれていたのだろうか?と。
変わっている人なのは間違いない。
優しくて頼りになって、醜いエトレなんかを、なぜだか甘やかしてくれる人。
「ケェア様」
「おう」
(俺氏の嫁ちゃん、このかわい子ちゃんが?そうデッスー!ひゃっふぅ!!)
見上げたケェアの顔は、見たことがないくらい凛々しい。
これから戦いに赴くと言われても信じてしまう。
「ありがとうございます」
「おう」
(おおおおう、下心ありありなので、感謝されると心が苦スィ~ッ)
エトレは、全身を柔らかく包む黒い布を、指先で撫でる。
まるでケェアの被毛のように深い黒。
今だけでも、美しくなれたような気持ちになる。
ケェアにふさわしくなれたように。
ケェアが仕立て屋で特注していた、古代のローマかギリシャ風の一枚布のドレス。
映画で見て覚えていたので、こんな形!と店にあった布を仕立て屋の店主に巻きつけさせて、苦労して頼んだ一点もの。
ケェアの本音としては、フリルまみれの可愛さ百点満点のドレスをリクエストしたかった。
アイドルグループ顔負けの。
けれど、ベールを作れる薄い布がなかった。
絶望した。
帆布のような分厚くてゴワゴワの布で、大量のフリルは重すぎる。
失意のどん底に落とされた。
幸運なことに、隣国からの技術で、これまでよりも濃く黒く布を染められるようになった、と仕立て屋の店主に教えられて、思いつきで黒いドレスを頼んだ。
婚姻の時は〝黒〟が、老家令の入れ知恵だ。
どれす?とは?と目を瞬かせる仕立て屋の店主には、孕み腹を魅力的に見せる服だ!と説明をすっ飛ばした。
結果として、白すぎるほどに白いエトレの肌を、黒い布のドレープが生かしている。
ベールではないけれど、頭に黒布をかぶってティアラをはめれば、露出は顔と肘から先だけ。
足元には黒く塗った木靴。
黒マリアさま御降臨ーっ!とケェアはご満悦だ。
「行こう」
(俺氏、感無量~~~~っ)
「はい」
二つ同時に行うとしても、儀式の内容はそう難しいものではない。
多くの領民に参加を呼びかけた関係で、場所も屋外だ。
領主の館のお膝元。
ケェアが徒歩で通いつめていても名を知らない街の、普段は市場が開かれている場所。
店も何もないとガランとして、土がむき出しの広い場所に、おしゃれをした赤毛の人々が集まっている。
街の住民だけでなく、近隣の町や村からも集まっているけれど、お祭り騒ぎという規模でもない。
広場に男爵家の紋章入りの箱馬車と、その横を歩くケェア(体が大きすぎて乗れなかった)が登場すると、ざわめきが消える。
この日のために用意された黒い上着を着たケェアに、誰もが言葉を失った。
凛々しい表情で威風堂々と歩む姿に、顔見知りであってもその姿に見入ってしまい、初めて見た人々は敬畏と驚嘆の眼差しを向けた。
しかし。
エトレが、箱馬車の開かれた扉から顔を出した瞬間。
誰もが息を飲み、いくつも悲鳴が上がる。
なんて醜い。
あんなのが新しい領主?
この地はもう終わりだ。
そんな言葉が、ひそひそと人々の間を飛び交う。
「注目せよぉっ!!」
(あー腹たつ、こいつらほんと苛つく、全員ツノで突き刺してやりてえ)
広場に響き渡った、腹の奥が震えるような低い号令に、美丈夫へと視線が集まる。
「新領主、エトレ・レコムフェンセ殿の着任の儀を行う!
総員静粛にせよ!!」
(せめて黙っててくれよな、邪魔したら許さねえし)
理由は分からないけれど、明らかに怒り狂っている、巨体を誇る猛者の言葉に逆らう者が、いるはずもない。
場が凍りついたように静まる中で、エトレが馬車から全身を出すと、一部の孕み腹からため息がこぼれた。
領主の姿の醜さは許容し難くても、身にまとった黒い衣は、これまでに誰も見たことのない美しさだった。
近頃の、美しい布を身にまとう流行が、若者の間で根付きだしていた。
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