【R18】厭人領主の婚約者になった元英雄は、醜い下働きに恋をする

Cleyera

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21 領主として

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 貴族としてのあり方なら、先代の姉が正しい。
 しかし、先代領主は恋に落ちていた。
 体は弱くても心の強い孤児の孕み腹を、誰にも奪われたくないと番にした。

 他の腹などいらない!
 それならばお前はもう弟ではない!

 姉弟間の言い争いは苛烈を極め、修復不可能なまでにこじれた。
 最後にはお互いを罵り合うだけになった。
 それ以降の姉は、嫁ぎ先の遠方男爵家から一度も里帰りをしていない。

 時折、先代領主父親が姉に手紙を送り、日持ちする農作物を送っていたことを、執事見習いとしてテルにこき使われていたエトレは知っていた。
 伯母の嫁ぎ先の地では、地形の関係で地滑りが起きやすく、民が困っていると聞くたびに支援の手を伸ばしていたことを。
 仲直りができたかどうか、は不明だ。

 先代領主の執務補佐をしていた執事は、事故で主人と共に亡くなっている。
 家令のトゥアは、隣国対策の諜報と家内に特化していて、領内の統治には明るくない。

 領内の情報を集めるのは、執事の仕事だ。
 当時は執事見習いだったエトレは、情報を共有されるだけの経験を積んでいない、未成年だった

 伯母に養子縁組の話を持っていくには、領主であり、執事見習いの経験があるエトレ本人が出向くしかなかった。

 事前に手紙を何通かやりとりした時の感触は、悪くなかった。
 子供が二人いれば、どちらかは家を継げない。
 元が都会の貴族ならばともかく、同じく田舎貴族なのだから、当主の座が転がり込んできて、喜ばないわけがない。

 きっと助けてくれる。
 そう思って、伯母に伸ばしたエトレの手は、嫌悪の表情で払いのけられた。

「醜い、なんて醜いの!よくもそんな醜い姿をわたくしの前に見せられたものね!
 愚かな弟だと思っていたけれど、まさか毛無しを自分の子として飼っているなんて!」

 二人いるという、あなたのお子様のどちらかを、レコムフェンセ家の後継にして頂けませんか?と口にすることも出来なかった。
 興奮して喚く伯母に呆然として、立ち尽くした。
 家令のトゥアが同伴していなければ、心痛で領に戻れなかったかもしれない。


 その後も家令のトゥアが、何度も伯母に手紙を送ってくれている。
 エトレが毎回署名をしているのだから、知っている。

 伯母から、返事はない。
 返事がないことが拒否です、とトゥアは言う。

 そんな時に王都から国王名義で手紙が届き、テルエトレの婚約者としてケェアがきてくれたことで、交渉に猶予ができた。
 貴族家で婚約から婚姻まで一年は短いけれど、不安を抱える領民たちに伝えられる最良だ。
 領民には、英雄を迎えるために必要な準備期間として、伝えられている。

 家令と暗部以外の仕事が増えたことで、老年のトゥアが疲労を抱えていることを、エトレは知っていた。
 一年もかからずに、伯母の説得ができると思っていた。
 だから、もしも、ケェアが望んでくれるなら。
 一年が過ぎた後は……そんな、夢を見た。

「エッツ」
「……はい、師匠」

 身体能力の低いエトレが、執事としてやっていくために必要な、肉体の使い方をトゥアは教えてくれた。
 暗部の仕事の師匠として。
 将来は執事になる予定だったので、暗部としての心意気は教えてくれなかったけれど。

 訓練の時だけは、領主の実子であるエトレを愛称で呼んで、仕事なのだと教えてくれる。

「エッツ、あなたが領主としてケェア・アテンションヌ殿を夫に迎え、子を産むしかありません」

 エトレは醜い毛無しだけれど、レコムフェンセ家の実子で届出はされている。
 姿を領民へ見せないように隠されているだけで、存在していないことにはなっていない。
 エトレがケェアの番となって子を産めば、それは間違いなく男爵家の後継者だ。

「できません!……できない、ですっ」

 あの、優しい方を。
 あの、美しい方を。
 あの、強い方を。
 あの、素晴らしい方を。

 今以上に利用することなど、エトレにはできない。
 毎晩でも会いたい気持ちを我慢して、数日おきに夜の散歩をするだけで、幸せだった。

 今以上の幸福を望んでは、いけない。
 そう思うと、涙が止まらなかった。

 ずっとこのまま一人で生きていくのだと思っていた。
 双子の兄弟のテルは、ぼんやりと白っぽいエトレとは似ても似つかない、美形の黒毛持ちだった。
 豊かな被毛と、先だけが白い立派な尾を持っていた。

 テルが両親に愛を注がれる姿を羨んでいた。
 けれど理解もしていた。
 醜すぎて正面から見つめることもできない自分とは違い、テルは美の神に愛されている。
 どうして、自分にも少しだけその愛を分けてくれない!と嘆いて恨んだ。

 テルが領主になったら、それを補佐していく。
 それがエトレの人生だった。
 兄の幸せを見ながら、頭と体を隠して執事として働き、死ぬまで館の敷地内で暮らしていくのだと。

 エトレの細い肩に領主の任は重すぎる。
 両親とテルが亡くなって半年で、潰れてしまいそうになっていた。

 ケェアがエトレに勇気をくれた。
 彼が英雄でありながら、田舎に来なくては行けなかった理由を、エトレは知っている。

 愚か者かと思っていた。
 そうではなかった。
 誰よりも優しい人だった。
 そして、強い人だった。
 苦境でも腐らずに、努力して、真っ当に生きていける強さを、目の前で実演してくれた。
 エトレを嫌っていないと伝えるために、抱きしめてくれた。

 両親もテルも、エトレを守ってくれた。
 でも、そこに愛はなかった。
 醜すぎるエトレを愛せないのは当たり前だ。

 両親は、エトレを腫れ物のように扱った。
 テルとは、兄弟というよりも主人と使用人の関係だった。
 トゥアは家令として師匠として接してくれた。
 孕み腹としての知識は師匠から。
 執事としての知識と常識は先代の執事から。

 向けられていたものは愛情の一種かもしれないけれど、無償の愛ではなかった。
 誰も、息ができなくなるほどの、溺れるほどの愛はくれなかった。
 それが普通なのだろうか、と思いながら、両親の連れ添う姿を見るたびに苦しかった。

 成長して、発情するようになって。
 毛無しには明確な発情期が無い代わりに、年中いつでも発情すると知った。
 師匠に教わったように、自分を慰めながら泣いた。
 虚しくて。
 切なくて。
 孕み腹として愛されたい。
 不相応にもそう思うようになった。

 婚約者への贈り物として受け取った、大ぶりな月鈴がついた首飾りが、エトレの薄い胸元で涼しい音を立てる。
 領主としての仕事中だけ、つけることにしていた。

 ケェアに送られた〝月鈴〟を付けていたら、ケェアのようになれるかもしれないと思った。
 ひがむことも妬むこともない、強くて優しい人に。
 短い間でも、領主としてできることを精一杯しようと、前向きになれた。

 しかし今は、エトレに渡された金細工だけのかんざしと違い、派手な飾りと色石のつけられたそれの音は、お前は人々を破滅させるためにここにいるのだ、と言っているようにしか聞こえなかった。

 
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