ひだまりで苔むすもの

Cleyera

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その後

20 疑われて

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 着替えを使用人さんに手伝ってもらって、金持ちの家に住んでいそうな服装になった。
 今は実際に金持ちの家の息子だけど。

 見た目は高価そうだけれど、着心地は楽だ。
 養子になったことで必要だと言われて、作るようになったおれの服は、すべて着心地優先だ。

 上町の人々は目ざといので、外に出る時はいつも同じ格好ではだめなのだという。
 でも、庭にいる時は膝丈の長衣しか着てない。

 移動車に乗ったら、服は外から見えないのでは。
 そんな疑問は、兄ちゃんの「お揃いで作りましょうね」で封じられている。


 使用人さんを後ろに引き連れて、廊下を進んでいく。

「若旦那さま、応接間はこちらですよ」

 進めていなかった。
 自分の家なのに迷った。
 庭と自室と風呂は行けるのに。

「お待たせいたしました」

 扉を叩いて、声をかけて、使用人さんが開いた扉の奥には、厳しい顔つきの男性がいた。

「若旦那さま、こちらは西区第一衛兵隊隊長のヤフヴァイゲさまです」
「お待たせしました衛兵長さ、どの、ヘイランディ・ボロストファ=スケル、です」
「……本当に本人か?」
「は、はい、なにかおかしなことがある、ますか?」

 兄ちゃんになりきれ。
 この前のように、きっとできるはず。
 そう思っても、この男性は嫌な感じがしない。
 敵をやっつけるぞ、という感じで気持ちが盛り上がらないし、胸が熱くもならない。
 どうしよう。

 視線をさまよわせていると、カチャと金属同士の当たる音がした。

「え……?、ひっ!?」
「ヤフヴァイゲさま、なにを!!」

 気がつけば、目の前に、手甲に包まれた拳が突きつけられていた。

「んー、わるいわるい、やっぱこりゃ嘘だな。
 申し訳ありませんでした、ボロストファ=スケルどの、あなたに暴行されたと訴える女性がおりまして、一応の事実確認として、とっさに反撃できる手が出る方かを見させていただきました」

 がばり、と勢いよく頭を下げられて、びっくりした。
 衛兵長だと聞いたけど、こんな感じが普通なのか?

 なんだか、昔の兄ちゃんみたいだ。

「大丈夫です、あの、その女性というのがエッキ・エルスケア・ヘゴミ、さんですか?」
「ええまあ、胡散臭かったのですが、一応、訴えられた内容が内容なので。
 責任は自分が取りますので、どうか、全ての衛兵がこのような取り調べ方をしていると思わないで頂きたく存じます」
「おれが元軍人だからですか?」

 元軍人は、退役後も粗暴な行為に走りやすく、庶民に迷惑をかける。

 そういう見方があるのは知っていた。
 でも、まさか、治安を守る側の衛兵にまでそう思われているなんて、と傷つく。

「元軍人だから、というより、訴えてきた女性側の問題ですね」
「ヤフヴァイゲさま」

 使用人さんの硬い声に、これ以上は言うなという圧を感じた。

「教えてください、おれにはどのような嫌疑がかけられている、ますか?」
「それはまだ、捜査中なので」

 はぐらかされていると知りながら、おれは使用人さんを見た。
 心配している、と顔に書かれているようだ。

「では一つだけ教えてください」
「言えることなら」
「彼女はまだエッキ・エルスケア・ヘゴミですか?」
「……いいえ」

 ヘゴミ家は、家名に傷をつけた彼女を切り捨てたらしい。
 それくらいなら頭の良くないおれでも分かる。

 軍閥家系として名を知られている(と上官からは聞いた)ヘゴミ家は、婚姻儀式の当日不履行という醜聞を、なかったことにしたのだ。
 本人をヘゴミ家から追放する形で。

 おそらく、ろくに金や私物も持たされずに追い出されたのだろう。

 おれはヘゴミ家の当主に会ったことはないけれど、重苦しいあの家の雰囲気は苦手だった。
 歴史から感じられる重重さではなくて、閉塞感が強い高圧的な家だと感じて。

 もしかして、上官も娘と一緒に追い出されたのだろうか。

 ぞくり、と背中が寒くなる。
 彼女に見つけられたのなら、上官も一緒にいるかもしれない。

「彼女の父親のスタッカオ・ヘゴミ氏も一緒ですか?」
「いいえ、父親は行方不明です」
「上官が行方不明?」

 衛兵長さんはこれ以上は言えないが、疑いは晴れるだろうと言って、帰った。


 使用人さんに着替えを手伝ってもらって、庭に転がるけれど、今日はまどろむ気分になれない。
 ぐるぐると頭の中で回る後悔。

 おれは甘やかしてくれる兄ちゃんに頼りきって、自分では動かずに軍人を辞めたけれど、そのせいで懲罰を受けた上官のその後を知る機会を失ってしまった。
 知りたくなくても、後に禍根を残さないために動くべきだったのか。

 軍本部には行きたくない。
 今でも体が動く気がしない。
 あそこには嫌な思い出ばかりだ。

 でも、逃げていたら、このまま何も知らずに終わってしまう。

 兄ちゃんに守られるのはとても嬉しいけれど、おれは大人だ。
 子供のように守られている立場ではなく、おれだって守れるのだ。 

 勝手に動くと、兄ちゃんに迷惑がかかるだろうか。

 兄ちゃんの肩書きは従軍神官で、軍の中に縁故はあっても、軍部を掌握しているわけでも、思い通りに動かせるわけでもない。
 下手なことはできない。

「若旦那さま、本日は部屋にお戻りになりますか?」

 軽食と温かい飲み物を持ってきてくれた使用人さんが、周囲を見回しながら言った。

 どう言う意味だろう、と同じように庭を見回して。
 唖然とした。

 昼の光がさんさんと差し込む庭なのに。
 いつもは色とりどりに咲いている花々は、硬く締まったつぼみのまま。
 今にもこぼれおちそうに熟れて、重そうにぶら下がる果実が見当たらない。

 落ち込みながら、部屋に戻った。


 久しぶりに腕立て伏せや腹筋をして時間をつぶしてから、夕食の席についても、兄ちゃんは帰ってきていなかった。

「今夜はお戻りにならないかもしれません」

 神殿から連絡があったらしい。
 新年の儀式の準備に手違いが起きて、帰れそうにないので、先に夕食を食べて寝ていてほしいと。

 兄ちゃんの意見が欲しい。
 助けが欲しい。
 そうやって頼るからいけないんだ。
 兄ちゃんなら、なにがあっても守ってくれる、そう信じてる。

 でも、頼りきって良いわけがない。

「……ストロナンディ、明日、西区の衛兵詰所までついてきてほしい」
「かしこまりました」

 止めないんだ?、と少し意外な気がしつつ、食事を終え、風呂に入り、浅い眠りの中で夜明けを迎えた。



 翌朝。
 気持ちが乗らないから、体がうまく動かない。
 まるで、軍にいた頃のようだ。

 兄ちゃんがおれにいつも「心安らかに過ごして」という理由がわかった。

 出かける前に庭師さんたちの様子を見に寄った庭が、色褪せて見えた。
 いつも通り挨拶をしてくれた庭師さんたちも、明らかに困惑している。

 昨日から突然、咲かなくなった花。
 実らなくなった果実。

 寒い季節に咲く花は、こじんまりと可憐な様相で佇んでいるのに、季節を無視していた花々は眠ったように静まりかえっている。

「焦る必要はありませんよ、若旦那さま」

 おれが焦ったところで、なにも変わらない。
 その通りだと分かっているのに、ひゅるりと体の中を寒風が通り抜けたような気がした。

 
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