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その後
22 ヘゴミの悪嬢さま
しおりを挟む扉には衛兵長さんが外から鍵をしっかりとかけた。
「出ようとはしない、ですか?」
怒りに任せて飛び掛かってくるかと思ったが、それはなかった。
「昨日、衛兵にゴミ投げつけた時に、次にやったら暴行罪で収監牢に放り込むって言ってある。
こっから出たとこで、他に訴える場所もねえ、〝ヘゴミの悪嬢サマ〟は北区じゃ有名らしいぞ」
そういえば、ヘゴミ家は北区の上町にあった。
本当におれは上官に利用されていたんだな、と悲しくなってしまう。
廊下にいても、ぎゃんぎゃんとわめく声が聞こえる。
おかしいな、窓がないのにどこから声が漏れているんだ。
簡単な椅子が置かれた部屋まで行くと、衛兵長さんが深々と息を吐いた。
「いやー、昨日からずっとあの調子でよ、暴行されたっつーから、どう暴行されたんだ?って聞いても、暴行、暴行の一点張りで、話にならねーんだわ」
その言葉で理解できて、曖昧に頷いてしまった。
昨日は、困ってしまっておれに話を聞きにきたのかと。
おれが知る彼女も、いつもそんな感じだった。
自分が話の中心にいる時は周囲の話も聞いているのに、話が変わるととたんに声を高くして注目を集めようとするのだ。
なぜそんなことをしていたのか、いまだにおれには分からない。
「ヤフヴァイゲさま」
使用人さんが、衛兵長さんへ早く話せと言いたそうな表情で口を開いた。
今日の使用人さんは、どこか隙だらけだ。
家にいる時のキリッとしてピシッとして、格好良くて凛々しい男性、という雰囲気が崩れている。
この二人、知り合いっぽいんだよな。
なんかこう、子供の頃に見たことがある、喧嘩ばかりしているのにいつも一緒に店に来ていた傭兵の二人組、に雰囲気が似ている。
「へいへいハル、お前と俺の仲だろうがよ、そんでだ、若旦那さまに大事なことを聞くが、良いか?」
「はい」
あ、やっぱり知り合いなんだ。
使用人さんの名前、ハル、っていうんだ、知らなかったな。
そんなことを思いながら、衛兵長さんを見たら背筋が伸びた。
ひどく真剣な顔でこちらを見ていたから。
「あんた、あの女の父親の行方を本当に知らないんだな?」
「はい」
「それじゃ、あの女の罪状は名誉毀損に器物破損、捜査妨害と公務執行妨害ってとこか」
「え……そんなにあるの、ですか?」
「おう、ヘゴミ家の娘だと偽証、スケル家の若旦那が暴行犯だと虚偽告訴。
事情聴取をしていた衛兵に、手に持っていたゴミを投げつけた上に、聴取室の椅子を蹴飛ばして壊した。
一日中わめいているからいるだけで邪魔で、会話が成立しないから聴取がとれてない。
最後に、別件で父親を探しているんだが、知らぬ存ぜぬならまだしも、適当なことばかり言っているからな」
「……素晴らしいほどに、現在進行形で犯罪歴を上塗りしているのですね」
使用人さんの冷たい言い方に、反論する余地もなかった。
「ただ、上塗りはしてんだが、現状でできんのは勾留を長引かせる程度だ。
名誉毀損の場合は、相手が家名なしじゃあ訴える先がねえ」
どういう意味だろう、と首を傾げていたら、衛兵長さんが簡単に説明してくれた。
基本的にこの国で生まれ育った人には、家名がある。
それを剥奪して、家から追い出したいと申請しても、相当のことがなければ許可が降りないそうだ。
家名を失うことは、身元不明者になることと同じで、身分証明が必要ななにもかもができなくなる。
宿に泊まることはできず、病気や怪我の治療も簡単にはしてもらえなくなる。
戦場から戻ったあぶれ者が作った貧民街は、今では他国から流れてきた不法滞在者、家名を失った人々の行き着くところになっているという。
上官と娘の彼女は、共にヘゴミ家の名前を失って、放逐されている。
ただ、婚姻の儀式から逃げただけなのに。
大神殿での儀式不履行は、おれが考えている以上に重いものかもしれない。
家から追い出されるだけならまだしも、仕事もなにもかも失うのだから。
「その辺りは旦那さまが動かれておりますので、問題はないかと」
「俺はそれで良いがよ、若旦那さまはどうなんだ?、おんぶにだっこで良いのか?
なあハル、こいつお前んとこの長男とそう歳も変わんねえんだろうが、甘やかしてばっかだと駄目になんぞ?」
思わず振り向いてしまった。
「ストロナンディは子供がいるの?」
「……あー、ハル、お前の気持ちはわかった」
この天然ぶりじゃ放っとけねえわぁ、と聞こえた。
おれはぼんやりでのんびりだが、天然だと言われたことはない、そう思いつつ衛兵長さんへ目を向けた。
「ヤフヴァイゲさま」
「へいへいまあ良いさ、とにかく、来てもらったらなんか喋るかと思ったが、無駄足だったな」
家名がなくて、所持金もほとんど持っていない彼女からは、罰金を取ることも難しいだろう。
このままだと無報酬労働行きが無難だろうな、とぼやいてから、衛兵長さんはおれを見た。
「手を煩わせて悪かったな、あんたが関わってない証拠はきちんと集めるから、心配すんな」
帰れ帰れ、と軽い様子で衛兵詰所を追い出された。
そのまま、三日。
おれの庭は実りを忘れてしまった。
兄ちゃんは忙しくて帰ってこない。
庭師さんたちは、おれを気遣ってなにも言わない。
使用人さんたちは、いつも以上に優しい。
兄ちゃんが相談に乗ってくれたら、少しは胸のもやもやが晴れるのに。
……またおれは兄ちゃんに頼ろうとしてる。
四日目。
衛兵長さんが訪ねてきた。
「あの女が、無報酬労働の初日に逃げ出しました」
「え?」
あの女、今は家名なきエッキ嬢のことだろう。
「上町に来ようとするかもしれないので、家から出ないようにして頂きたい」
「はい」
今日は客人として訪問しているから、と丁寧な言葉遣いをしている衛兵長さん。
けれどその表情は詰所で会った時と変わらない。
気をつけろ、と本心から心配して、言ってくれている。
王都は王城を中心にして、外に広がるように上町、下町と楕円形を描いている。
東西南北に広がる上町と下町の境には、簡易的な門がある。
上町は高級住宅地であると同時に、王城周辺の治安を守るため緩衝地帯。
日中は門に衛兵さんが詰めていて、下町や貧民街の住民がよからぬ目的で入らぬようにと目を光らせている。
夜中には鍵が閉められて、人の出入りそのものが制限される。
よほどのことがない限り、女一人を見逃すことはないと思うが、と続けられた。
彼女が、おれの家に来ようとする理由が分からない。
それをそのまま口にしたら、衛兵長さんが困ったような表情になった。
「推測になりますが、エッキ嬢は自分が苦労している原因が自分に無い、と思い込んでいるんですよ」
「どうしてですか?」
衛兵長さんの目が、おれの後ろで控えている使用人さんに向けられる。
視界の端で、ゆっくりと首を振る使用人さん。
「自分の口からは言えません」
使用人さんを見たら、再び首を振られた。
おれはまた、兄ちゃんに守られているのか。
「分かりました、ご足労頂きましてありがとうございます」
わりぃな、と呟いて衛兵長さんは帰って行った。
おれが思っているよりも、兄ちゃんの手は長いようだ。
神官として持っている権力より、軍部や、外に対しての影響力の方が強いのかもしれない。
兄ちゃん、早く帰ってきてよ、おれにきちんと話してほしい。
おれのことなのに、おれだけが蚊帳の外だ。
兄ちゃんたちを守りたいと思っているのに。
いまだにおれは守られている。
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