【R18】厭人領主の婚約者になった元英雄は、醜い下働きに恋をする

Cleyera

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16 贈り物

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 現在のケェアは、衣食住は保障されているけれど、実質お小遣いゼロ円生活だ。
 何か欲しいものがある時は未来の嫁、ではなく老家令に頼まなくてはいけないという羞恥プレイ。
 祖父に孫が小遣いをねだるのであればともかく、わずかなオスとしてのプライドが邪魔をして、一度も頼めていなかった。

 小遣いを渡したくないってことは、領主家の家計が火の車なのか?とも考えたケェアは、もともとこの世界では物欲が満たせないと諦めているので、それで良いと返事をしていた。
 そして老家令はケェアに対する評価を、無言で一段階下げた。
 貴族の家に婿入りするものが、交渉もせずに己の利益を簡単に諦めるとは何事か、と。

 貴族が最も重視するものは家の価値を守ること。
 自分のプライドを守ること。
 それがやせ我慢だとしても、明らかな暴論でも、相手よりもこちらが上だと示し続けること。

 ケェアにはどれも縁がなかった。
 実力のみで戦場を駆け抜けてきたオスが、見栄を張る利点に思い当たるはずもない。

 家令からの評価が下がったぶん、勉強内容が増えて、教え方も厳しくなっていることを、ケェアは知らない。
 この世界に、アイドルグループがない、という事実がケェアを禁欲的な武人にしていた。
 今のケェアは、推しメンを持たない、生きがいを持たないオスだ。

 ともかく、明らかに街の住民ではない人々からの、探るような視線にも、ケェアは毛筋ほども動揺した様子はなかった。

 門兵はただの門兵で、領主家の内情を知っているわけではない。
 ケェアが元騎士で、王都で貴族を怒らせて左遷された、と言う程度の情報しか知らない。
 それでも、この縁談を喜んで良いのではないか、と思い始めた。



  ◆



 半月ほど後。
 暑さも次第にやわらいできた頃。
 夜に虫が涼しく鳴くようになってきた、いつもの散歩の時間に。

「エトレ、これを」
 (俺氏の気持ちよ、エトレしゃんが大好きよーっていう貢物なのよ)

 シャラリと音を立てる球がついた棒を渡されたエトレは、思わず正面からケェアを見上げてしまった。

 視線がぶつかってしまい、醜いバケモノめ、と怒鳴られるのではないかと気がつく。
 慌てて視線を逸らしたけれど、痛むほど勢いを増した心臓が十回どくどくと音を立てても、ケェアは動かなかった。

「気に入らないか?」
 (……やっぱダメか、だよな、俺氏どー見ても頭がカイゼル髭の牛だし、人間に惚れるとか無駄よね、しくしく)
「い、いいえ、あの、違いますっ」

 エトレは震える両手でなんとか受け取ったそれが、手の中で転がり、柔らかく鳴るのを聞いた。
 金属の玉を覆うように繊細な金線細工が施され、店で売っていた時よりも長くなった棒の部分も、金になっている。

「似合うと思ってな」
 (金……メッキにしてみました、予算の問題もあるんだけど、これで多分アレルギーとか大丈夫ぅ、店主が純金の棒はムリムリ言うからごめんにゃん)
「あの、どうして、こんな……」

 高価なものをわたしに?と言葉に出せないエトレは考えた。

 ケェアが老家令に領主への贈り物を渡したことは、知っていた。
 受け取ったトゥアが、領主に手渡す前に危険なものではないか、と確認しているのを見た。

 領主への贈り物は、妻になる相手だから、ご機嫌取りという理由が考えられる。
 夫婦仲を良好に保つための布石とも思える。
 しかし二人の間に会話がないので、関係が全く進展していないことは、館の中で働く者なら知っている。

 領主に婚約者として装飾品を送るのは普通でも、なぜ、わたしにまで?とエトレは悩んだ。
 ケェアがエトレに贈り物をする理由に思い当たらない。

 街で売っていた菓子を、家令に土産として渡していたのは知っている。
 毒味後に、皆でお茶の時に食べていた。
 ……つまり、これは、エトレのみへの贈り物ということだ。

 ケェアが何を望んでいるのか。
 いくつもの可能性を思いつき、消していく。

 男爵家の裏を知りたい?
 言えないなら言わなくて良いと言われた。
 それを最初で最後に、聞かれてすらいない。
 領主について教えて欲しいとも言われてない。
 家令のトゥアから、アテンションヌ殿への警戒をとかないように、と言われている。
 それでも、力づくで犯そうとしてくるヒトではないだろう、とも。
 金銭……は、エトレには用意できない。
 醜い孕み腹をからかって反応を楽しんでいる?
 お金と時間をかけて、そんな無駄なことをする理由が分からない。

 最後に残ったのは、妻以外との、後腐れのない肉体関係を望まれているのかもしれない、だけだった。
 たとえそれでも、心を向けてもらえることを嬉しいと思ってしまい、エトレは毛のない頭部を手のひらで覆った。

 理由もなく、ひどく恥ずかしかった。

「これは月鈴という鈴だ、月を見ている時の貴方は幸せそうだ、それだけで、それ以上の意味は……ない」
 (クッソ、言えねえ、いくら俺氏でも嫁の当てがあるのに、他の子に愛人だとか妾とか言えねえよ、マジだから余計に言えねえっつの!)
「……アテンションヌ様」

 ケェアを見上げられないエトレの瞳が、ゆらゆら揺れている。

「言葉にして下さい」

 不安と期待の、どちらを受け取れば良いのか分からなくて。

「御心を教えて下さい」
「……友人としての贈り物だ」
 (ごめん、これ以上無理、今の俺氏にはこれ以上言えましぇん、言ったら俺氏は最低最悪男確定だおーっ!!)
「……」

 期待をしてはいけない。
 ケェアの言葉は、エトレがそう思ってしまうには十分、だった。

 
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