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その後
21 直接対決?
しおりを挟む衛兵詰所まで、移動車に揺られながら考えた。
喫茶の帰りにあった時に、おれは彼女に気がつかなかった。
傷つける機会もなかった。
それでも彼女は、おれに暴行されたと言っているという。
その主張を押し通せるだけのなにかが、あるのだろうか。
自作自演。
その言葉が脳裏をよぎる。
彼女ならやりかねない、と。
おれに会った、暴行された証拠がなくても。
だが、同時に思う。
なんのためにそんなことをするのか?
おれと彼女の縁は切れている。
彼女が大神殿に来なかったあの日、客人たちの前でぼろくそに上官に責め立てられた時に、お前なんぞに娘をやれるか、と言われた。
彼女が逃げた、と知っている人は多いだろう。
招待された客以外にも、日々、神殿に祈りを捧げに来る人々に門戸は開かれている。
日常で規模の大きな大神殿に通うのは、移動手段を持っている上町の住人くらいだが。
庶民が集う中神殿ではなかったからこそ、上町全体に醜聞が広まり、彼女は切り捨てられたのだと思う。
ヘゴミ家も無事ではないかもしれない。
儀式当日に来なかった彼女に怒りを抱いて、おれが暴行を働いたと訴えても、彼女に得なことなんてないだろう。
責任を取れと復縁を迫られる?
復縁してしまったら今後も暴行されると考えるだろう、普通なら。
この線はなしだな。
そうなると、俺に考えられる範囲では想像がつかない。
おれが一人では家を出ないことは、家人が保証してくれる。
身内の証言は信用できないというなら、最近ずっと出入りしてくれている仕立て屋さんがいる。
あとは、果実の売れ行きを直接話すことが増えた、果樹卸しの元締めさん。
使用人さんが「みなさまでどうぞ」と、形が悪い果実を絞った果実水を、警らで立ち寄った衛兵さんたちに瓶ごと渡している時に、顔を出したこともある。
衛兵さんたちなら酒が良いのでは?、と口にしたら、酒は賄賂だと疑われるから受け取れないのです、と説明してくれた良い人たちだった。
考えてみれば、家は出ていないけれど、外の人には意外と会ってるな。
それほど深刻に考える必要はないのかも、と胸元を撫でている間に、衛兵詰所へと到着した。
なぜか、出入り口に衛兵長さんが立っている。
緩やかに止まった移動車から、使用人さんに案内されて降りると同時に声をかけられた。
「おう、きたな」
「こんにちは、ヤフヴァイゲさま、突然の訪問、失礼いたします」
使用人さんが挨拶をしたので、合わせて頭を下げた。
「突然じゃねえよ、きちんと前触れを受け取ってんぜ、そうでなきゃ、おれがいるわけねえだろがよ。
おっと、悪いがここではこっちが上だ、丁寧な言葉なんざ使わねえぞ」
前触れ?
振り返ると、使用人さんがなにか言いたそうな表情をしていた。
おれの感覚的には、衛兵長さんは昔の兄ちゃんっぽい。
口は悪いけれど親切な人だと思う。
「ええ、かまわない、です」
「なるほど、やっぱりあんたには女を殴るのは無理だな」
おれは今日も兄ちゃんみたいには振る舞えないらしい。
でも、それでも良いのかもしれない。
「女性とは殴るものではなく、尻に敷かれるものだと、母からそう教わりました」
「はははは」
闊達とした笑い声が衛兵詰所に響いて、衛兵さんたちが何事かと覗き込んで、おれと目があうとすいません、みたいな表情で頭を下げていく。
ああ、衛兵長さんはここの衛兵さんたちに愛されているんだな。
そう感じられることが嬉しかった。
ひとしきり笑った衛兵長さんは、おれと使用人さんを奥へと案内した。
そこに短期収監牢という、事情を聞いている途中の容疑者専用の部屋があるらしい。
……容疑者?
あれ、訴えた側は容疑者なのか?
「……っと誰かいないの!、寒いって言ってんでしょうが!、今すぐ特級品のミンッキのコートを持ってきなさい!、こんなところにいつまでワタクシをw’#!=イ˚p[ƒ∂¥ンcッッ!!」
「おい、あんた顔色悪いぞ、やめとくか?」
途中から廊下中に響き渡る声量でわめく甲高い叫び声を聞いて、否応無しに思い出させられた。
上官に呼び出されて三人で一緒に出かけると、あれはいやだ、これはだめだ、こんなもの、あんなもの、といつも文句ばかり口にしていた。
彼女が喜ぶ姿が見たい、と流行りの装飾品店を調べていった時も「あら、素敵、でもワタクシはこんな安物なんか付けませんわよ!」と言われて……。
「若旦那さま、帰りましょう」
「でも」
一度くらい、彼女に聞いておくべきだと思うんだ。
どうして、結婚を受け入れたのに、当日になって逃げたのか。
拳を握って、胸を叩く。
兄ちゃん、おれに勇気をくれ。
兄ちゃんみたいに、相手が誰でも立ち向かえる勇気を。
「お嬢ちゃん、面会だぞ」
「ワタクシはエッキ・エルスケア・ヘゴミ!、ヘゴミ家の娘よ!!」
「ヘゴミ家からはそんな奴いねえって返事が来てんだよ、一晩経ったら忘れちまったのか?」
「ワタクシを小娘のように扱うんじゃないわよ、この三下!!」
衛兵長に案内されたのは明らかに牢屋、という格子の場所ではなく、窓がない以外は普通の部屋だった。
ただ、扉の鍵穴が外にしかない。
「エッキさん」
「ワタクシはヘゴミよ!!ってあらあんたなの、良いところに来たわ、ほら、さっさとワタクシをこんな狭くて臭いところからワタクシにふさわしい家に連れていってちょうだい!
まったく本当に気が利かないったら!、ああ、家に帰ったらまずは風呂を用意しなさい!、ローズの花びらと香油を入れて、それから夜着はもちろん絹製、それ以外は認めないわ!!」
たった一言名前を呼んだだけなのに、怒涛のように言葉が返ってきて、足が勝手に後ずさろうとしてしまう。
だめだ、逃げるな。
ここで逃げたら、なにも知らないままになってしまう。
かつて、兄ちゃんが小神殿にいないと知って、死んでしまったと思い込んでいた時のように。
後悔しただろう!
一度で諦めて、兄ちゃんの行方を辿らなかったのは、おれだ。
諦めたら、終わりだ。
胸の奥がじわりと熱を持つ。
ここはおれの庭ではない。
けれど、使用人さんが一緒にいてくれるから、大丈夫だ。
おれが戦わなければ、家族が迷惑を被る。
「エッキさん、どうしてわたしが貴女をどこかに連れていかなくてはいけないのですか」
言葉が口から出たことに安堵した。
「はあ!?ばかなのあんた!、あんたと結婚してやるんだから、ワタクシに尽くすのは当たり前でしょうが!!」
「結婚はしません」
おれと結婚する?
いまさら?
まさか、一番最初におれでも思いつけた、これだけはない、と思った方向で来るなんて。
でもおれが彼女に暴行を加えた、とかいう訴えはどうなっているんだ?
「なんですって!?あん」
「おれが結婚する予定だった女性はヘゴミ家の御令嬢、エッキ・エルスケア・ヘゴミさんでした。
今現在ヘゴミ家にエッキ嬢はおられません、もしいたとしても、婚姻の儀式に一度でも来なかった方と再び儀式の場に立つことはお断りします」
「あな、なs;flがい3えrあgsd;kjs!!!」
ぎゃんぎゃんとわめく声があまりにうるさいので、思わず両手で耳を塞いでから視線をさまよわせる。
呆れた表情で耳に指を突っ込んでいる衛兵長さんが、視線で外に出るぞ、と伝えてきていた。
使用人さんまで同じ顔をしていたので、不謹慎だと思いながらも笑いそうになってしまった。
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