ひだまりで苔むすもの

Cleyera

文字の大きさ
上 下
26 / 28
その後

21 直接対決?

しおりを挟む
 

 衛兵詰所まで、移動車に揺られながら考えた。

 喫茶の帰りにあった時に、おれは彼女に気がつかなかった。
 傷つける機会もなかった。

 それでも彼女は、おれに暴行されたと言っているという。
 その主張を押し通せるだけのなにかが、あるのだろうか。

 自作自演。

 その言葉が脳裏をよぎる。
 彼女ならやりかねない、と。
 おれに会った、暴行された証拠がなくても。

 だが、同時に思う。
 なんのためにそんなことをするのか?

 おれと彼女の縁は切れている。
 彼女が大神殿に来なかったあの日、客人たちの前でぼろくそに上官に責め立てられた時に、お前なんぞに娘をやれるか、と言われた。

 彼女が逃げた、と知っている人は多いだろう。
 招待された客以外にも、日々、神殿に祈りを捧げに来る人々に門戸は開かれている。

 日常で規模の大きな大神殿に通うのは、移動手段を持っている上町の住人くらいだが。
 庶民が集う中神殿ではなかったからこそ、上町全体に醜聞が広まり、彼女は切り捨てられたのだと思う。
 ヘゴミ家も無事ではないかもしれない。

 儀式当日に来なかった彼女に怒りを抱いて、おれが暴行を働いたと訴えても、彼女に得なことなんてないだろう。

 責任を取れと復縁を迫られる?
 復縁してしまったら今後も暴行されると考えるだろう、普通なら。
 この線はなしだな。

 そうなると、俺に考えられる範囲では想像がつかない。

 おれが一人では家を出ないことは、家人が保証してくれる。
 身内の証言は信用できないというなら、最近ずっと出入りしてくれている仕立て屋さんがいる。
 あとは、果実の売れ行きを直接話すことが増えた、果樹卸しの元締めさん。

 使用人さんが「みなさまでどうぞ」と、形が悪い果実を絞った果実水を、警らで立ち寄った衛兵さんたちに瓶ごと渡している時に、顔を出したこともある。
 衛兵さんたちなら酒が良いのでは?、と口にしたら、酒は賄賂だと疑われるから受け取れないのです、と説明してくれた良い人たちだった。

 考えてみれば、家は出ていないけれど、外の人には意外と会ってるな。
 それほど深刻に考える必要はないのかも、と胸元を撫でている間に、衛兵詰所へと到着した。

 なぜか、出入り口に衛兵長さんが立っている。
 緩やかに止まった移動車から、使用人さんに案内されて降りると同時に声をかけられた。

「おう、きたな」
「こんにちは、ヤフヴァイゲさま、突然の訪問、失礼いたします」

 使用人さんが挨拶をしたので、合わせて頭を下げた。

「突然じゃねえよ、きちんと前触れを受け取ってんぜ、そうでなきゃ、おれがいるわけねえだろがよ。
 おっと、悪いがここではこっちが上だ、丁寧な言葉なんざ使わねえぞ」

 前触れ?
 振り返ると、使用人さんがなにか言いたそうな表情をしていた。

 おれの感覚的には、衛兵長さんは昔の兄ちゃんっぽい。
 口は悪いけれど親切な人だと思う。

「ええ、かまわない、です」
「なるほど、やっぱりあんたには女を殴るのは無理だな」

 おれは今日も兄ちゃんみたいには振る舞えないらしい。
 でも、それでも良いのかもしれない。

「女性とは殴るものではなく、尻に敷かれるものだと、母からそう教わりました」
「はははは」

 闊達とした笑い声が衛兵詰所に響いて、衛兵さんたちが何事かと覗き込んで、おれと目があうとすいません、みたいな表情で頭を下げていく。

 ああ、衛兵長さんはここの衛兵さんたちに愛されているんだな。
 そう感じられることが嬉しかった。



 ひとしきり笑った衛兵長さんは、おれと使用人さんを奥へと案内した。
 そこに短期収監牢という、事情を聞いている途中の容疑者専用の部屋があるらしい。

 ……容疑者?
 あれ、訴えた側は容疑者なのか?

「……っと誰かいないの!、寒いって言ってんでしょうが!、今すぐ特級品のミンッキのコートを持ってきなさい!、こんなところにいつまでワタクシをw’#!=イ˚p[ƒ∂¥ンcッッ!!」
「おい、あんた顔色悪いぞ、やめとくか?」

 途中から廊下中に響き渡る声量でわめく甲高い叫び声を聞いて、否応無しに思い出させられた。
 上官に呼び出されて三人で一緒に出かけると、あれはいやだ、これはだめだ、こんなもの、あんなもの、といつも文句ばかり口にしていた。

 彼女が喜ぶ姿が見たい、と流行りの装飾品店を調べていった時も「あら、素敵、でもワタクシはこんな安物なんか付けませんわよ!」と言われて……。

「若旦那さま、帰りましょう」
「でも」

 一度くらい、彼女に聞いておくべきだと思うんだ。
 どうして、結婚を受け入れたのに、当日になって逃げたのか。

 拳を握って、胸を叩く。
 兄ちゃん、おれに勇気をくれ。
 兄ちゃんみたいに、相手が誰でも立ち向かえる勇気を。

「お嬢ちゃん、面会だぞ」
「ワタクシはエッキ・エルスケア・ヘゴミ!、ヘゴミ家の娘よ!!」
「ヘゴミ家からはそんな奴いねえって返事が来てんだよ、一晩経ったら忘れちまったのか?」
「ワタクシを小娘のように扱うんじゃないわよ、この三下!!」

 衛兵長に案内されたのは明らかに牢屋、という格子の場所ではなく、窓がない以外は普通の部屋だった。
 ただ、扉の鍵穴が外にしかない。

「エッキさん」
「ワタクシはヘゴミよ!!ってあらあんたなの、良いところに来たわ、ほら、さっさとワタクシをこんな狭くて臭いところからワタクシにふさわしい家に連れていってちょうだい!
 まったく本当に気が利かないったら!、ああ、家に帰ったらまずは風呂を用意しなさい!、ローズの花びらと香油を入れて、それから夜着はもちろん絹製、それ以外は認めないわ!!」

 たった一言名前を呼んだだけなのに、怒涛のように言葉が返ってきて、足が勝手に後ずさろうとしてしまう。
 だめだ、逃げるな。
 ここで逃げたら、なにも知らないままになってしまう。

 かつて、兄ちゃんが小神殿にいないと知って、死んでしまったと思い込んでいた時のように。

 後悔しただろう!
 一度で諦めて、兄ちゃんの行方を辿らなかったのは、おれだ。
 諦めたら、終わりだ。

 胸の奥がじわりと熱を持つ。
 ここはおれの庭ではない。
 けれど、使用人さんが一緒にいてくれるから、大丈夫だ。

 おれが戦わなければ、家族が迷惑を被る。

「エッキさん、どうしてわたしが貴女をどこかに連れていかなくてはいけないのですか」

 言葉が口から出たことに安堵した。

「はあ!?ばかなのあんた!、あんたと結婚してやるんだから、ワタクシに尽くすのは当たり前でしょうが!!」
「結婚はしません」

 おれと結婚する?
 いまさら?

 まさか、一番最初におれでも思いつけた、これだけはない、と思った方向で来るなんて。
 でもおれが彼女に暴行を加えた、とかいう訴えはどうなっているんだ?

「なんですって!?あん」
「おれが結婚する予定だった女性はヘゴミ家の御令嬢、エッキ・エルスケア・ヘゴミさんでした。
 今現在ヘゴミ家にエッキ嬢はおられません、もしいたとしても、婚姻の儀式に一度でも来なかった方と再び儀式の場に立つことはお断りします」
「あな、なs;flがい3えrあgsd;kjs!!!」

 ぎゃんぎゃんとわめく声があまりにうるさいので、思わず両手で耳を塞いでから視線をさまよわせる。

 呆れた表情で耳に指を突っ込んでいる衛兵長さんが、視線で外に出るぞ、と伝えてきていた。
 使用人さんまで同じ顔をしていたので、不謹慎だと思いながらも笑いそうになってしまった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

君と秘密の部屋

325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。 「いつから知っていたの?」 今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。 対して僕はただのモブ。 この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。 それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。 筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

英雄様の取説は御抱えモブが一番理解していない

薗 蜩
BL
テオドア・オールデンはA級センチネルとして日々怪獣体と戦っていた。 彼を癒せるのは唯一のバティであるA級ガイドの五十嵐勇太だけだった。 しかし五十嵐はテオドアが苦手。 黙って立っていれば滅茶苦茶イケメンなセンチネルのテオドアと黒目黒髪純日本人の五十嵐君の、のんびりセンチネルなバースのお話です。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

処理中です...